第十四話 その頃の王城
前回の続きが入るので、微妙にタイトルミスです。
作者はタイトルつけるの正直、苦手(TwT
変なタイトルだったら、思いつかなかったんだと生温かく見守って下さい。
水の民ニンフには人魚の他に、もう一つ強欲者を惹きつける迷信がある。
それは涙石。
ニンフがこぼした涙は魔力を含んだ、美しい結晶体になるという。
体内にある水の精霊の影響で、己の中の水分を制御できるニンフは、めったに涙する事は無い。
生まれて数年の幼児時代、出産時、そして死の直前以外は数回ある程度と聞く。
故に囚われの身になったニンフは酷い拷問を受け、死ぬと遺体をバラバラに切り裂かれて食われるという悲惨な末路を辿る。
イーシャは涙石の事も迷信だと思っていだが、これは事実だったようだ。だからこそ、余計にもう一つの迷信を信じ込む者が出るのだろう。
かつり、かつり。
スアウがこぼす涙が頬を滑り落ちると、一瞬光って結晶化し、音をたてて床に落ちた。
色は光に透けるような薄い青で、真珠の半分ほど大きさである。
「……ヒトがヒトである限り、争いは無くならない。仮初であっても、ようやく平和な時代になれる空気の片鱗が覗いてきたのに。強欲な者は、そんなものに興味を持たない。自身の利以外、考えられない――本当になんて、愚かしい」
イーシャは、悔しさに胸を突かれながら呟いた。
これでは何のために今まで戦ってきたのか、分からなくなる。
ディアマスを広げ、レスクを支えて、より多くの持たざる者に安定した暮らしをさせてやりたい。
そう考え、己の手を血で穢し、部下を死地に送ってきたのに。
ほんの一部である強欲者のせいで、また多くの血が流れるのだ。
時代の流れも、世界の秩序すら見ないふりをして、己の欲望を叶える。
「世界に最も逆らうのは夢の民……リア・ノイン様の言ったとおりですね」
「……イスフェリア。貴女が嘆いても、仕方ない事」
さっと涙を拭うと、スアウは先刻とはうって変わって、淡々とした様子で首を振った。
「少なくとも、メイザスは助けてくれた。ルーフィアとレスクは頑張ってくれたから、ディアマスの血族は嫌いじゃない」
スアウは大皿に溜まったドラクロの血を、空きビンに流し込んだ。
ゆっくりと慎重な手つきで、最後の一滴まで落とすと、きつく栓をする。
「だから、飢えさせない。人質として大事に扱う。でも、今はドラクロの栄養吸収が最優先。たっぷり食べて、たっぷり血を作ってもらわないと困る」
「……海竜王の治癒に、俺の血を使うためか?」
スアウは無言で頷くと、空になった鞄を台替わりにして、ドラクロの口に謎の液体入りビンを近づけた。
きゅっきゅと栓を抜く音が聞こえてくる。
「それなら、わざわざ火の民全体を敵に回すような卑怯な真似してまで、無理やり俺を連れて来なくても良かっただろー? 交渉に割く時間も惜しいほどヤバい状態なのか?」
「火の民と交渉、早期に終わらせるの大変。正面切って戦って勝たなくてはダメ。それは不可能。それくらいなら、卑怯な手段でも攫って用事を済ませたら帰す。その方が、よっぽど時間かからない」
実に嫌そうに顔をそむけ、ドラクロは己に近づく怪しげな青い液体を、不審に染まった眼差しで見ている。
スアウはグイグイと背伸びして、彼にビンの中身を呑まそうと頑張っていた。
「大丈夫。食べれない物は混ざってない。栄養価凄く高い。血もすぐ元通りになる」
「ああ。増血剤か……マズくないとは言わねーの?」
「嘘になる事、愛しい人に言う。よくない」
「ハァ~!?」
顎を外さんばかりに、ドラクロが大きく口を開けた。
その絶好の隙を見逃さず、スアウは謎の液体を彼の口に流し込み、吐き出させないためか顎を押して口を閉じさせ、手で口元を塞ぐ。
「へー……そうだったんだ。好いているか嫌ってるかは分からなかったけど」
イーシャは、ぼそりと独りごちた。
スアウはドラクロが近くに居ると、必ず彼の方を見ていた。
スアウの感情が全く読み取れなかったから、反属性故に目が行ってしまうんだろうと、イーシャは考えていたのだ。
反属性は反発する。同時に強く惹きつけられる。
相手に対し、何も感情を抱かないという事は絶対ないのだ。
以前、何かの折にルビエラが主張していたのを、不意にイーシャは思い出した。
そうだ、ルビエラ。
『紅の刃』さえ、あの時持っていれば攫われる事も、それ以前に酸欠で気絶する事も無かったのだ。
水球がぶつかった時点で蒸発し、むしろ反撃していただろう。
スアウの持ち込んだ大鉾が、イーシャの考えたような物だったとしても、その場にはドラクロが居たのである。
ニ対一で勝てたはずだ。
彼女が愛用の武器を持ってない事もあって、スアウは前から会議の直後に接触するのを狙っていたのだろう。
所詮現実味が無い、もしもの話だったが、イーシャは思わずに入れなかった。
「心配しないで良い。ドラゴニア、わたし達より血の量自体多いといっても今日はもう採らない。綺麗な血が欲しいから薬物なんて絶対混ぜない。しっかり食べて、ドラクロ」
「……気が重い……」
及び腰で、どちらかと言うと嫌そうなドラクロ。
そこはかとなく楽しげなスアウ。
そんな二人を眺めながら、イーシャはこの反乱の行く末を考え、溜め息をついた。
そして。
王城の混乱っぷりを想像し、あちらで当事者になる事はないものの、胃に痛みを感じた。
彼が与えられている部屋に帰り扉を開けると、惨状が広がっていた。
長椅子の残骸、焦げた床、どろりと高熱で焙られ冷えて固まった痕跡のある石造りの長方形の卓。
これらに火の精霊の気配の名残。
空のケース、濡れた床に転がる十数粒の真珠、居間全体に水の精霊の気配をはっきり感じた。
優勢なのは水の精霊だ。
これだけ気配が強いとなると、あえて証拠を残していったとみていい。
床に散らばった食器は三人分。
そして、この場所に馴染み無条件で入れるのはイーシャだけだ。
その彼女が招き入れた二人が戦闘になり、この場が荒れたまま放置されている事からして連れて行かれた。
しばらく彼は考えた。
ぐー。腹が大きな音で鳴る。
くるり。
彼はすぐさま振り返って、廊下へ出た。
水の民ニンフがイーシャを誘拐した(多分)
火の民も連れてかれた(と、思う)
ところで夕飯、何処に行けば食べれる?
そう彼が通りすがりの文官に告げるや否や、王城内は恐慌に陥り、レスクは嘆いて頭を抱えた。
大多数の者は、第三騎士団の将軍がやすやすと連れ攫われた事に戦慄して。
後者は水の民との間の盟約を思い出し、愛娘の身の安全を心配して。
レスクは即座に対策本部を設置し、城内に居る各民族長に招集をかけ、協力を要請した。
その結果、更なる混乱が巻き起こる事となる。
今日、王城内に居た水の民は族長であるスアウのみ。
当然、姿を探しても見つからない。
そこまでは上層部も予測範囲だった。
ドラクロが見つからず目撃者を募ると、今日の会議のすぐ後廊下でイーシャとスアウと共に行動していた所を見た――と、犬耳で先が丸まった尻尾をしたバーン族の女官の一人が証言。
この事から、連れ去られたのはドラクロに確定。
その女官はイーシャに夕食について命じられたらしく、隣の小部屋で彼は食事にありつく事となった。
オーウェンは招集を拒絶、そのまま帰って行ったのだ。
この二点においても意見が飛び交い――五時間後。
彼は空腹でろくに頭が回らなかったとはいえ、人通りの多い廊下で下っ端文官に報告した事を後悔していた。
直接上層部に告げに行っていたら、騒ぎになったとしても、もっと規模が小さいものだっただろう。
報告しないという選択肢はない。
現場が彼の居住していた場所で、連れ去られたのは彼の面倒を見ていた人間だったからだ。
会議は白熱していた。
何故知っているかと言うと、重要参考人として彼の席も用意されたからだ。
最初の方こそ現場の説明をしたり、聞かれたりしていたが、今は放置されている。
否――放置されていると言うのは正確ではない。
用が無かったら、夕食を終えた時に解放されていただろう。
オーウェンについて何か意見を求められるかと思ったのだが、話を向けてくる様子が無い。
かといって、口を挟めば意見どころか、下手をすると事の介入すら求められかねない状況に陥っているために、何も言えず身動きが取れない。
彼は物事の矢面に立たされるぐらいなら、退屈とそれに付随する眠気を耐える方を選ぶ。
はなただ後ろ向きだが、何もせず何も言わない限り、一応は明確な立場を定められずに済む。
三つの選択肢がある時、全てにおいて今も昔も、彼は中立を希望していた。
ようやく会議が小休憩に入った。さすがに、みな疲れたのだろう。
彼は待ちに待った状況に、迷わず席を立った。
眠気が深刻になったのだ。
魔素を無意識で大量に振りまく夢の民が半数を超えていたので、その吸収・浄化に疲れた――のではない。
押し付け合う中身のない内容に、嫌気が差したのだ。
レスクへ向けて正直に、眠いから帰って寝ると告げ、さっさと部屋を出る。
その行動に、とっぷり夜も更けていた事も手伝って、制止できる者はいなかった。
迷いのない様子で廊下に出て、歩きながら眉を寄せる。
どれぐらいで部屋に辿りつけるだろう?
彼は方向音痴ではない。
左右どころか、東西南北の正確な位置が測ったかのように分かる。
問題は、一人で歩いていると、空気の淀んだ魔素の濃い場を無意識に避けてしまう事だった。
もともと王城という場所自体、空気が淀みやすい場所なのである。
人口密度が高いほど穢れやすく、低いほど空気が良い。
王城内で最も清浄な場所は中庭だった。
その上、ちょうどあの場所は天も地もマナの通り道に当たる。
彼がふと気付くと、中庭に足が向いてしまっているのは、楽になれる場所を無意識に身体が選択した結果であった。
最短で部屋に戻るには、転移するのが一番手っ取り早い。
今の彼の状態で、徒に力を振るうのは危険行為だ。
魔素や瘴気の吸収と浄化は、元からの体質であるので封印がかかっていようと問題はない。
ただ、純粋な魔力の方はどう作用するか、予測不可能なのだ。
「お待ちいただけますかな。氷魔王殿」
岩を擦るような低い声に、彼は足を止めた。
周囲に注意を向けるが、他者の姿はない。
気配は近くにあるから全身を透化させているか、視界に入っていないか。
後者の可能性を探るべく、彼は視線の位置を下げていった。
ほどなく、大地の民ドワーフの姿を発見する。
大半のドワーフトの身長は百二十から百三十セトの間。彼の身長は二M。
近くに立っていれば、余計に視界へ入らない身長差だ。
「……確かペクト、だったな。お前も休みに出たのか?」
彼は自らの名前が出てない限り、右から左へ議論を聞き流し、黙り込んでほぼ置き物化していたが、ペクトの姿が近い位置にあった事は覚えていた。
ペクトも殆ど発言してなかったからだ。話を求められる内容までなっていなかったせいもあろう。
ペクトは厳つい顔を綻ばせ、はっはっは、と笑い声を上げる。
「その通りですじゃ。もう夜も遅い。最も、時間が取れるうちに貴方へ話したい事があったから、後を追ってきたというのもあるのですがの」
「ほー。何の話だ?」
今度は大地の民が何かを起こすのか。
そう考えて、彼は憂鬱になった。
別に騒ぎを起こされても構わないし、どうでもいい――彼を巻き込もうとしない限りは。
うんざりしているのが声に出ていたのか。
ペクトはまた笑い声を上げ、ふさふさとした顎鬚を撫でた。
「なに、頼みではないですぞ。わしはただ、散ったままの記憶の足しになりそうな事を伝えたかっただけですじゃ。もし既に思い出しておられるのなら、逆に質問という形になりますかな」
「そうか。なら聞く」
記憶に関する事ならば望むところだった。
正しい事も正しくない事も影響して、思い出すのに役立つ。
ペクトはまた笑うと、楽しげに目を細めた。
「<闇を照らす月光よりもなお輝きに満つる髪。
陽光を弾き闇に冴え映ゆるは金よりも力強く光放つ瞳>」
彼は眉間に皺を寄せた。
ペクトの言わん事を察したからだ。ドワーフが語るのは、神々を示す詩歌。
「<獣を友とす永遠の乙女。闇の中、光り道をしるす象徴たる存在>
――すなわち、月の女神エーリス。貴方と格別親しい異母姉とされてますが、事実ですかな?」
一人だけ空気だった族長さんがいたので、出してみました(汗
ちなみに、王城には他の民族の方もニンフとサレ以外普通に勤めています。
マイページがいじれる事に、今更気付きました。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。