第十三話 スアウの主張(注!!流血描写あり)
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拙い作品ですが、これからもよろしくお願いします。
祝モードの作者ですが、本編はシリアス中です(汗
しかも。
保険だったはずの残酷表現あり、な回。
苦手な方、ご注意ください。
ピチャ…………ぴちゃ……ん……ぴちゃん……
滴る水音に、イーシャは目を覚ました。
ぼんやりとしたまま瞼を上げ、片頬に当たる冷たい石床の感触に困惑する。
起き上がろうと体に力を入れてみても、手足がいうことを聞かない。
痺れて動けないのではない。
血の巡りを遮らぬ程度の強さで、しかし決して自力で解く事が出来ぬよう、イーシャの全身は執拗に縄で縛られているのだ。
縄抜けは成功しそうにない。
イーシャの状態では肩の関節を外そうと、無駄に痛いだけだ。
何しろミノムシのような状態。彼女を縛る縄は両手首から両肩、両肩から両足首までというように何重にも巻かれていた。
少し息苦しいから猿轡までされているようである。
滴り落ちる水音は未だに聞こえてくる。
イーシャは見える範囲を観察する事にした。
何も無い部屋だ。
薄暗く、水気も無い。
何かあるのは見えない方向のようだ。
イーシャはそう判断を下すと、壁に向かってゴロゴロと転がった。
壁に身体を押しつけて、ジリジリと上半身をを起こし、どうにか寄りかかるような形で床に座る。
そして、顔を上げ――先程より視界が広がって見えた室内の様子に、イーシャは息を呑んだ。
イーシャから見て右側に扉があり、すぐ脇の壁に刀身を布で巻いた大鉾が立てかけてある。
スアウが持っていたものだろう。
わざわざ再び布で刀身が覆われているのは、イーシャに使わせないためだろう。
あの時、無地の布で隠されていた柄部分は、びっしりと符で覆われて何か書いてあるようだ。
この場所に、何かの呪をかける媒体として利用されているのかもしれない。
ただ、彼女が驚いたのは、その大鉾についてではない。
イーシャが寄りかかっているのとは逆側の壁に、ドラクロがいた。
壁にくい込んでいる太い鋼鉄製の輪はドラクロの両手両足を掴み、その身体を標本にされた虫のように磔にしている。
双翼と尻尾には鋼で出来た杭が深々と突き刺さり、壁に縫い止めていた。
鋼の杭を伝って流れ落ちる紅い血が、強制的に空に浮かされた彼の足の下にある、数人が入れそうな深く広い大皿に零れ落ちていき、室内に水音を響かせている。
意識が無いのだろう。
ドラクロはぐったりと脱力し、目を閉じて項垂れていた。
イーシャの目に、わずか広い胸が動いて呼吸しているのが見てとれるので、生きているようである。
「ふぐぐー!?」
叫ぼうとして、イーシャは猿轡の事を思い出した。
焦燥感に駆られながら壁に顔を押し付け、頬をすり付けるようにしながら摩擦で外そうと、しばし格闘する。
どれほど時が経ったのか。
焦るあまり、じっとりとイーシャの額が汗ばんだ頃、ようやく片側の布がずれて外れ、肩に落ちた。
思い切り大きく口を開け、口の中にあった布を舌で押し、ぺっと床に吐き出す。
息苦しさと不快感が無くなり、イーシャは咳き込んだ。
滲んだ涙が、わずかに視界をぼやけさせる。
咳が落ち着いたのを待って、大きく息を吸い込んだ。
「ドラクロ様!! 起きて下さい!!」
イーシャは腹の底から大きく声を出して叫んだ。
状況が分からないのならば、知っていると思わしき人に聞くしかない。そして、大量に出血している上に意識が無いとなると、生命の危機の心配もあった。
数分ほど、呼びかけを続けただろうか。
戦場で配下に号令を出し慣れているイーシャは、まだまだ余裕で叫んでいた。
ドラクロの反応は相変わらず無かったが、息を吸いこんでいると別の方向から応答があった。
「……酸欠で気絶したのに。ずいぶん元気」
特徴のある、切れ切れの弱々しい声。
イーシャは慌てて正面から視線を移した。
開いた扉のすぐ傍に、スアウが立っている。
彼女は金属製の大きな長方形の鞄を手にしていて、真っ直ぐイーシャを眺めていた。
さんざん叫んでいたのだ。扉が開く音に気付かなかったのは、まあ良い。
ただ、人間の気配に気づかなかった事は、武人であるイーシャにとって衝撃的だった。
ニンフ族長の地位は、伊達や酔狂で成れるものではないという事だろう。
室内に入るとスアウはイーシャには目もくれず、ドラクロの方へと向かった。
「あの大声でも起きない。スゴイ……仕方ない」
すっとスアウの右手が上がる。
唐突に、彼女の上げた手のひらの前に直径四十セトほどの水球が具現した。
イーシャはアレをくらって気絶したのだ。
素潜りの達人でも無い水中訓練を受けてもいない者が、空気を遮断されて水を飲めば数分経たずに窒息する。
派手さは無いものの、実に有効な術だろう。
スアウは水球を、ぐったり脱力しているドラクロに向かって投げつけた。
水球は激しい音を立ててドラクロの顔面で弾け、飛沫を散らす。
スアウは素早くニ投目に入った。またも飛び散る水球。
「っ……う???……な、ん……?」
薄く眼を開け、頭を振りながらゆっくり顔を上げたドラクロに、スアウの三投目が綺麗に当たった。
ぶつかると弾ける事から、イーシャのくらったものより殺傷力事体は低いものの、結構な物理的衝撃力があるらしい。
意識を取り戻したばかりで戸惑っていたドラクロの顔が歪み、怒りにか瞳孔が縦に割れる。
反属性という事も、効力を上げているのかもしれない。
水に濡れそばったドラクロの身体から、しゅうしゅうと音を立て蒸気が上がった。
「て、め、え……何しやがるっ!!」
先刻までの弱々しさが嘘のように、気迫のみなぎったドラクロの罵声が響く。
目に見えて分かるほど彼の身体に活力が宿り、オレンジ色の瞳の輝きは炎を連想させた。
「スアウ! てめえ、どういうつもりだ!? 俺達を拉致監禁しやがって! 覚悟は出来てんだろーな!?」
濡れた金髪が、ドラクロの放射する熱で一気に乾く。
ゆらゆらと、風もないのに彼の髪が揺らめいた。
壁に磔状態でなければ、ドラクロの発言もずっと迫力があっただろう。
八の民で、こと個人の戦闘能力に関してはドラゴニアが最強だ。
小細工を使おうとも、火の民最強であるドラクロにスアウが勝利する事が出来たことを知れば、みな驚愕するだろう。
そう。
結末を見ていないが、イーシャにもドラクロが負けた事は分かった。
そうでなければ、こんな状況になっていない。
ドラクロの様子からして、勝敗の決し方に相当な不満を持っている事が分かった。
「……覚悟。何十年も前から、とっくに出来てる」
スアウは淡々と言い、怒り心頭なドラクロに近づいた。近づきながら水球を創り出し、二度三度と彼に投げつける。
「貴方を拘束してる、それ。中身、火の精霊用の封じ石。怒っても無駄。強い感情を幾ら注いだって、外に炎が吐けるほどの力、振るうの無理。無駄な事しないの薦める」
しゅうしゅうと音を立て、ドラクロにかかった大量の水は蒸発していった。
スアウは逆手に持っていた金属製の鞄をドラクロのすぐ傍に置くと、蓋を開け中身を取り出す。
出てきたのは数個の鋼の輝きを持つ半円の輪、空の大ビン、青い液体が詰まったビン、そして楽に五人前くらい入りそうな巨大な弁当箱だった。
「連れてきたの、ちゃんと理由ある。イスフェリア、レスクの人質。ドラクロ、貴方は治癒力の高い血を供給してもらうのに必要」
イーシャはぞっと身震いした。
それを意味するのは――ディアマスへの反旗。
「……何故、ですか?」
スアウはイーシャを一瞥すると、目を伏せ大きな溜め息を吐いた。
愚問だと、その仕草が大いに語っている。
「わたし達、八十年待った。でも、もう待って耐えるの、お終いにする」
スアウはドラクロに目を戻し、暗緑の翼に刺さる二本の杭を続けざまに引き抜いた。
出血を抑えていたものが外れ、勢い良く血が吹き出す。
ドラクロが苦痛を表情に現したのは一瞬で、見る間に貫通していた大穴が塞がっていった。
スアウが治癒術を掛けたのではない。
彼が自力で治したのだ。
「――夢の民がつくづく愚かなのは、よく分かっているつもり。だから、何処のヒトの国の支配に入る気なかった。でも、メイザスは手を結んで王国に協力して五十年経っても変わらないなら、隙をついてディアマスをのっとってみれば良いとさえ言った。そうする事でわたし達の怒りを表にだせと」
メイザス。別名を交渉王。
風の民ハーピィ、闇の民サレ、水の民ニンフと盟約を取り付けた九代目ディアマス国王だ。彼の没後の十年間は暗黒時代と今は言われている。
何故なら、四人もの王が死んだから。
十代目と十二代目は戦死、十一代目は事故死、十三代目は毒殺。
当然、十四代目として即位した現在遠征王と呼ばれるミルドは疑いをもたれた。
同腹の姉と異母兄三人を死に導いた黒幕ではないか、と。
「次の四人は何もしないまま死んで、ミルドは王国を広げる事しか頭に無かった。でも。ルーフィアは色々手を回して頑張ってくれたから、もっと待ってみる事にしたの」
スアウはドラクロの様子をジッと見つめ、長い尻尾を半円の輪を使い、せっせと壁に固定し始めた。
「水を汚し、わたし達を傷つけ……それだけなら、辛いけどあと百年くらい待ってあげても良かった。でも、イスフェリア。貴方の同族達は、わたし達が決して認められない事をした」
ドラクロの顔が、再び苦痛で歪んだ。
スアウが尻尾に刺さっていた杭を抜きとったせいだ。
翼の時と同じく血が噴き出したが、あっという間に肉が盛り上がり傷が塞がっていく。
まさしく『竜の子に近い』という民族名に相応しい、もの凄い再生能力である。
「わたし達にとっての『神』。海竜王。あの御方を、愚かな夢の民が酷く傷つけた!!
もう自己再生が間に合わないほどの傷。強い毒に侵されている。
あのまま亡くなられてしまったら、次代の引き継ぎが出来なくなってしまう!
海竜王となられる御方は常に先代の遺骸を食べて、その血肉と代々の知識と能力を己のモノとするのに!
次代もそのまま毒で亡くなってしまう!!」
スアウの血を吐くような叫び声。
声帯自体が強くないらしき彼女には、信じられないほど力強く。
筆舌に尽くしがたい心の痛みを、その言葉に内包していた。
感情の高ぶりに、その青灰色の瞳から光る涙が落ちる。
ディアマスとしては頭が痛いどころか胃も痛む問題だった。
水の民と盟約を結び、その保護を約束したメイザス王から代々続く、王国の悩みの種なのである。
イーシャは、そのメイザスとの間に結ばれた期限付きの約束の事について知らなかった。
多分、知らされるのは王太子になってからなのだろう。
そもそも、ニンフから寄せられる被害報告のみで専用の対策部署が出来るくらいなのだ。知っていれば、よりいっそう焦ってしまう。
海竜王に関する被害報告と抗議文書も、目録だけで三冊分もあるのだ。
「あの御方は今、深い深い海の底で、わたし達の治療を受けている。わたし、百八十七年生きてきて、あれほどまでに酷い姿見た事無い!!
そんな姿見てまで、耐えてやる必要が何処にあるというの!!」
読んで下さってありがとうございます!!