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姫将軍と世界の楔  作者: 朔夜
本編
11/59

第九話   精霊を宿す民族の長達

今回、説明が長いです。


会議が始まらなかった……Orz

 通常の八民族定例議会では、民族間の不和になりかねない問題や、王国と自治区の交易についてもっぱら話合われる。


 議会があるのは三ヶ月に一度。

 基本的に数日かけて互いがある程度妥協するまで話し合い、解散する。

 最も解散が早かったのは半時で、最長がニ週間だ。


 欠席や議会中の帰還も許されている。

 これは、関係無い議題に付き合わせないための処置だ。

 最も欠席回数が多いのは獣の民バーンで、三回に一度くらいの割合でいない。


 これには理由がある。

 一番の理由はバーンは部族が多く、代表となる民族長自体がいないためだ。

 毎回順番に一つの部族長が出てくるわけだが、王国に友好的であっても交易などの政治面の繋がりが殆ど無かったりするところも多い。

 それ故、特に話したい事や聞きたい事が無ければ出て来ないのである。

 バーンは、ヒトとの間に差別による問題が少ない事も要因の一つであろう。

 今回も欠席との通達が、事前にあった。


 会議の出席には正装が条件だ。


 イーシャは問題なかった。

 第三王女としても、将軍としても正装は元々指定され、作られている。

 今回はレスクに責任派生させたくないので、身分で無く地位――将軍位にある騎士の儀礼服だ。


 問題はカタストロフだった。


 本人は正装の意味合いを理解しても、実感していないらしい。

 一ヶ月の間に与えた服の中から適当に見繕みつくろったと分かる格好だ。

 どんなボロであってもその美が引き立つだけ、実質似合わない服が存在しないカタストロフは、いつも自分の好きな着方をしている。

 本日の格好は豪奢ゴージャスでも簡素シンプルでもなく、禁欲的ストイックでもない。


 イーシャとて、放置していたわけではなかった。

 正装を作らせようと手配はしたのだが、針子達に声をかけるや否や、誰が担当になるかで凄絶な争いに発展。争いが収まらず、何も用意出来ないまま今日を迎えたのだった。

 全く持って、美しいのも過ぎると罪である。


 ちらり。

 イーシャは柱時計に目を向けた。

 会議室の隣にある控室にて待機し、かれこれ三時間半。


 カタストロフの件は、初日の最初の議題が終わってからと言う事になった。

 優先順位の高い順から議題に上がる事になっているので、かなり重く見られている。


 その当人は、スノーン大陸製ラスス織りがカバーの三人掛けソファーに横になり、健やかに昼寝中だ。

 いつ出番が来ると断言出来ず、待たされて退屈しているのはイーシャにも分かったので、注意しなかった。


 窓から差し込む光に、若草色の頭布からこぼれ出た黒髪が、研磨した金属よりもきらめいて見える。

 開いた窓からの微風に、サラサラと僅かな音をたてた。

 その寝息は静かで、イーシャの耳には届いて来ない。

 

 イーシャは退屈していなかった。

 見ていて飽きない存在が目の前に居るのだ。

 ここまで美々しい姿形をじっくり鑑賞する機会なんて、そうそうない。


 ごろん。

 カタストロフが寝返りを打つ。

 彼の寝付きは極めていいが、寝心地があまり良くないせいだろう。頻繁ひんぱんに転がっている。

 それでも彼はソファーから落ちない。

 落ちそうになると支えがないのを無意識に察知するのか、逆側に動くのでことなきを得るのである。


「便利な体質ねぇ。木の上で寝ても落ちないんじゃないかしら?」


 ぼそりとイーシャが呟いた時、扉が音高く鳴った。


 廊下側ではなく、会議室に繋がる内扉のほうだ。

 音に反応して目を覚ましたのか、カタストロフが身体を起こして大きく伸びをした。

 ふぁふ。

 小さく欠伸あくびを噛み殺す音が耳に入る。


 イーシャは一度だけ深呼吸すると、立ち上がった。

 一月という時間で、どのような事が分かった分からないに関係なく、彼女は確実に責められる。

 その覚悟は当に出来ていた。

 ただ、カタストロフが悪しき存在ではないと分かればいい。

 

 ノックをしてから、イーシャは扉を開けた。


わたくし、第三騎士団が将イスフェリア=キュオ=イムハール=ディアマス。並びに、仮名かりめいカタストロフ。議会の招致しょうちに応じ、現時点より参加いたします。」


 本来のものより簡略化された参加表明をして、イーシャは一礼した。

 これはヒト以外の民族代表が、仰々しく長ったらしい挨拶+表明を嫌うからだ。


 そんなものに気を使って時間をかけるより、議題に早く入れ。

 実際過去、口に出してある民族長が言い放ち、他の者も賛同したので挨拶も取っ払われ、ここまで短くなった。


「――この二名の参加を認めるかいなか。反対者は挙手を」


 最初の議題が大変だったのか、いささか疲れの見える表情でレスクが発言した。

 しばし待ち、ゆっくりと見回して誰の手も上がらないのを確認する。


「……反対者なし。よって、参加を認める。席につけ」

御意ぎょいに」


 きびきびと歩いて移動しながら、不躾ぶしつけにならない程度にイーシャは各民族代表者達を観察した。

 ディアマス王を上座に、六の民族の代表者達が盟約を結んだ順に円卓についている。


 レスクの左隣に火の民ドラゴニア族長ドラクロ。


 ざんばらの金髪から天地に向かって突き出た、ニ対四本の白い角。

 琥珀色の肌に映える深緑色の皮膜質の折り畳まれた双翼。

 尾てい骨の辺りから伸びた翼と同色のうろこのある太い尻尾。

 色素こそ個人によって違いがあるが、この三つが民族特徴だ。

 体内に宿る火の精霊が強く出ており、口から火炎を吐ける。

 翼は飾りでなく上昇は出来ないが、低空ならば滑空も可能だ。

 おしなべて好戦的で気が短く、喧嘩は挨拶代わり。

 ただし、弱い奴に喧嘩を売っても楽しくない=喧嘩は好きだが殺し合いは嫌い=強い奴が偉い、という図式が成り立っており、怒らせなければさほど危険な民族ではない。

 年に一度、族長の座を賭けた大会が開かれている。


 ドラクロは連続八十年余り族長の座を死守しており、見た目は二十歳くらいだが若い時期が長い民族でもあるので、イーシャは彼の実年齢を知らない。

 割と陽気な人物なのだが、今のドラクロはオレンジ色の瞳がギラついていて、軽く殺気立って見えた。


 レスクの右隣にはフィアセレスが座っている。

 露出の少ない濃緑色のドレスを着た、一月振りに会う彼女の翡翠色の瞳には陰りが見えた。


 ドラクロの左隣には大地の民ドワーフ族長ペクト。


 土の精霊を宿し石を愛する彼等は、手先が器用で優れた技術を世に生み出す。

 横幅が広く、ずんぐりどっしりした体格で、背丈が低い。

 大柄なドラクロの隣なので、余計低く見える。

 大人でも百二十セトくらいまでしか成長せず、横幅はあっても太っているわけではない筋肉質。

 土の精霊の加護で、大地から生み出されたものに重量を感じない。

 これらが民族特徴だ。


 ペクトはいつものように灰色の頭に兜を被り、鎧姿だった。

 ふさふさの見事な髭を指で解かし、つぶらな焦げ茶の瞳が熱心にカタストロフを観察中だ。


 フィアセレスの右隣は空席。つまり、欠席した獣の民バーンの場所だ。途中参加の可能性も考慮されていて、いつも席は用意されている。


 ペクトの左隣は風の民ハーピィ族長リア・ノイン。


 外見が十代半ばの可憐な少女にしか見えないので、見た目は各族長達の中で最年少だ。

 天空を駆ける事が出来る大きな羽毛質の翼が、背中から生えている。

 風の精霊を宿すため、おしなべて美声で好奇心が強く、放浪癖のある民族で、大昔は神の御使いだとヒトに思われていた。


 風の民は基本的に平和主義で友好的だが、一つの民族特有問題がある。

 それは狂乱の旋律セイレーンと呼ばれ、恐れられている歌声。

 風の民が歌うと、周囲に膨大な魔力を撒き散らされるのだ。

 その歌声を耳にした他の民族は、抵抗に成功した者を除き、魔力酔いを起こして歌を聞いている以外の行動が取れなくなる。

 効果範囲も広いので、船が穏やかな何でもない海域で沈んだりする原因の一つだ。

 彼女達は定期的に歌わなくては体調を崩し、最終的には死に至るので禁止する事が出来ない。


 リア・ノインは長い金色のまつげを伏し、その隙間から藍紫らんし色の瞳でぼんやり虚空こくうを眺めていた。窓から入り込んだ風に蜂蜜色の髪と、同色の翼がふわふわと揺れている。

 薄い布を重ねた、踊り子を連想するきわどいスリット入り青いドレスが目に鮮やかだ。


 空席の獣の民代表の右隣りは、闇の民サレ族長オーウェン。


 耳は短いが三角に尖っていて、肉感的で妖艶――森の民と似て異なる外見特徴を持つ民族だ。

 闇の精霊を宿し、闇の中でも光の中でも同じ程の視力を持ち、理知的なものが多くいる。

 しかし、ヒトに対して何故か嫌悪感を持っている者が多い。

 嫌悪を口に出して言う事は少ないが、厨房で黒光りするアレを見る婦女子のような眼をするのだから、おのずと伝わってくるものだ。

 それもあって、昔から中立よりの敵対的民族とされている。


 苦み走る渋みが素敵な男性的美形であるオーウェンは、上機嫌で笑顔だった。イーシャが見かける時、彼は冷笑か無表情が殆ど。珍しい事もあったものである。

 切れ長の黒い瞳が嬉しそうに輝いていて、見慣れないせいか、イーシャは少々不気味に感じた。


 リア・ノインの左隣、最後にディアマスと盟約を結んだ水の民ニンフ族長スアウ。


 顎までの、短い乳白色の髪から覗く紅珊瑚べにさんご色の耳ビレに、血の気が薄い青白い肌。水陸どちらでも生活可能な、自然に変態する身体を持つ民族だ。

 やはり体内に宿る水の精霊の影響が強いのか、陸で暮らす者は殆どおらず、水中や海底に都市をかまえている。

 水中では足がうろこのあるヒレに変わり、ヒレ呼吸へ。陸では肺呼吸へと変化。


 最もヒトによる害を被っている民族でもある。

 ディアマスへの加盟が遅かったのはそのせいだった。

 人魚の迷信を信じてやまぬ者達に、捕えられ、傷つけられ、殺されるので、めったな事ではヒトに姿をさらしたりしない。


 スアウは水中でも身体の動きを阻害しない、細身の身体の線が見て取れる衣装だった。ほっそりとした首につけた三連の真珠の首飾りが良く似合う。

 スアウはドラクロをジッと見ているが、その大きな青灰色の瞳には感情が浮かんでいないので、何を考えているのか分からない。

 しかし、これは彼女によくある態度だった。


 スアウは左手で軽く、分厚い布を巻きつけた長いものを握っている。

 ニンフは陸でも生活可能であるものの、足の形が歩行にあまり適していないので、杖代わりだ。


 水の民のみ、公式の場で武器の携帯を許されている。

 盟約条件の一つと言う事もあるが、過去実際に会議に来た代表者が悪漢に襲われた事があるからだ。

 許されているといっても、杖類か、その代わりになる刀身を布で巻いた長モノに限っている。

 前回は長槍で、前々回は棍。今回は大鉾のようだった。

 

 千の時を生きる、火の民・森の民・闇の民の様子がおかしく、三百の時を生きる、大地の民・風の民・水の民は通常通りか異常かどちらともとれない様子。


 全体的に良くない雰囲気傾向だと、イーシャは判断した。

 中央に用意された二人分の椅子の片方に座り、隣を手で示してカタストロフを招く。

 彼は緊張感の欠片も無い様子で、深く椅子に腰掛けた。


 一斉に各民族長達の視線が、中央に集中する。

 視線が突き刺さっているのは、やはりというかイーシャではなく、カタストロフだった。



実は地味にタグを追加しました。

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