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『東海花ちゃん、8歳。溺死。』
紅也はルーズリーフにまとめながら、まるでデスノートみたいだと思った。
『死亡推定時刻、6月1日午後11時~6月2日午前1時。
遺体発見現場、中野川河川敷(吉田町遊歩橋から下流に1kmの地点)
遺体発見時刻、6月2日午後4時頃』
50分の授業の中で、A4の紙20枚から分かったのは、たったそれだけだった。
紅也は少しがっかりした。もう少し、色々分かるかと思ったのに・・・。
でも、4人がそれぞれ集めた情報を足すと、意外と多くのことが分かった。
『東海花ちゃん、8歳。溺死。
死亡推定時刻、6月1日午後11時~6月2日午前1時。
遺体発見現場、中野川河川敷。(吉田町遊歩橋から下流に1kmの地点)
遺体発見時刻、6月2日午後4時頃。
・側頭部に軽い打撲のようなものあり。
・衣服の乱れ等なし。
・おそらく、吉田町遊歩橋から転落。河底に頭を打って気絶し、そのまま溺死したと考えられる。
谷村優くん、8歳。溺死。
死亡推定時刻、6月1日午後11時~6月2日午前1時。
遺体発見現場、中野川河川敷。(吉田町遊歩橋から下流に1kmの地点)
遺体発見時刻、6月2日午後4時頃。
・外傷は特になし。
・川へ転落した海花ちゃんを助けようと、自ら飛び込んだと考えられる。
・被害者の靴とパーカーを下流で発見。水中で、溺れないように本人が脱ぎ捨てたと考えられる。』
と、こんなかんじ。なかなかだ。
碧次が事務的な口調で言った。
「ウミカちゃんは、ユウと違って泳ぎが得意だったんだ。中野川で泳いだこともあるらしい。河底に頭をぶつけて気絶ってのは、どうかと思う」
すると橙子も控えめにだが、同意した。
「中野川は最近の雨で増水してた。小学2年程度の体重で、河底まで沈むってことはないと思うよ。それも失神するくらいのスピードを保ったままなんてね」
2人の意見を書き出しながら翠夏は、心臓をわしづかみにされた感触がした。
碧次と橙子は、恐ろしいほど単調で、一切の感情を交えずに唇を動かしている。まるで、死んだのは赤の他人だとでも言うように。
心配そうに紅也を見上げると、紅也も同じような顔をしていた。
そんな2人の心配をよそに、橙子と碧次は冷静に話し続ける。
「まぁとにかく、こんなとこで喋ったって意味ないし、ユウの親にでも会いに行くか?」
「ユウくんの母親ってどんな人?」
碧次がニヤリとする。
「おっそろしい女さ」
優の家は豪邸だ。敷地のまわりを煉瓦の塀がぐるっと囲んでいる。
ピーンポーン・・・・・・
「ダメだ。留守かな」
インターホンを鳴らしても応答なし。木製の門は堅く閉ざされたままだ。
「留守って・・・ひとり息子が死んどいて楽しくショッピングなんかする人いる?」
橙子は塀の上から家の中を覗き込みながら言った。碧次が肩車している。
翠夏はバインダーにまとめたルーズリーフの『関係者一覧』をめくった。
今のところ分かっている事件の関係者は4人。
・谷村邦子、優の母親。
・東由衣、海花の母親。
・東勇一、海花の父親。
・小栗タミ子、海花の祖母。由衣の母親。
「さっきも言ったけど、あの人はマジでおかしいんだって」
「わかってるよ。ちゃんと書いた」
次のページには一人一人の性格や人間関係などが詳しく書いてある。情報源は碧次、記録係は翠夏だ。
・谷村邦子、34歳。
シングルマザー、無職、金持ちの娘、息子と二人暮しだった。
ひとり息子の優を溺愛。
所持品から友達関係まですべて自分が把握していないと気がすまない性格だった。
自分が気に入らない子とは一切接触させなかった。
学校や地域のクラブには所属させず、学校が終わったらすぐに帰宅させていた。
言いつけを破った場合は外出禁止になり、学校にも行かせてもらえなかった。
邦子自身、外出が好きではなく、一日中家で過ごしていた。
友人関係も得になし。しいていえば、大学の頃の同級生から年賀状が届くくらい。
最近の趣味は、ネット通販で親の遺産を散財すること。
「だって、もともとお出かけなんか好きじゃなかったんでしょ?」
翠夏はルーズリーフを読み返しながら言った。
「息子殺して、いつも通り振舞えると思うか?」
紅也がさらっといった。
「コーヤは、邦子さんが殺した、と思うの?」
「あぁ」
「なんで?」
翠夏は意味の無いことを訊いた。答えはみんなわかってる。
「勘」
ほらね、やっぱり。
「コーヤはいっつも『勘』ばっかり。トーコやヘキみたいな推測はないの?」
「まぁまぁスイカ、そう言わないの。コーヤの勘は当たるんだから」
そう、コーヤの勘は百発百中。この前の実力テストなんか、解答が三択だったから勘で100点取れた。「頭の回転速度はトーコとヘキの100分の1なのに」
「いいぞ、スイカ。もっと言え!!」
そう言った碧次は、紅也の蹴りを脛に喰らって、ふらふらっとよろけた。
「ちょっと!!!」
橙子は塀の縁にしがみついて宙吊りになった。あわてて紅也と碧次が足を支える。
その時、橙子は家のカーテンの奥に、何か見えた気がした。
「スイカ!この家に電話かけてみて。番号の非通知は解除して」
翠夏はバインダーから電話番号を探して、自分のケータイからかけた。
「・・・呼び出し音はしてるけど、出ないよ?」
橙子は窓の向こうに目を凝らした。ミラーカーテンの網目から、緑色の光が点滅してるのが見える。きっと電話の呼び出しを報せているんだろう。
ふと、その光が見えなくなった。
「切れた?」
「ううん。まだ鳴ってる」
ってことは、何かが光を遮ってるんだ。とゆうか、誰かが電話機の前に立ってるってこと。出るべきか切ってしまうべきか、迷ってるんだろう。
「あ、切れた」
「・・・・・」
橙子はスタッと飛び降りた。
「いるよ。居留守してるだけ」
「そう」
4人はしばらく無言になった。
やがて、橙子が言った。
「よし、いくか」
「いくってどこに?」
橙子は塀の内側を指差す。3人は呆れた。
「どーなっても知らねーぞ?」