半日の半分?鎧袖一触だった、事実は
魔王が、副王の部隊が、鎧袖一触だったと聞いていれば行動は異なっていただろう。使者、単なる生き残りの敗残兵は、魔王を欺こうとしたわけではない。できるだけ事実を言おうとした、伝えようとしていた、つもりではあった。しかし、どうしても自分を弁護したいという、自己防衛本能が働いてしまったのだろう、彼の責任を問うことはできないだろう、この程度ですんでいるのであるから。
副魔王の部隊は、副魔王の期待とは裏腹に、早い時期に把握されていた。タイジとイシュタルの探知魔法、遠目の魔法により、彼らの偽装、不可知魔法、結界は早々に易々と破られてもいたのだ。それを張っていたことから、より離れたところから、より早くに見つかってしまったのだが。
勇者パーティーの位置を確認して、陣形、配置を整えて万全の形で、密かに待ち伏せていた時には、全てを見られていたのである。相手に気が付かれていない、不意打ちしようとして、ほくそ笑んでいた時に、いきなりの奇襲をうけたのである。最初の攻撃魔法で、壊滅状態になったところに勇者と人妻Sが飛び込んで来た。瞬時に終わったのである。
副魔王は、ここで勇者を自分が倒して魔王の座をとまでは考えるほど身の程知らずではなかったし、考えないほど小心もの、覇気がない者ではなかった。勇者にヒットエンドランをかますということが、決して簡単なことではないことはよく知っていた。一撃をかけた時に、捕捉される場合もあり得る。勇者の力が予想より大きければ大きいほど、危険性は大きくなる。捕捉され殲滅或いは自分が戦死ということはあり得る。それでも自分はやりえる、その中で勇者を倒すという意気込み、戦術をとる、自分が勇者を倒せる可能性もあると考えていた。魔王に取って替われる可能性は少ないが、次期魔王への布石にはなりえると考えてはいた。もちろん、魔王への忠誠心は誰よりもあると自負してもいた。複雑に絡み合う心情の中、勇者パーティーを捕捉、攻撃を命じた、その瞬間、異様な魔力を感じて、ほとんど本能的に、条件反射のように、目いっぱいの防御結界を自分の周囲に張った。既に、部隊全体に二重の防御結界を張らせていたにも関わらずにだ。
そして、次の瞬間、頭が真っ白になっていた。
「副魔王様。大丈夫ですか?」
と彼を気遣う部下の声は聞えることはなかった。我に返った彼の目に見えたのは、惨状、としか言いようのないものだった。量より質の部隊ではあったが、それなりの兵力があった。だが、目の前には黒焦げの物体が散乱するばかりだった。だが、それでも、少し離れたところで戦う声などが、より正確に言えば断末魔の叫び声が、聞こえて来た。助けに行くべきか、と迷っているうちにその声も、気配も消えた。そして、目の前に人間の女が現れた。勇者パーティーのメンバーの1人だと直感した。簡易な鎧を着た、黒髪の30くらいの女だった。剣を持っているから、剣士か、と思った。
「勇者パーティーのメンバーか?死ぬ前に名前だけは聞いておこう?」
しかし、女はそれを無視して、
「この出歯ネズミが大将、副魔王らしいわよ。私が殺していい?」
と後ろを少し向いた誰かに尋ねた。
何だと?と思ってから、魔法が解けて人間型から本来の姿に戻ったのが分かった。さっきの衝撃で力がかなり落ちているのが分かった。しかし、女1人、勇者パーティーのメンバーだろうが、負ける気はしなかった。その時だった、
「いいわよ。その代わり、早くすましちゃってね。」
「構いませんわ。」
「義姉さん。一応、副王だから油断しないでよね。」
と女の声。彼女の後ろからだった。女が3人いるのが分かった。
「4人?」
自分の質問が無視され怒りを覚えたが、その数に何か聞き覚えがあった。勇者パーティーの四天王?女メンバーの数?しかし、そうすると、男のメンバーは?
「そいつは、かなり力が落ちているが、火事場の馬鹿力なんていうのもあるし、窮鼠猫を嚙む時があるから、気を付けてくれよ。」
な、何だとネズミ扱い・・・鼠だが、確かに・・・しかし、お前達の世界のネズミと一緒にするな、彼は心の中で叫んだ。
「名を・・・、名を名乗りたくないのであれば、仕方がない。我に覚えられる名誉を逃がしたこと、地獄で残念がるがいい。」
彼は、口から電撃を放つと同時に、でかい魔剣を振り下ろした。同時に、尻尾の突きを入れた、その先っぽは鋼鉄よりはるかに堅い。三段攻撃、これを避けることのできる奴はいない・・・はずだ。
「は?」
と感じた。剣を握る腕が空中を飛んでいるのが目に見える。いや、見えた。その腕が地面に落ちる音が耳まであまりよく聞き取れなかった。いや、聞こえなかったのだ。いや、全ての意識が真っ白になっていた。
「見事だったよ。ヘラ。」
「まあね、何とかなったでしょう?本当になかなかやるわね、副魔王というだけある、と言うところね。勇者様の攻撃を受けていなければ、私も危なかったかも。」
「そんなことはないさ。」
タイジは、飛びついてきたヘラを優しく抱きしめて言った。
「あー!ずるいー!」
と3人。
ここまでの時間で魔王軍の別動隊は、壊滅してしまった。彼らの索敵~魔王の死までの間の時間はというと、一時間弱だった。
「全く…、もうレベルが違うな。」
とクロノスはため息をついて呟くしかなかった。後方で彼を含めてやったのは、この騒ぎで興奮して向かってきた魔獣から荷物運び達を守ることくらいだった。それも、時々タイジが援護しているくれていた。ヘレネなどは、震えてクロノスにしがみついていた。まあ、それは怯えた結果だけではないが。
小休止して、できるだけ進む。そして、野営。その夜は、戦闘があった時は特にタイジと人妻Sは特に激しく…。それをもう知っているヘレネは、それとなクロノスに体を擦り付けて気を誘っていた。もちろん、クロノスはそれに気が付かない朴念仁ではないので、彼の天幕に忍んで来たヘレネを待ちわびていたかのように抱きしめ、唇を重ね、舌を絡ませあった。
「あー!」
と体を痙攣させてぐったりした彼女を自分も満足感に浸りながら抱きしめるクロノスだったが、
「あいつのスキルに影響されているのかな?」
と自己弁護ともつかないことを思ってしまった。
ちなみに、この時、殺した副魔王の頭から、魔王が本隊を率いて、人間界に大々的に侵攻することになっていることを知っていた。彼らの作戦は、では魔王城を占領しようだった。




