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私、諦めが悪いので

作者:
掲載日:2025/10/13

私の名はグレタ・モルガナ、ヴァイラルド家の侍女長として長年仕える者ですわ。この名門の屋敷で、私は使用人たちを統率し、完璧な秩序を保つのが務め。



かつてはエリス・ヴァルティアというベテラン使用人がいましたが、魔術の壺を割った責任を負い、アルバート卿のシルヴァンス家へ去りました。



あの女がいなくなってせいせいしたはずなのに、屋敷は人手不足に陥り、業務は滞るばかり。



状況を見兼ねたパドリック卿のご厚意で、かつての侍女長、マロイ・グランベルが呼び戻されたのです。



マロイは隠居生活を送っていた老女。久しぶりに会った彼女は、皺だらけの顔に穏やかな笑みを浮かべ、昔の厳格さは影を潜めたように見えましたわ。



歳をとって丸くなったのかしら、なんて思ったのが私の大間違いでした!



業務が始まると、彼女の穏やかな仮面は剥がれ、現役を彷彿とさせる統制力で瞬く間に使用人たちをまとめ上げたのです。



私とリリア・セレンディスは、彼女の監視下で日々、屈辱を味わっていますわ。



エリスの穴を見事に埋め、食事の間の準備から魔植物の点検まで、すべてを完璧に仕切るのです。



ふん、確かに助けられている部分は多いですわ。



だが、大きな問題があります――私の立場です! 本来、この屋敷の侍女長は私、グレタ・モルガナ。リリアさんが副侍女長として補佐する立場。



なのにマロイが来てから、使用人たちは私たちを差し置いて彼女にばかり頼るのです! このままでは、私たちのメンツが丸潰れですわ!



ですがマロイも年寄りゆえ、ここに来て1ヶ月ほど経った頃、皺だらけの顔に疲労が色濃く浮かびました。無理が祟ったのでしょう、昨日、彼女はパドリック卿に頼み、暫く休暇を取ることになりました。



つまり、今日から再び私、グレタ・モルガナとリリアさんがこの屋敷の責任者として使用人たちを導くのです!



ふん、マロイの監視がない今、私の威厳を取り戻して見せますわ!



朝の準備を終え、所定の時間になると、石造りの会議室に使用人たちが集まりました。魔法の紋章が薄暗く瞬く中、当然、私は誰よりも早く部屋に着き、リリアさんもすぐに続きます。



決して仕事を押し付けてきたわけではありませんわよ! ミラ・フェルウィン、ティア・ルナリス、ソフィア・ヴェール、その他の使用人達も揃うと、私は胸を張り、羽ペンを手に堂々と口を開きました。



「皆様、今日からマロイ様が休暇に入られ、私が再び指揮を執ります。食事の間の準備、客間の清掃、魔植物の点検、すべて完璧に! ヴァイラルド家の名誉を私が守りますわ!」



リリアさんが薄い笑みを浮かべ、「ええ、グレタさんの指示に従いますわ」と同調。



だが、ミラが小さく目を伏せ、ティアとソフィアがため息をつくのが見えました。



ふん、生意気な小娘たちね!



私は羽ペンで木製のボードに今日の予定を書き込みました。


客間の清掃、食材の買い出し、庭の魔植物の水やり、食事の間の準備――など、それぞれ担当を振り分けますわ。



リリアさん以外の使用人たちの顔が曇るのが見えました。 すると、ティアが言いづらそうな顔で口を開きます。



「あの~ これは私たちだけでするのでしょうか?」



私は即座に嫌味を込めて返しました。



「私とリリアさんは昨日まで現場に貢献し、自身の業務に手を付けられず仕事が溜まっていますのよ。現場仕事だけのあなたたちが私たちの業務に貢献してくれるのですか?」



リリアさんが薄い笑みを浮かべ、「そうですわよ。私も大事な書類の整理が残っていますの」と同調。ティアは黙り、ソフィアが小さくため息をつきました。



その時、背後から聞き慣れた声が響きました。



「グレタさん!!」



私はビクッと体を震わせ、視線を移すと、そこにはマロイの姿! 皺だらけの顔に険しい表情を浮かべています。



その横には、黒髪がゆるく流れる若い女、愛嬌ある笑顔に侍女の灰色のドレスをまとい、瞳は魔植物のようにキラキラ輝いている。私は息を呑みました。



マロイが迫り、声を張り上げます。



「あなたは侍女長なのでしょう! それが部下に仕事を丸投げとはどういうことですか? 部下が信頼できる上司として、頼られる存在になろうとは思わないのですか!」



私は「も、申し訳ございません!」と反射的に叫び、顔が熱くなりました。



リリアさんも青ざめ、縮こまるばかり。マロイはリリアさんにも目を向け、「あなたもです。立場の強い者にばかり媚びるのではなく、もっと下の者に気を配りなさい!」



「は、はい、失礼いたしましたわ!」


その言葉は、まるで魔法の紋章が一斉に閃くような鋭さでしたわ。



私は恐る恐る口を開きます。



「マロイ様、今日からお休みだったのでは?」



マロイがため息をつき、「こんなことになるだろうと思いました。」と一蹴。



隣の女こ紹介を始めました。



「彼女はルナ、私の孫です。パドリック卿と話し合った結果、私の休暇中、彼女が代理の使用人として働くことになりました。」



私は驚愕しました。マロイの孫ですって!? なぜこの私がそんな小娘の面倒を!



ルナが明るく微笑み、灰色のドレスの裾をつまんで軽くお辞儀。



「皆様、ごきげんよう。ルナ・ハインケルと申します。別のお屋敷で使用人として3年ほど、誠実に勤めておりました。短い間になりますが、よろしくお願いいたします。」



その愛嬌ある表情に、ミラ、ティア、ソフィアが目を輝かせ、会議室の空気が一変。私は胸が焼けました。



「グレタさん、リリアさん、ルナの教育を頼みますよ。彼女なら即戦力になるはずです。」



ルナが続けます。



「精一杯尽力いたします」



私は渋々、「わかりましたわ」と答えました。



「では、ルナ、後は任せました。何かあれば業務時間外に通信水晶で連絡するのですよ。」



ルナがニコリと笑い、「はい、おばあさま。でも、その心配は無用かと思います。この屋敷の使用人様も皆、誠実で献身的な方々に見えますので」



ルナは使用人たちと笑顔で挨拶を交わし、マロイが去ると、業務が始まりました。結局、午前中は私がルナの教育係に。ふん、この小娘が何か失敗すれば、マロイに通信水晶で報告しそうでヒヤヒヤしますわ。



だが、舐められるわけにはいきません! ルナは愛嬌があり、素直に言うことを聞くなら、多少は可愛がってあげましょう。所詮、若造ですわ。エリスやマロイには遠く及ばないはす。



「では、ルナさん、早速業務に取り掛かりますわ」



声をかけ、彼女に視線を向けた瞬間、目を疑いました。ルナは先ほどの品ある微笑を消し、だるそうに首を振って、「うぃーす」と適当に返答したのです!


私は頭に血が上りました。



「何ですの、その態度は! それが教えを請う者にふさわしい態度ですか!」と叱りますが、ルナは肩をすくめ、「そのような説教は結構ですの。さっさと業務を教えてくださいの」と私を見下すような軽い口調。



マロイの前での愛嬌は猫をかぶっていたのですね! ならば、私にも考えがありますわ。この小娘、きつく指導して泣き寝入りさせてやります!



「窓枠と燭台を適当に磨いておきなさい。魔植物は水をかけておけばいいわ。それが終われば客間の清掃と書斎の整理。庭の手入れもしておきなさい。食事の間までには終わらせなさい」



ミラならあたふたと混乱する曖昧な指示ですわ。



ルナはだるそうに「ふぁーい」と返す。随分とマロイに甘やかされたのかしら。あの厳格な老婆も、孫の前ではただの祖母ですわね。



私は各場所を適当に案内し、「細かいことは自分で考えなさい」と告げ、さっさとその場を離れました。



わからないことがあっても、他の使用人は業務に追われ、尋ねる相手はいません。せいぜい半端な仕事をして、反省会で皆の前で恥をかきなさい!



私は事務室に戻り、食事の間の準備時間まで人員調整に取り掛かりました。内心、ルナが失敗する姿を想像し、ほくそ笑みます。だが、時間になり、食事の間に着くと、ミラと――なんとルナの姿が!



銀器が整然と並び、魔燭が穏やかに輝き、テーブルクロスはシミ一つない。すでに8割ほど準備が整っています! ミラが目を輝かせ、「ルナさん、なんとお手際ですこと!」と称賛。



ルナは軽く笑い、「これぐらい、普通ですの」と返します。私は息を呑みました。ルナの動きは、だるそうな態度とは裏腹に、素早く正確です。



銀器を魔法の布で磨き、魔燭に「ルミナス・イグニス」を唱えて安定させ、テーブルクロスの配置は完璧! ミラの説明を受けたのか、3年の経験かはわかりませんが、ミラも舌を巻くほどです。



「ルナさん、食事の間の準備は結構ですけど、先ほどの私の指示した業務は終わったのですか?」



私が声を掛けるとルナは鼻で笑います。



「グレタさんの曖昧な指示の業務ですの? もちろん終わってますわね。あの程度の仕事に、いつもそんな時間をかけてるんですの?」と嫌味を返してきました。



私は再度頭に血が上ります。



「黙りなさい! その口の利き方を改めないと、マロイ様に報告しますわよ!」と叱り、踵を返してルナに指示した場所の確認に向かいました。



背後から「ふぁい、わかりましたの」とルナの舐めた声が聞こえ、怒りが沸騰しますわ。



だが、確認した場所に目を疑いました。窓枠は魔法の箒で鏡のように輝き、燭台は魔燭が穏やかに瞬く。



魔植物は葉が眩く輝き、客間は埃一つなく、書斎の書物は完璧に整理されています。



ルナの仕事ぶりに拳を握り、反省会で言及できない苛立ちを覚えました。



午後、リリアさんがルナの教育担当に変わりましたが、彼女もルナの軽薄な態度に「キーッ!」と一人で叫び、ぶつけようのない怒りの矛先を探していましたわ



夕食の時間になると、パドリック卿とカイラン様がお越しになり、ルナと話をしているようです。



私たちに見せた軽薄な態度と違い、貴族の前で丁寧にお辞儀をして猫をかぶる姿に腹が立ってきますわ。



「はじめまして、パドリック卿、カイラン様。マロイ・グランベルの孫、ルナ・ハインケルにございます」



「私はパドリックだ。マロイより話は聞いておる。ヴァイラルド家の名に恥じぬよう、務めを全うしてくれたまえ」



「カイランです! ルナさん、よろしくお願いします!」



「はい、皆様にご迷惑をおかけせぬよう尽力いたします」



隣のミラが口を開く。



「ルナさん、すごいんです! 初日なのに慣れた手つきで次々と仕事をこなしてくれて! 説明も十分でないのに、食事の間の準備もほぼ一人でやってのけたんです!」



パドリック卿が手を止め問う。



「それは本当か?」



「すごいですね!」



「皆様のご助力あっての賜物にございます」



ルナが控えめに返します。



「食事の間の準備は完璧だ。銀器は正確に並び、魔燭は安定して輝き、魔花の装飾が調和を成している。初日でこれを成し遂げるなら、今後の働きに期待できるな」



そんな中、パドリック卿が私に声をかけ、「グレタ、ルナは見事な使用人だ。マロイの孫ならば当然かもしれんがな。君もヴァイラルド家の侍女長として、名に恥じぬ務めを果たしてくれ」と命じましま。



私は「は、はい、承知いたしましたわ」と答え、拳を強く握りました。



そして夜の反省会の時間を迎えました。



「本日の業務は完璧でしたわ。パドリック卿もルナの働きに感銘を受けておられました」と認め、「ですが、ルナさん。あなたの態度の悪さは目に余りますわ」と非難。



リリアさんが「言葉遣いも改めなさいな」と同調。ルナは鼻高く自慢げにいいます。



「私、尊敬できない方にはこんな態度になるんですの。だいたい、ここの使用人は皆さん仕事ができないんですのね。ミラさんは仕事が雑で細かい埃を見逃してるし、ティアさんは動きが遅くて魔植物の手入れが中途半端ですし、ソフィアさんは注意力が足りず燭台の配置を間違えるし、リリアさんとグレタさんに関しては論外ですわね。仕事ができないのに侍女長とそれを補佐する立場だなんて」と返す。


それを聞いて、ついに私の堪忍袋の尾が切れました。



「あなた、いい加減にしなさい! 私たちだけでなく、他の使用人まで侮辱するとは何事ですか! 今日来たばかりの者が全てを理解したつもりにならないでくださいな!」



「私は本当のことしか申し上げてませんの」



「あなたがそこまで自信があるなら、明日、私と対決なさい!」



「グレタさん!? 落ち着いてくださいな!」



「何を仰ってるんですか!」



「対決だなんて野蛮ですわ!」



「そ、そうですよ、グレタさん」



「対決といっても、殴り合いをするわけではありませんわよ。私とあなたで同じ業務を行い、どちらが優れているか使用人に決めてもらうんですの!」



「勝てると思ってるんですの?」



ルナが鼻で笑います。



「必ず勝ちますわ! 私はヴァイラルド家の誇り高き、使用人の長、侍女長グレタ・モルガナですもの!」



次の朝になり、使用人が集まる石造りの一室で、魔法の紋章が薄暗く瞬く中、ルナが挑発してきました。



「グレタ、昨日仰ったことは本気ですの?」



「ええ、そのつもりですわ。今日一日、皆に私とルナの業務を見てもらい、どちらがより優れ、貢献できていたか決めてもらうんですの」



私は冷静にと答えました。



「私が勝ったら、何かいただけるんですの?」



「侍女長の座をあなたに譲ってもいいですわ!」



私は宣言しました。



「グレタさん、無謀です!」



「そんな賭けは危険ですわ!」



「グレタさん、考え直してください!」とミラ達が止めに入るが、私は聞く耳を持ちません。



業務が始まり、グレタとリリア、ルナとミラが清掃のペアが決まりました。ルナと別れると、私はリリアさんに指示を送ります。


「リリアさん、客室の窓枠は魔法の箒で鏡のように磨きます。絨毯は『クリアリス・プルビス』で埃を浮かせて一掃。魔花は左右対称に配置し、魔法の紋章は『ルミナス・シグニス』で輝かせましょう。完璧に仕上げるんですのよ!」



「承知しましたわ! 私たちの名コンビで、ルナさんに吠え面をかかせてやりますわ!」



私たちは室内の清掃に取り掛かります。リリアには窓枠と魔花の配置を任せ、私は絨毯の魔法清掃と魔法の紋章の輝き強化に専念。やがて、埃一つない見事な客室が完成したのですわ。



客室の清掃を終えた私たちは、自信に満ちてリリアさんを伴い、ルナ達の客室へと向かいました。



ですが、扉を開けると、ルナとミラの姿はなく、部屋は埃一つない輝きを放っている。窓枠は鏡のように澄み、絨毯は呪文で清められ、魔花は完璧な対称性で咲き、魔法の紋章が柔らかく脈打つ。



「清掃は終わっているようですわね、ルナはどこですの?」と私が呟くと、リリアさんが「ええ、どこへ行ったのかしら?」と首を傾けます。




その時、背後からミラの声が響きました。



「グレタ様、どうなさいました?」



私は振り返り



「客室の清掃が終わりましたので、ルナの様子を見に来ましたの」



ミラはもじもじと気まずそうに「え~と、それは......」と立ち尽くす。



すると、ミラの背後からルナの嫌味な声が響きました。



「あら、グレタさん。まさか部屋の清掃程度に今までかかってましたの? さぞ見事な仕上がりなんでしょうね」



灰色のドレスを揺らしながら、ニヤリと笑います。



「私たちはグレタさんが終わるまで暇でしたので、別の業務に取り掛かってましたの。」



それを聞いた私は歯を食いしばり、リリアさんも悔しげに唇を噛んでいます。



「業務はまだ始まったばかりですわ! 清掃で全てが決まるわけではありませんの!」



「そうですわ! 人には得手不得手がありますもの!」



ルナの声が、嫌味に満ちた笑みを伴って響く。



「そうですのね、、今日の反省会が楽しみです」



そのニヤリとした表情に、内心の苛立ちを抑えて次の業務へと急ぐ。



その後も書斎の魔法書の整理と通信水晶の調整を競いましたが、魔法書整理ではルナの素早い手さばきが書架を完璧に整え、私たちの努力を上回りました。



通信水晶の調整でも、ルナが『クリスタル・ハーモニア』の呪文を軽やかに唱え、水晶の輝きを瞬時に安定させたのに対し、私とリリアさんは呪文の微調整に手間取り、わずかに曇りを残してしまいました。



食事の準備の時間が迫り、私はリリアさんを連れて急いで食事の間へと向かった。ですが、扉を開けた瞬間、目にしたのはルナとミラがすでに準備を終えた光景だった。



銀器は完璧に並び、魔燭は『ルミナス・イグニス』の呪文で揺らぎなく輝き、魔花は調和を成して咲き誇る。



私たちの努力は、いつもルナに一歩届かない――いや、一歩どころか、その実力の差はあまりにも大きい。



休憩時間、私は事務室にこもり、一人頭を抱えた。このままではルナに侍女長の座を奪われます。



自分で挑んだ対決で惨敗し、恥をかいてヴァイラルド家に留まるほど、私のプライドは安くない。ルナに負ければ、この屋敷に居場所はないのだ。



いてもたってもいられず、椅子から立ち上がり、事務室を飛び出し、意味もなく歩き始めた。いつから私はこんな風に落ちぶれたのか?



マロイ・グランベルが現役の侍女長だった頃、私とリリア、エリスは彼女の厳格な指導の下、魔法の紋章を操り、魔植物の手入れを競い、過酷な日々を生き抜いた。



あの頃の私は、こんな屈辱を味わうなど想像もしていなかった。



「あの頃の私なら……」



呟いた瞬間、ティアの叫び声が響く。



「グレタさん! 危ないです! 避けてください!」



視線を上げると、ティアの台車に積まれた魔道具、魔法書、魔花の鉢が崩れ、輝きと香りを放ちながら私に襲い掛かる。避ける間もなく、私は荷物の下敷きになりました。



「何で、この私がこんな目に……!」。



☆☆☆



私の名はミラ・フェルウィン、ヴァイラルド家に仕える新人の使用人です。今朝、グレタ様さんの命によりルナさんとペアを組みましたが、彼女の動きにはただただ驚くばかりでした。



客室清掃では、ルナは魔法の箒を軽やかに操り、窓枠を一瞬で鏡のように磨き上げました。



『クリアリス・プルビス』の呪文は淀みなく唱えられ、絨毯の埃は瞬時に消え、魔花は彼女の手で完璧な対称に並びました。魔法の紋章に『ルミナス・シグニス』を施す際も、彼女の指先から放たれる光は揺らぐことなく、部屋全体を神聖な輝きで満たしたのです。



書斎の魔法書整理では、ルナは炎や氷の属性を瞬時に見分け、封印紋章を『オルド・シグニス』で安定させ、書架を芸術品のように整えた。私が埃を清めるだけで精一杯だったのに、彼女は一息もつかず完遂しました。



通信水晶の調整では、『クリスタル・ハーモニア』を軽快に唱え、水晶の輝きを澄み切ったものに変え、貴族間の通信を完璧に整えました。



食事の準備でも、ルナは銀器を『ルミナス・アージェント』で輝かせ、魔燭を『ルミナス・イグニス』で均一に点灯、星華の魔花を調和よく配置し、貴族の称賛を一身に浴びました。



屋敷の隅々まで魔法のように行き渡るんです。だけど、ルナさんはマロイ様やパドリック卿の前では愛嬌を振りまくのに、私たち使用人には冷淡です。



話しかけても「必要最低限でいいですの」と流され、ペアの業務もほぼ一人でこなし、私には指示を出すだけ。



彼女の個人技は圧倒的ですが、協調性はまるでないようです。



休憩時間、ソフィアさんと昼食を取る部屋へ向かい、ふと尋ねました。



「ソフィアさん、今回の対決、どちらが勝つと思います?」



ソフィアさんは即座に答えました。



「ルナさんでしょう。午前中の時点で、ほぼ決着はついていますわ。」



私は小さく頷きました。



「そうですよね……」




「ルナさんの態度は許しがたいものがありますが、私は嘘をつく気はありません。どちらが優れているかと問われれば、ルナさんだと答えますわ」


ここで、私はふと疑問が頭をよぎりました。



「でも、なぜグレタさんが侍女長になられたのでしょう? この屋敷には以前も多くの使用人がいたはずです。その中から、なぜグレタさんが選ばれたのでしょう。ソフィア様は古くからここで働かれていますよね。何かご存じでは?」




ソフィア様は軽く笑います。



「あら、古いだなんて失礼ですわ。私はまだピチピチのレディですわよ。それに、グレタさんは私が働き始めた頃には、すでに今のような高慢な方でしたわ」



「そうだったんですね」



「ただ、グレタさんを過去に指導し、侍女長に任命したのはマロイ様だと聞いております。私はあのマロイ様が、グレタさんを、今のような状態で侍女長に任命し、退職されるとは思えませんわ」



「確かに、私もそう思います。では、昔のグレタさんはマロイ様に認められるほどの存在だったのですか?」



「憶測に過ぎませんが、その可能性は十分ありますわ。マロイ様が戻られたら、聞いてみましょう」



ソフィアさんは微笑みました。私たちはそんな会話を交わしながら、休憩室に辿り着きました。



ソフィアさんと休憩室で昼食を取っていると、ティアさんの慌てた声が響く。



「グレタさん! もう少しお休みくださいませ!」



焦るティアさんとグレタさんが現れる。



「私は大丈夫です。それより、確かめることがあります」



グレタさんが私たちに向かって歩いてくる。いつもの高慢さは消え、厳格な眼差しと威厳ある雰囲気がマロイ様を彷彿とさせます。そしてグレタさんが口を開きました。



「私、グレタ・モルガナと申します。休憩中に不躾ですが、あなたのお名前をお伺いしてもよろしいです?」




私は目を見開きました。



「え…私は、ミラ・フェルウィンですが…」



グレタさんはソフィア様にも尋ねます。



「あなたのお名前もお伺いしても」




「ソフィア・ヴェールです」



ソフィアさんも困惑した表情を見せる。




「私はこのヴァイラルド家の屋敷の侍女長を任命された者ですが、あなた方との面識がございません。何かお心当たりはございませんか?」



グレタさんの言葉に、私の頭は混乱で一杯になります。



ティアさんが震える声で口を開きます。



「す、すみませんでした! 実は私、パドリック卿の命で倉庫の物を整理しておりました。それを運んでいる途中にグレタさんと衝突してしまいまして…」



「それが何か関係がありますの?」



「実はその荷物の中に、記憶を乱す魔道具が混じっており、それがグレタさんに作用してしまったようです」



グレタさんは冷静に頷く。



「なるほど、それが原因で私の記憶にあなた方が存在しないのですね。記憶を乱す魔道具、ミスティカ・メモリアでしょうか。以前、カイランお坊ちゃまの魔法試験の準備のためにパドリック卿が取り寄せたものですな。それであれば、いずれ記憶は回復するでしょう。それまでの間、ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします」



グレタさんは律義にお辞儀をする。その嫌味のない所作に、私たちは驚きを隠せない。私は思わず口を開く。



「あの、グレタさん…いや、グレタ様はどの程度までの記憶をお持ちなのでしょうか?」



「私が覚えているのは、マロイ様が私を侍女長に任命され、退職されるまででございます」



「ど、どうしましょう!? これだとルナさんとの対決に決着をつけられません!」



私が焦って声を上げると、グレタ様が穏やかに尋ねます。



「対決? 何のことでしょうか?」



その瞬間、休憩室の扉が開き、ルナさんの声が響く。



「あら、グレタさん。休憩室で使用人と談笑ですの? 随分と余裕でいらっしゃいますね」



ルナさんが一人で現れる。グレタさんはルナさんをじっと見つめ、落ち着いた声で言う。



「私はヴァイラルド家の侍女長、グレタ・モルガナと申します。魔道具の誤作動により一時的な記憶障害を引き起こしており、あなたのことがわかりません。お名前をお伺いしてもよろしいです?」



ルナさんはくすりと笑い、目を細めます。



「対決に勝てないと悟って逃げましたの? 私はルナ・ハインケルですよ。もっとまともな嘘をつければいいものを」



その言葉に、休憩室は一瞬にして凍りつく。私はグレタ様に、今までの経緯を簡単に説明した。ルナさんとの対決、客室清掃での競い合い、そして侍女長の座を賭けた約束。



だが、グレタ様は「そうですか」と淡々と答え、あまり興味を示さない様子だ。侍女長の座をルナさんに譲るという重大な賭けが、記憶の混乱で伝わっていないのだろうか。



私の胸は不安で締め付けられる。

午後の業務が始まる少し前に、ルナさんがグレタ様に近づき、軽やかな声で話しかける。



「グレタさん、午後は何の業務で対決いたしますの?」



グレタ様は静かに答える。



「対決? そのようなものに興味はありません。私はただヴァイラルド家の侍女長として全うすべき業務に専念するだけです」



その声は穏やかだが、どこか遠くを見ているようで、考え事に沈んでいるように見える。

ルナさんは口元に笑みを浮かべ、畳みかける。



「自分から勝負を持ちかけておいて、負けるとわかれば逃げるのですね」



その言葉は丁寧ながら、鋭い刃のように響く。だが、グレタ様はルナさんの挑発をまるで聞いていないかのように、静かに目を伏せる。ルナさんはさらに続ける。



「ですが、私はあなたの仰った『侍女長の座を譲る』という言葉を忘れていませんよ」



「私が侍女長としてふさわしくなければ、その任を降りることは当然のことです」



グレタ様は静かにそう言い放つ。その言葉には、かつての高慢さはなく、ただ真摯な決意が響いています。こうして午後の業務が始まりました。



グレタ様は石造りの会議室に掲げられた木製のボードに目をやり、午後の予定を確認します。



魔植物の水やり、カイラン様とパドリック卿の部屋の清掃、明日の貴族会での衣装選別、大浴場の清掃とお湯張り、食材や菓子の買い出し。



そして一番下に、「グレタ、人員調整の続き」と記されている。グレタ様は静かに頷きます。



「これなら然程時間もかかりませんね。私は先にここに書かれた人員調整に取り掛かります」



と告げて、事務室へと向かいました。私は内心、午後の業務がこんなに詰まっているのに、ルナさんとの対決もあるのに、どうするんですかと焦るが、口に出せませんでした。



仕方なく、魔植物の水やりのため、道具を持って庭園へと急いだ。30分ほどで水やりを終え、汗だくで屋敷に戻ると、事務室から出てきたグレタ様と目が合った。



グレタ様は私の汗ばんだ頬を見て、手拭いを手に近づいてくる。



そっと私の頬を拭うその仕草は、まるでエリスさんのような温かさに満ちていた。



「暑い中、ご苦労でしたね。事務室に飲み物を冷やしているので、それを飲んで少し休みなさい」



と穏やかに言いました。



「え? いいんですか?」



「勿論です。遅くなりましたが、今から私も現場を手伝います」



「人員調整はいいんですか?」



「人員調整、そんなものにいつまでも時間はかけていられません。これはあなたのシフトです」



グレタ様は羊皮紙を差し出す。 受け取って確認すると、驚くことに私の希望休が通っている。ダメ元で提出したものなのに、いつもなら適当な理由で却下されるはずだ。



よく見ると、他の使用人の希望休も考慮され、業務の割り振りも細やかに調整されている。



「グレタ様、ここをお休みにされているのですが」



私は指を差しました。



「あら、あなたの希望の日ではなかったですか?」



グレタ様が首を傾げる。



「そうなんですけど、私がここで休むとグレタ様の仕事が続いてしまうと思って」



グレタ様は静かに微笑みます。



「そんなことは気にする必要がありません。上司が部下を優先するのは当然のことですよ。」



その言葉に、私は胸が温かくなるのを感じた。



こんなグレタ様、初めてです。



事務室で冷えた飲み物を飲み、ほっと一息ついた後、業務を再開しようと立ち上がると、グレタ様から声が掛かった。



「ミラさん、今からルナさんと大浴場の清掃を行いますので、手伝っていただけますか?」



「はい! わかりました!」



「ふふ、元気がいいですね」



グレタ様は柔らかく微笑む。ルナさんが横から口を挟む。



「やっと、対決を再開する気になりましたのね」



その声は丁寧だが、挑発的な響きが隠せない。私はグレタ様の記憶障害とルナさんとの対決の行方を思い、胸が締め付けられる。大浴場に着くと、すぐに清掃に取り掛かった。



ルナさんがブラシを手に軽やかに動き、床の魔紋を磨き上げる。『アクア・プルクリタス』を軽く唱え、湯船のタイルに刻まれた魔紋を澄んだ輝きに変えるその手際は、午前の業務と同じく無駄がない。


グレタ様もブラシを手に、床の魔紋を一掃する。その動作は流麗で、まるで舞を舞うような正確さだ。『アクア・プルクリタス』を補助的に唱え、湯船のタイルを鏡のように輝かせ、魔紋の輪郭を鮮明にする。



脱衣所では、棚の配置を一つ一つ手作業で整え、魔燭に『ルミナス・イグニス』を施して柔らかな光で空間を満たす。グレタ様とルナさんの動きは、個人技としては互角にみえます。



どちらも迅速で、魔法を補助的に使いながら、浴場を神聖な輝きで満たしていく。私は二人に遅れを取らぬよう、必死にブラシを動かし、湯船の縁を磨きました。



だが、グレタ様の仕事ぶりには、ルナさんとは異なる輝きがありました。



「ミラさん、魔紋は外側の円から中心に向かって磨くと輝きが均一になりますよ。ブラシは45度にしてください」



具体的な指示を出し、さらに予備のブラシや清掃用の魔道具をさりげなく近くに置いてくれる。



私が魔紋の輝きを均等に保つ方法がわからず困っていると、「湯船の魔紋は『アクア・プルクリタス』を二回に分けて唱えるとムラが減りますよ」と教えてくれました。



作業中に魔紋の輝きが一瞬乱れたとき、グレタ様は即座に『ステラ・バリアス』を唱え、安定を取り戻しました。



「ルナさん、私も手伝います!」




一方、ルナさんは自分の作業に没頭し、ティアさんが遅れて手伝いに来てくれたことにも気付いていませんでした。



「ルナさん、ティアさんが手伝いにきてくれましたよ!」



私はルナさんに声を掛ける。



「あぁ、そうですの。では、反対側を頼みますの」



「はい、お任せ......あれ? あれれぇ?」



ティアさんがきょろきょろと辺りを見回しています。どうやら掃除道具を忘れたみたいです。



ですが、ルナさんはティアさんが道具を忘れたことにも気づかず、彼女が慌てて取りに戻る姿を見過ごしていました。



「ちょっと、戻ります~!」



「ティアさん道具ならここに......行っちゃいました。」



ルナさんの姿勢は、グレタ様の協調性と対照的に思いました。




少しして、清掃が一段落し、湯船の準備に移る段階で、グレタ様がルナさんに



「ルナさん、そろそろお湯を張る準備をお願いします」と指示を出した。



だが、ルナさんは眉を軽く上げ、



「まだ私の清掃が終わっていませんの」



短く答え、湯船から一歩距離を取って自分の作業に戻ります。



その冷淡な態度に、私は内心で首を振る。グレタ様は動じず、穏やかに



「ではミラさん、お願いします」



私に声をかけ、私は急いで湯船の魔道具に『アクア・インフロ』を唱え、澄んだ水を流し始めた。湯船にお湯が溜まると、グレタ様は浴槽に手を入れ、温度を確認していました。



「ミラさん、お湯の温度を2度下げてください」



「え?」



「本日はパドリック卿は夕食後すぐに出かけられ、帰りが遅くなります。ですので、最初にお風呂に入るのはカイラン様です。カイラン様は熱いお湯は好まれないので。カイラン様の入浴後にお湯の温度を調整する魔法『テンペラ・ディラト』を時間差で発動するようにしておきましょう。」



その細やかな配慮に、私は感嘆し、「わかりました!」と元気に応じ、魔道具に『テンペラ・ディラト』を施した。



お湯が沸いた後、湯船から甘い香りが漂ってきた。ルナさんが得意げに口を開く。



「今日はローズマリエルの精油を入れましたの! パドリック卿やカイラン様が好まれるとお聞きしまして。」



その声は丁寧だが、どこかグレタ様を意識した挑発的な響きがある。



彼女が事前に相談せず独断で入浴剤を入れたことに、私は少し違和感を覚えました。グレタ様は静かに湯船を見つめ、



「ローズマリエルの精油は確かに良い選択ですね。甘い香りは心を落ち着かせる効果があり、リラックスを促すには最適な精油です。」



グレタ様は穏やかに評価しました。ルナさんはその言葉に鼻を高くし、軽薄な笑みを浮かべて胸を張ります。そしてグレタ様は続けます。



「ですが、明日はパドリック卿とカイラン様は大事な貴族会の出席がございます。加えてパドリック卿は本日夜より出かけられ、帰りは遅くなります。さぞ疲れも溜まっていらっしゃるかと。シルヴァンシアの精油はさっぱりとした柑橘系の香りが広がり、疲労軽減効果が高く、良質な睡眠に繋がります。お二人は大事な日の前日にはいつも使用されていましたので、今回はそちらが最適解だったかもしれませんね。」



グレタ様はそう言い残すと、私たちに「戻りますよ」と伝えて大浴場を後にしました。



私はグレタ様の気遣いや協調性、頭の回転の速さに驚嘆しました。一方、ルナさんの動きには目が見張るものがありますが、自分の作業に没頭するばかりで、周りは余り見えていないようです。



ルナさんはグレタさんが去った後、悔しそうに唇を噛んでいました。



その後の午後の業務でも、グレタ様の仕事ぶりは際立っていました。カイラン様とパドリック卿の部屋の清掃では、グレタ様は私やティアさんに「ベッドの布は角を揃えて折り、魔燭は『フランマ・セレニス』を軽く唱えて均等に配置してください」と明確な指示を出し、ソフィアさんには「窓枠の魔紋は外側から磨き、埃が残らないよう確認を」と声をかけました。



ティアさんが書類整理の遅れで慌てて合流したときも、グレタ様は予備の道具を用意し、「ティアさん、焦らずにこれを使ってください」と落ち着いて対応した。



貴族会の衣装選別では、グレタ様が「パドリック卿は深い青の礼装、カイラン様は軽やかな緑を好まれます」と好みを考慮し、私たちに役割を割り振りました。



その連携と気遣いに、私は感嘆するばかりです。一方、ルナさんはグレタ様の指示を無視し、自分の作業に没頭していた。



衣装選別では「私はこの色で十分ですわ」と独断で進め、ティアさんが「ルナさん、確認しましょうか?」と声をかけても、「必要ありませんの」と素っ気なく返す。



ルナさんの個人技は相変わらず見事で、魔紋の輝きも衣装の仕上げも完璧だったが、誰とも協力する素振りはなく、常に自分のペースで進める。グレタ様の統率力と比べ、ルナさんが一歩遅れているように思えた。



夕食の時間が近づき、食事の間の準備が終わった。私たちは完成するまで待機していた。私はルナさんに声をかけた。



「今日の夕食はハーブ風味の魚料理ですが、パドリック卿の料理には甲殻類のエキスが含まれ、カイラン様の料理はそれが抜いてあります。カイラン様は甲殻類に重度のアレルギーがあるので、絶対に間違わないようにしてくださいね!」



「わかりましたの」



ルナさんは答えたが、どこか上の空で、視線は遠くを彷徨っている。その態度に、私は一抹の不安を覚えた。ルナさんの手際は素晴らしいが、こうした細かな注意を軽視する姿勢は、グレタ様の丁寧な配慮とは対照的だ。



夕食が完成すると、使用人たちが一斉に食事の間へと料理を運び出した。銀器が整然と並び、魔燭が『フランマ・セレニス』で穏やかに輝く中、テーブルクロスはシミ一つなく、星華の魔花が調和を成して配置されている。



配膳が終わると、グレタ様はパドリック卿とカイラン様の傍に佇み、まるで影のように静かに、しかし確実に動いた。パドリック卿のグラスが空けば、すかさず深紅のワインを注ぎ、カイラン様のナプキンが乱れれば、さりげなく整えていました。



その動きは流れるように自然で、貴族の食事の時間を一層優雅に引き立てた。ルナさんも配膳を手伝っていたが、彼女は自分の役割を終えるとすぐに下がり、他の使用人との連携を一切取りません。



パドリック卿が「ルナ、よくやってくれた」と褒めると、彼女は「恐れ入りますわ」と丁寧に答えたが、その目はグレタ様をちらりと見て、唇を軽く噛んでいました。



私は瞬間、ルナさんがグレタ様の完璧な立ち振る舞いに苛立っているのを感じました。その時、パドリック卿がグレタ様に穏やかに声をかけた。



「グレタ、いつもより動きがいいな。昔の君を見ているようだ。」



グレタ様は一瞬目を伏せ、控えめに答えました。



「侍女長として当然の務めです。パドリック卿。」



パドリック卿は満足げに頷き、



「そうか、その調子で頑張ってくれ。明日の夜、私の客人がやってくる。それまでに庭の剪定を頼めるか?」



「勿論でございます」



「うむ、では、食事をはじめよう」とパドリック卿が言うと、カイラン様が「はい、いただきます」と丁寧に応じ、二人が食事を始めた。



カイラン様がメインのハーブ風味の魚料理に箸を伸ばそうとしたその瞬間、私はふと不安がよぎった。ルナさん、ちゃんとカイラン様の甲殻類アレルギー対応の皿を配膳してくれたのかな? そう思って隣のルナさんを見ると、彼女の顔色が明らかに青ざめていた。



私はその瞬間、ルナさんが配膳を間違えたことに気づき、慌てて声を上げた。



「カイラン様、お待ち―――」



だが、私が言い切る前に、グレタ様が私の異常に即座に反応しました。彼女は一瞬でカイラン様の手元に駆け寄り、箸で掬い上げられた魚料理の皿を咄嗟に振り払った。ガシャン! 清らかな音とともに、銀の食器が床に落ちて砕け、彩り豊かなハーブ風味の魚が床に飛び散り、ぐちゃぐちゃに崩れた。



カイラン様が困惑した表情で「グレタさん!?」と声を上げ、パドリック卿が「グレタ! 何をしている!」と声を張り上げました。



食事の間の空気が一瞬で凍りつき、魔燭の光が揺れる中、グレタ様は深々と頭を下げた。



「すみません。カイラン様、パドリック様。配膳で誤って、カイラン様の食事に甲殻類のエキスが入った方を提供してしまいました。申し訳ありません。」



その言葉に、パドリック卿が目を丸くして「なんだと!?」と驚きの声を上げた。パドリック卿の声がさらに厳しく響いた。



「あれほど気を付ける様にいっていただろう!」



その激昂する声に、食事の間の緊張が一層高まった。カイラン様が慌てて



「自分は大丈夫ですので!」と穏やかな口調でフォローしたが、パドリック卿の怒りは収まらない。



グレタ様はなおも深々と頭を下げ、「申し訳ありません」と繰り返した。その時、パドリック卿の視線がルナさんに向けられた。



「だが、メインを配膳したのはルナではなかったか?」



その言葉に、ルナさんがビクリと震え、顔がさらに青ざめた。パドリック卿はルナさんを鋭く見据え、



「ルナ、カイランに甲殻類のエキスが入った魚料理を提供したのは君ではないのか?」



ルナさんはオドオドと視線を彷徨わせ、震える声で「も、申し訳ありません!」と絞り出すように謝罪した。



パドリック卿の声が一層厳しくなり、「マロイの孫だからと、私は君を過大評価―――」と言いかけたその瞬間、グレタ様が毅然とした声で割って入った。



「パドリック卿! 部下の失敗は私の責任です。何より、ルナさんはヴァイラルド家に来て2日目。失敗をすることは仕方がないこと。私の注意不足が招いた結果です。どうか彼女を責めないでください。責任は私が負わせていただきます。彼女の教育係は私ですので。」



グレタ様の言葉は静かだが、揺るぎない決意に満ちていた。



私はその姿に息を呑み、ルナさんは目に涙を浮かべていた。その光景を見たパドリック卿とカイラン様は驚愕していた。以前のグレタ様なら、部下の責任を自分が身を挺してまで守ることなどなかったからです。



それは二人も理解していたため、驚いたのでしょう。パドリック卿は一瞬言葉を失い、グレタ様を見つめた後、ゆっくりと口を開きました。



「わかった。君がそこまでいうのなら、今日は不問にしよう。ルナもまだ新人だ。失敗もあるだろう。だがカイランのアレルギーは命に係わる問題だ。次からは絶対に間違いないでくれ。」



ルナさんは震える声で「わかりました。申し訳ありませんでした」と頭を下げ、涙を堪えるように唇を噛んだ。グレタ様は静かに顔を上げ



「パドリック卿。寛大な処置に感謝いたします」



食事の間の重い空気がわずかに和らぎ、魔燭の光が穏やかに揺れた。私はグレタ様のリーダーシップと部下を庇う姿勢に圧倒され、同時にルナさんの動揺と涙に胸が締め付けられた。



グレタ様の過去とは異なるこの行動が、ヴァイラルド家の使用人たちに新たな風を吹き込む予感がしました。



ですが、ルナさんのミスが反省会でどう響くのか、私の心はざわめきで一杯だった。


食事の時間が終わり、片付けが終わると、使用人たちは一室に集まり、反省会が始まりました。



ルナさんは気まずそうに顔を伏せ、いつもの軽薄な笑みは影もなかった。反省会が始まるや否や、リリアさんが鋭い声で切り出しました。



「本日の一番の反省点はいうまでもなく、食事の間でルナさんの配膳ミスです。グレタさんが動くのが一歩遅れていたら、どうなっていたかわかっていますか?」



ルナさんの表情から軽薄さは消え失せ、顔を伏せたまま黙っていた。リリアさんは容赦なく続ける。



「それにミラさんから聞いた話だと、配膳前に事前説明はしていたとのことですが、カイラン様がお食事に手を付ける直前にも気づいていたそうですね。なのにあなたは何も言えずに、隣にいたミラさんが止めに入りました。」



ルナさんは震える声で「申し訳ありませんでした」とだけ口にした。



リリアさんがさらに畳み掛けます。



「申し訳ありませんで済めば―――」



「やめなさい、リリア。」



グレタ様が穏やかだが力強い声でリリアさんを制止しました。リリアさんが驚いた表情を浮かべた。



いつもならグレタさんと口裏を合わせて部下を叱責するはずが、止めに入ったからだ。



そういえば、リリアさんは午後から食材の買い出しに出かけ、グレタ様の記憶障害を知らなかった。帰宅してすぐ食事の間の準備に取り掛かり、ゆっくり話す暇もなかったのだ。



「グレタさん?」



リリアさんが戸惑いながら声を上げた。グレタ様は落ち着いた口調で続けた。



「リリア、反省会はミスをした者の揚げ足を取り、責めるための会議ではありません。失敗をどう活かし、次は成功につなげるかをみんなで話し合う場なのですよ。」



リリアさんはその言葉に口ごもり、言葉を見つけられないようだった。グレタ様はルナさんに向き直り、穏やかに尋ねました。



「ルナさん、今日のミスの原因は何だと考えますか?」



ルナさんは少し黙った後、顔を上げ、静かに口を開いた。



「私が皆さんとの協力を拒み、自身だけで成果を上げようと、ミラさんの言葉にも耳を傾けず単独行動ばかりしたためです。」



グレタ様は頷き、「そうですか。それが理解でき、反省しているのであれば、これ以上何か言うこともありませんね。」と応じた。



さらに、グレタ様は全員を見渡しながら続けました。



「私からも反省点があります。既に知っている方もいますが、私は今回不慮の事故により、記憶障害を引き起こし、皆を混乱させてしまいました。私が周囲を観察して行動できていれば、このようなことは起こりませんでした。完全に私の不注意でした。」



リリアさんが目を丸くして「え? そうでしたの?」と驚きの声を上げた。グレタ様は静かに続ける。



「食事の間のミスも、私が普段通りであれば起こりえなかったことでしょう。」



グレタ様が深々と頭を下げた。食事の間のミスを自らの不注意と認め、静かな謝罪の姿勢に、部屋に集まった使用人たちの間にざわめきが広がった。


「グレタさん、顔を上げてください! 元はといえば、私が!」とティアさんが声を上げ、ソフィアさんも「グレタさんが謝る必要なんて……!」と慌てて続けた。



私も胸が締め付けられ、思わず「グレタ様……」と呟いた。その時、ルナさんが震える声で口を開いた。



「グレタさん……」彼女の声は掠れ、目に涙が溢れていた。いつもは軽薄な笑みを浮かべていたルナさんの顔が、悔しさと後悔で歪んでいる。



グレタ様は静かにルナさんを見つめ、そっと手ぬぐいを取り出し、ルナさんの頬を伝う涙を優しく拭った。



ルナさんはその優しさに耐えきれず、声を上げて泣きじゃくった。



「グレタさん、私、さんざん失礼なことを……! ごめんなさい、うっ……本当に、ごめんなさい……!」



彼女の声は嗚咽に混じり、言葉にならない。グレタ様は穏やかに微笑みます。



「気にしなくていいですよ。ただ、他の使用人には後で一言謝っておくのですよ」と静かに答えました。



その声は温かく、部屋全体を包み込むようでした。ルナさんは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら



「はぁぃ、ぐヴぇたさん。うっ……わたじのかんばぁいです……」と絞り出すように答え、肩を震わせていました。



グレタ様はそっとルナさんを軽く抱きしめました。その瞬間、静かで温かな空気が流れました。



その光景を見て、ティアさんが目を擦り、ソフィアさんがハンカチを握りしめ、リリアさんさえも目を潤ませていました。



私も胸の奥で熱いものが込み上げ、視界がぼやけます。グレタ様の揺るぎないリーダーシップと、かつての高慢さを思わせない優しさが、ヴァイラルド家の使用人たちに新たな絆を刻んだ瞬間でした。こうして、今日の反省会は静かに幕を閉じた。



私はグレタ様の姿に心を奪われつつ、ルナさんの涙と反省が、明日への一歩となることを願いました。



☆☆☆


朝になり、私は目を覚ましたが、記憶はまだ戻っていないようだった。靄のかかった頭を軽く振って身支度を整え、朝食の時間が終わると、会議室に向かった。



扉を開けると、私より先にルナさんの姿が目に入った。彼女は私を見るなり、まるで主人を見つけた飼い犬のようにはしゃいだ笑顔で飛びついてきた。



「グレタ様! おはようございます!」



その元気な声に、私は思わず微笑む。



「ルナさん、おはようございます。元気がいいですね。」



「グレタ様を見れば、疲れも一気に吹き飛びます!」



ルナさんは屈託のない笑顔を浮かべ、まるで星華の魔花のような輝きを放っています。



「ふふ、嬉しいですよ。ですが、そろそろ他の使用人も集まるので、所定の位置につきなさい。」



「はい! わかりました!」



彼女は弾けるような声で答え、軽やかに席へ戻りました。昨日の反省会での一件を経て、ルナさんとのわだかまりが解けたようです。彼女の笑顔に、私の胸にも温かな光が灯る。



使用人たちが会議室に集まると、私は羽ペンを手に取り、魔紋が刻まれたボードに今日の予定を書き込んだ。『ステラ・スクリプト』の魔法で文字が淡く輝き、部屋に静かな威厳を添えます。



「今日はパドリック卿の命により、庭の剪定を行います。」



私の声に、ルナさんが即座に「はい、頑張ります!」と元気に応じた。その熱意に、私は一瞬目を細めました。



「ルナさん、剪定は私が行いますので、あなたは―――」と言いかけたが、ルナさんが勢いよく手を挙げた。



「いえ! 私の教育係はグレタ様なので、同行させてください!」



今日は気温が高く、熱中症の危険を考慮し、私は一瞬迷いました。



「お願いします!」



ルナさんの熱意に押し負け、私は小さく息をついた。



「わかりました。では私と同行しましょう。水分補給と休憩はこまめに挟みますよ。」




二人でやれば作業も早く終わる。彼女の意欲を無駄にはできませんね。



「では、業務を開始しましょう。ルナさんはまだ新人なので、わからないことは皆に聞いて、教えてもらってくださいね。」



「はい、グレタ様!」



ルナさんの声は、朝の光に響き合う魔燭のようだった。業務に向かおうとすると、ルナさんが突然「皆さん、お待ちください」と声を上げました。



視線が彼女に集まる中、ルナさんは深々と頭を下げます。



「昨日までは私の勝手な行動により、ご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ございませんでした。今日からは生まれ変わった気持ちで誠実に務めさせていただきます。」



その真摯な言葉に、部屋の空気が一瞬静まり返りました。私は彼女の成長に心を動かされ、無意識にそっとルナさんの頭を撫でていました。



彼女の髪は、朝露に濡れた魔花のように柔らかく、私の手の下で小さく震えた。ティアさんが微笑み、ソフィアさんが頷き、ミラさんも穏やかな表情を見せていました。



私は静かに微笑み、こうして新たな一日が始まることを感じました。庭の剪定という試練が待っているが、ルナさんの決意と使用人たちの絆が、ヴァイラルド家の未来を照らす光となるだろう。私の心は、記憶の靄を越え、確かな希望で満ちていた。



その後、私たちは庭の剪定作業に取り掛かかりました。ヴァイラルド家の庭は、星華の魔花や輝葉の木々が織りなす壮麗な空間で、魔紋が刻まれた石畳が陽光に輝いてます。



私は魔力を帯びた剪定鋏を手に、輝葉の枝を慎重に切り揃え、ルナさんには魔花の周囲の雑草を抜く役割を割り振りましたが、作業は予想以上に時間を食いました。理由は、ルナさんの過度な気遣いにありました。



「グレタ様、素敵です!」と彼女が突然声を上げ、私の手元をじっと見つめる。あるいは「私がグレタ様の汗を拭います!」と手ぬぐいを取り出す、さらには「グレタ様、これをお飲みください!」と水差しを手に駆け寄ってきます。



そのたびに作業が中断し、魔花の魔力が一瞬乱れる。昨日までのスマートに仕事をこなすルナさんの姿はそこになく、まるで子犬がじゃれつくような愛らしさがあります。娘のようで可愛らしいのだが、業務に支障が生じ、さすがに少し困りました。



「ルナさん、気持ちは嬉しいですが、作業に集中しましょう」と穏やかに注意したが、彼女は「はい、グレタ様!」と弾ける笑顔で応じ、すぐにまた「グレタ様、この枝はどう切りましょう?」と近づいてきます。



私は小さく笑い、彼女の熱意を無下にはできませんでした。剪定作業を終え、通常の業務に戻ると、ルナさんは以前のような手際を取り戻していました。



私と離れている間、彼女は客室の魔燭を『フランマ・セレニス』で整え、ティアさんやソフィアさんと連携しながら銀器の配置を確認していました。



ティアさんが「ルナさん、ここはこうしましょう」と提案すると、ルナさんが「ありがとうございます、ティアさん!」と素直に応じ、笑顔で動く姿が見えた。協調性に問題はないようでふ。私は胸を撫で下ろし、彼女の成長に静かな喜びを感じました。



ルナさんの動きには、昨日の単独行動の影はなく、まるで魔紋が調和を取り戻したような一体感があった。



夕食の準備が終わり、反省会が始まりました。使用人たちが一室に集まり、魔燭の柔らかな光が部屋を照らす中、私はふとリリアさんの姿に気づいた。



今朝の会議にいなかったので休みだと思っていましたが、今日は午後からの出勤だったのですね。



私としたことが、彼女の予定を見落としていた。記憶の靄がまだ私を惑わせているのだろうか。リリアさんが静かに席に着くのを見て、私は小さく息をついた。



反省会が始まり、私は魔紋が刻まれたボードに羽ペンを走らせ、今日の業務を振り返ります。



「今日の全体の反省点は特に見当たりません。パドリック卿やカイラン様も喜んでおられました。」



私の言葉に、ルナさんが弾けるような笑顔で「さすがです! グレタ様!」と声を上げた。部屋に集まった使用人たちの間に穏やかな空気が広がり、魔燭の光が柔らかく揺れる。



私は小さく微笑み、ルナさんをちらりと見て言った。



「皆さんのおかげですよ。ただ、ルナさんはもう少し私と離れて作業した方がいいかもしれませんね。業務の遅延に繋がりますので。」



少し意地悪を込めて言うと、ルナさんが目を丸くして慌てた。



「えーー! それはダメです!! 明日からはちゃんとしますので!」



その焦った表情に、私はくすりと笑い



「冗談ですよ」と付け加えましま。



ルナさんはほっとしたように肩を落とし、「グレタ様、意地悪です~!」と笑顔で返す。



その軽やかなやり取りに、ティアさんやソフィアさんが小さく笑い、部屋の緊張が和らいだ。



その時、リリアが静かに手を挙げ、「あの、グレタさん」と声をかけてきた。



「どうしました?」



私は彼女の曇った表情に気づき、首を傾げた。



「本日、庭の剪定があったようなのですが……」



リリアの声には、なぜかためらいが混じっている。私は穏やかに答えた。



「えぇ、それは私とルナさんで仕上げましたよ。」



その言葉を聞くと、リリアはなぜかルナさんに視線を向けます。



「え~と、ルナさん。剪定の仕上がりはどうだったでしょう?」と尋ねました。



なぜルナさんに確認するのでしょう?



私は一瞬訝しんだが、ルナさんが明るく答えます。



「グレタ様の剪定技術は完璧でした!」



その熱のこもった言葉に、リリアがふーっと息を吐き、胸を撫で下ろすように見えた。ルナさんが目を輝かせて続けます。



「とても個性的で芸術的な仕上がりは、ルナの未熟な感性では理解できない領域で感動いたしました!」



その言葉を聞いた瞬間、リリアさんの表情が一気に青ざめた。



「私、急用を思い出したので……」



と呟き、そそくさと席を立ち、部屋を出ようとした。だが、扉が反対側から勢いよく開き、そこには顔を真っ赤にしたパドリック卿が佇んでいた。



「庭の剪定を行ったのは誰だ!?」



その怒気に満ちた声が、魔燭の光を震わせるほど響き渡った。リリアさんが「ひぃ~!」と小さく悲鳴を上げ、怯えたように後ずさった。



私は静かに進み出て、冷静に答えた。



「パドリック卿、庭の剪定は私とルナさんで行いました。」



パドリック卿は私たちを鋭く見据え、声を荒げた。



「なんだあの乱れた庭は!? 木々を不揃いに刻み、輝葉の枝がまるで嵐に荒らされたようにバラバラだ! 星華の魔花の配置も、魔紋の調和を乱すほど歪んでいた! 東側の魔花は、魔紋の流れに沿って見事に整えられていたのに何故あそこまで違いがでるのだ? 先ほど、客人に随分と個性的な庭だと鼻で笑われたのだぞ?」



その叱責に、部屋の空気が一瞬で凍りついた。ティアさんとソフィアさんが息を呑み、ルナさんの顔がわずかに強張る。私は内心で動揺しながら、記憶の靄が私の判断を鈍らせたのかと自問した。



リリアさんが震える声で口を開いた。



「ですから、グレタさんは剪定作業をしないでくださいとあれほど言っていたのに!」



その言葉に、他の使用人たちも思い出したようにざわめき始めました。



ティアさんが「そういえば、以前剪定作業をした時も同じように……」と呟き、ミラさんが「そういえば、そうでしたね」と同調した。



ソフィアさんが静かに続ける。「グレタさんは昔から芸術的センスが皆無だと、マロイ様に聞いたのを失念していましたわ。」



その言葉に、私は一瞬息を止めた。ルナさんが慌てて庇うように声を上げた。



「グレタ様が仕上げた庭は個性的で、常人には理解できないだけです!」



だが、パドリック卿はさらに声を張り上げた。



「それが問題だと言っている! あの庭をどう修正する気だ、グレタ!」



私!? 私がミスしたのですか!? ルナさんではなく?



気が遠くなるような感覚に襲われます。頭の中で声が響き合い、記憶の靄が渦を巻く。



あれ、なぜ私はルナさんに責任を押し付けようとしているの? 剪定作業をしたのは私です。



ですが、ルナさんも手伝いましたわ!



元はといえば、彼女が私の作業を邪魔したから――いや、違う。ルナさんではなく、これは私の責任です。



そもそも、さっきから私に語り掛けるこの声は誰ですか?と心の中で問うと、まるで魔紋の光が揺れるように、声が答えた。「私ですの? 決まっているじゃない。」その瞬間、頭の中で何かが弾けた。



「私は―――」



記憶の断片が、星華の魔花のように輝きを放ち、私の存在を照らし出す。私は皆の視線が集まる中、胸を張り、声を上げた。



「―――私は、ヴァイラルド家に仕える誇り高き使用人の長、侍女長グレタ・モルガナですわ!!」



そう声を上げた同時に、周りをみて私は驚きます。



「あれ? 何故私がここに、確か廊下を歩いていた筈では?」



部屋が静まり返り、魔燭の光が一瞬強く揺れた。ルナさんが目を見開き、ティアさんとソフィアさんが息を呑む。リリアさんさえも、怯えていた表情を忘れたように私を見つめた。



パドリック卿が一瞬言葉を失い、眉を寄せて私を見据えた。



周りを見渡すと、会議室にいるようだが、なぜ皆が固まっているのかしら? 魔紋のボードが目の前にあり、羽ペンが私の手にありますわ。



ルナが突然、目を輝かせて口を開いた。



「グレタ様、かっこいいです!!」



私は一瞬目を瞬かせた。



「な、なにを言ってるのですか?」



この小娘、私にあれほどの無礼を働きながら、今更媚を売ろうというのですか?



心の中で冷ややかな笑みが広がる。パドリック卿が顔を強張らせ、声を荒げた。



「グレタ、聞いているのか?」



その怒気に、私は一瞬たじろいだ。



「な、なんのことでしょう? パドリック卿?」



私の声に、わずかな動揺が混じる。パドリック卿はさらに声を張り上げた。



「ヴァイラルド家の庭の話だ! 明日には修正できるのだろうな!?」



ルナが即座に「グレタ様なら、余裕です!」と弾けるような声で応じました。



私はその言葉に鼻を鳴らし、胸を張りました。



「庭の剪定ですか? お、お任せください! 私がやり切ってみせますわ!!!」



自信満々にそう宣言した瞬間、部屋に微妙な空気が流れました。使用人たちが私を見て、呆れた顔でぶつぶつと耳打ちし始めたのです。



ティアさんが小声で「どこからあの自信がくるのでしょうか……」と呟き、ソフィアさんが「グレタさんはセンスがない自覚がありませんのよ」と囁く。



何やら言っているが、聞き取れません。どのみち、ルナが庭の剪定を失敗したのでしょう。困った彼女が私に媚を売って取り入ろうとしているわけですね。



ふん、丁度いいですわ! この小娘、うまく扱って私の従順な駒にしてやりますわ。



記憶の靄が心を覆う中、私はルナをちらりと見やった。彼女の純粋な笑顔が、なぜか私の胸に小さな棘を刺します。



私は胸を張り、魔燭の光が揺れる会議室で全員を見渡しました。



「パドリック卿、庭の不備は私の監督不行き届きです。明日、必ず完璧に仕上げてみせますわ! ヴァイラルド家の侍女長として、マロイさんの名がかつて放った輝きを、この私が超えてみせますわ!」



私の声が部屋を満たすように響き渡った。ルナさんが一瞬目を丸くし、ティアさんとソフィアさんが驚いたように息を呑む。



「グレタ、君のその意気込み、嫌いではない。だが、結果を見せてくれ」と言い残し、部屋を後にしました。



ルナさんが私の袖を握り、「グレタ様、すごいです……!」と呟くが、私は彼女を冷ややかに見やった。



ふん、媚を売っても無駄ですわ。マロイの孫だろうと、この屋敷の主導権は私が握る!



私はヴァイラルド家の侍女長、グレタ・モルガナ。この屋敷の秩序は、私が築くのですわ!



庭の輝葉も星華の魔花も、私の手で完璧に整え、マロイの名を越える輝きをヴァイラルド家に刻んで威厳を取り戻してやりますわ!





何故ですって―――――私、諦めが悪いので!

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