天翔ける願いの翼
家の近くでまき割をしている青年がいる。彼の名前はリッカート。
街のギルドに所属する冒険者である。
「リッカート兄さん、ただいま帰りました!」
そこへどこからか帰ってきた妹のファンが声をかけた。
彼女は街の教会でプリーストをしている。このところいつも朝方、陽が明けきらないうちに少しの間だけファンはどこかへ出かけていく。
「お前はいつもどこへ出かけているんだ?」
「うふふ、秘密だよ?私だって内緒にしたいことぐらいあるよ」
そう微笑みを返すと家の中に入ってしまうファン。いぶかしげな表情の兄リッカート。
料理が得意な彼女は朝食を2人分用意する。この家には兄と妹の2人で暮らしている。彼らには深い理由があり両親はいない。
テーブルに並べられた朝食。作業を終えて椅子に座る2人。
「ファン、俺は今日から2~3日家を空ける。ギルドの連中とともにモンスターの巣を殲滅にいくことになった。うまくいけば、その報奨金でしばらくは問題なく暮らせるぞ」
冒険者の兄は危険な冒険でいつ命を落としてしまうかわからない職業。
そのことがとても不安なファン。血のつながった大切な兄である。
「2~3日も?・・・、そう、くれぐれも気を付けてね。リッカート兄さん」
「心配などいらない。ここいらのモンスターなどに後れを取るはずもない。」
リッカートはいつも強気である。妹に弱い部分など見せたこともない。
いや、見せまいとしているのだろうか?剣の腕前もかなりのもので、モンスターとの戦いでも先陣を切って戦っていると聞く。
ファンには両親の記憶はほとんどない。まだ幼かったころに戦で死に別れている。いつも強くあろうとする兄。軍人だった2人の父上もこの様に強かったのであろうと思われる。その素質をリッカートは受け継いでいるのであろう。
数日後、冒険から帰ってきたリッカート。身にまとった防具は傷だらけであり、モンスターとの激しい戦いを思わせる。幸いにしてどこにも負傷はしていないようだ。
「ファン、俺たちのギルドの勝利だ!ゴブリンどもを何十匹も退治してやったぞ。こちらの被害もほとんどなかった。今回の報奨金もたくさん出た」
冒険の成果を自慢げに話すリッカート。しかしファンは兄が無事に帰ってきたことはすごくうれしいが、浮かない顔をしてあまり喜ばない。
「どうしたのだ?なぜそんな顔をするんだ?」
「ああ、ごめんなさい。ただモンスターといえど、命のあるもの。そんなに喜んでいいものなのかな?」
「そんなことか・・・」
リッカートは首を横に振った。
「モンスターに慈悲など必要ない。あいつらは放っておけば増えていって次々と近隣の街を襲うだろう。そうなれば人間に被害が及ぶ」
「ええ、そうね兄さん・・・。」
「いいか!ファン。お前はいつもそういう甘いことを言っているが、そんな世迷言この世界では通用しない。今日も俺たち冒険者は生きるために稼ぐためにモンスターや家畜を殺している。そしてそれを喰らう。それはすべて自分たちが生きていくために必要なことなのだ。この世に神などいないのだ。信じられるのは力のみだ!俺たちは正しいことをしているのだ」
「それはそうだけれど・・・、」
「そんな顔をするな!下を向かずに前を向くのだ!俺たちには強き父上の血が流れている。けっして誰にも負けはしない!」
ファンに対していつも強く言い過ぎてしまうところもあるリッカート。
妹を想ってのことであるが、自分が妹を守らねばいけないという考えも強くあってのことである。
2人の生い立ちを知っているのは街の教会の神父を含めてごくわずかである。その昔、軍人だった父親ガーフが主君に対して謀反を起こしたのは今より10数年前。国を二分するような激しい戦いとなり、その戦いによりたくさんの人たちが犠牲となった。謀反は失敗に終わり、ガーフの一族は裏切り者の汚名をこうむることとなるが、まだ幼かった2人は命だけは取られず見逃された。そして祖国より遠く離れた街に逃げ延びてきて、今2人は力を合わせて暮らしている。
数日後のこと。
部屋で謀反の戦いの犠牲者に祈りをささげているファンがいる。彼女は毎日決まった時間に祈りをささげる。その様子を見てリッカートはため息をついた。そして
ダンッ!!っと手に持っていたグラスをテーブルの上に強く叩きつけるリッカート。
「もうやめろ!毎日毎日、陰気臭い。そんな祈りなど必要ない」
「リッカート兄さん、そんな言い方はやめて!私たちには祈りをささげる義務があるの。これくらいのことはしてもいいじゃない」
「俺たちは謀反人の血を引いている。俺たちを恨む人たちは大勢いるだろう!
しかし隠しておかなければ俺たちに命はなかった。俺たちには逃げる場所なんかないんだ。信じられるのは力のみなんだ」
「でも、私たちの父ガーフが起こした戦いのせいでたくさんの人たちが犠牲となったのは事実よ。私たちはどうすればよかったの?どうすれば赦されるの?」
「まだそんなことを言っているのか。わが父は正しいことをしたのだ!
謀反は主君に対する裏切り行為と言われているが、軍人であればこの下克上の世界で当たり前のことをしたのだ。強きものが上に立つべきなのだ。」
「私はそうは思わない。戦えば必ず傷付く人が出るし、悲しむ人がいる。力だけが正義なんて間違ってるよ?」
その時、不意に部屋に置いてある鏡に映る自分の顔をみたリッカート。
愕然とする。
鏡に映ったその表情は暗く苦しそうで、醜くゆがんでいた。
ああ、俺はなんてひどい顔をしているんだ・・・。
「リッカート兄さんの笑った顔なんて、今までに一度たりとも見たことがない」
そう言うとファンは自分の部屋に入ってしまった。
「またやってしまったか・・・」、と力なく椅子に座り込むリッカート。なぜこうなってしまうのか?ファンにはつらい思いをさせたくはないはずなのに。
父上、俺はどうしたらいいのですか?どうしたら妹を守ってやれるのですか?あなたがしたことは間違いだったのでしょうか?教えてください。
俺もファンもあなたのことを愛しています。毎日あなたのことを思い出さない日なんてない。我らの一族を恨むものも多くいるでしょうが、私たちは家族です。どんなことがあろうともあなたのことを忘れることなどできません。
喧嘩があったその夜のこと。
これはおそらく夢であろうか?きっと夢である。
リッカートはファンとともに昔自分たちが住んでいた城を歩いている。
まだ2人は幼いが身なりはとても豪華である。ファンはリッカートの周りを駆け回っている。
つまずくファン。泣きべそをかく。
妹の手を取り、王のいる部屋まで歩いてきた2人。大広間へと出る。父に会いに行くのであろうか?
そこへ、上空から暖かな光が差し込み2人の周りに沢山の天使が下りてきた。夢の中でたくさんの天使が現れる。そして幼いリッカートとファンを取り囲む。周りを囲むどの天使も白い綺麗な羽衣を着て、背中には2枚の翼。
天使は2人に微笑みかける。花束を持つ天使もいる。
「うわあ!天使だ!!とってもきれいだねリッカート兄さん!」
ファンの笑顔は輝いている。とても不思議な気持ちになるリッカート。
そして、神々しい光に包まれて玉座に現れた人物がいる。勇壮な佇まいである。
あれは在りし日の父上?それとも神様なのか?
わからない。
とてもあたたかな光に包まれる空間。ずっとこの光に包まれていたいと感じる。リッカートが玉座にいる人物に手を差し伸べたところで、
目が覚めた。
自分のベッドで上半身を起こすリッカート。
不思議な夢を見た。心が暖かな気持ちになる夢だった。まだ頭がぼーっとしている。
そこへ部屋の扉が開く。
「あら?リッカート兄さんおはよう!今日は早いのね」
ファンは昨日の喧嘩のことなどなかったかのように振る舞い、部屋のカーテンを開けていく。部屋全体に朝日が差し込んでくる。朝日のまぶしさに目を細めるリッカート。
「ねえ、リッカート兄さん。今から少し丘の上まで散歩しない?朝の空気を吸うのは気持ちがいいよ?」
2人は着替えを済ませると丘の上まで少し歩いた。丘の上には古い建物があった。今はもう朽ち果てている。
「こんなところへきてどうするのだ?」
周りを見渡すが古く朽ちた建物と丘があるだけである。
「いいから、ほら早くこっちへ来て?」とリッカートの手を取るファン。
リッカートの手を取りファンは建物の奥の扉を開けた。
扉を開けたらそこには、色とりどりの花が一面に咲いていた!
赤、黄、青、白、橙色、たくさんの花がとてもきれいに咲いていた。
「うふふ、きれいでしょ?これを見せたかったんだ!」
「朝方にいつも出掛けていたのは、花を植えていたのか?」
リッカートには秘密にして何か月もかけて丘の上に花を植えていたファン。
今日はこの景色を見せたくて兄を連れてきたのだ。
あの夢は、天はこれを見せたかったのか?
丘の上の2人を爽やかな風が包み込む。ファンは後ろから兄の両肩に手を載せて体を預ける。
しばらく2人はそうやって花が咲き乱れる風景を見ながら風に吹かれていた。
「ファン!俺はお前に救われたんだ。お前がいてくれて本当によかった。お前がいなければ自責の念で心が壊れていたかもしれない」
素直に感謝を述べるリッカート。
「俺たちはもう赦されてもいいのではないか?」
リッカートも謀反の犠牲者に対する罪の気持ちを強く持っていたのだろう。兄と妹は犠牲者のためにここに石碑を立てることにした。そして毎日祈りをささげることを誓った。
今回はかなりシリアスな作品となりました。
妹ファンの清楚で明るいところに救われているリッカート。その妹を大切に守ろうとする兄。
とても良い兄妹の姿を描くことができました。
リッカートとファンにリアクションや高評価、感想にて応援を宜しくお願いします!