第15話:盾に込められた願い
ゴードンの慟哭を聞いてしまった夜から、私の心は決まっていた。
無力なまま、ただ同情するだけでは終われない。彼のために、私にできることを探したい。カインが示してくれた、蜘蛛の糸のような僅かな可能性に、私は賭けてみることにした。
翌日からの素材採取で、私は以前とは違う意識で依頼に臨んでいた。薬草や鉱石を、ただの「換金アイテム」としてではなく、それらが持つ「何か」を探るように、一つ一つ丁寧に手に取った。
カインも私の意図を察しているのか、何も言わず、ただ黙って私が見つけた素材を鑑定しては集めていく。ゴードンとリーシャは、そんな私たちの様子を不思議そうに眺めていた。
数日後、私たちは洞窟の奥で、鈍い輝きを放つ鉱石の層を発見した。
「これは……『鉄壁鉱』か。珍しいな」
カインが、その鉱石を壁から削り出しながら言った。非常に硬く、加工は難しいが、最高級の盾の素材になるという。
私は、カインからその鉱石のかけらを受け取った。ひんやりとして、ずしりと重い。私は目を閉じ、意識を鉱石へと集中させた。
――あなたの記憶を、私に見せて。
すると、私の脳裏に、イメージが流れ込んできた。
何百年、何千年も、この暗い洞窟の中で、じっと、ただじっと耐え忍ぶ感覚。上から崩れ落ちてくる岩盤を、途方もない時間をかけて受け止め続ける、不動の意志。
それは、「破壊」や「攻撃」の記憶ではない。
ただひたすらに、「守りたい」という、純粋で、頑固なまでの強い意志の記憶だった。
(……これだ)
私は、この鉱石を使おうと決めた。
その夜、宿屋の一室に籠もり、私は初めて本格的に【アイテム創造】の能力を使うことにした。
テーブルの上に、昼間採取した鉄壁鉱を置く。傍らには、簡単な加工をするための小さな金槌やタガネを並べた。前世の知識では、こんなものでこの硬い鉱石を加工できるはずがない。でも、重要なのは物理的な加工ではないはずだ。
私は鉱石に両手をかざし、再び意識を深く潜らせていく。
まず、鉱石が持つ「守りたい」という記憶と同調する。
次に、そこに、私自身の願いを乗せていく。
(ゴードンさん……あなたの苦しみは、私には計り知れない。でも、あなたの判断は、きっと、いつも仲間を守るためのものだったはず)
(だから、どうか思い出して。あなたの斧は、仲間を傷つけるためじゃなく、守るためにあることを)
(この盾が、あなたの本当の力を思い出すための、お守りになりますように)
私の「仲間を護りたい」という強い願いが、鉱石の「守りの意志」と混じり合い、共鳴していく。
すると、私の手のひらから淡い光が溢れ出し、鉄壁鉱を包み込んだ。鉱石は熱を帯び、まるで柔らかい粘土のように、ゆっくりと形を変え始めた。
私は光に導かれるまま、金槌を手に取り、夢中で鉱石を打ち、形を整えていく。
どれほどの時間が経っただろうか。
気づいた時には、目の前に一つの武具が完成していた。
それは、大柄なゴードンが使うにはあまりにも小さい、前腕に固定するタイプの盾――バックラーだった。形はいびつで、表面には槌の跡が無数に残っている。お世辞にも、見栄えが良いとは言えない。
だが、その小さな盾からは、不思議な温もりと、何者にも砕けぬような、絶対的な守護の意志が確かに感じられた。
翌日の朝、私は朝食の席で、ゴードンの前にそのバックラーを差し出した。
「……これを」
ゴードンは、きょとんとした顔で、私といびつな盾を交互に見る。
「なんだこりゃ? ルシ、お前が作ったのか?」
「……はい」
「こんなちっちぇえ盾、何に使うんだよ。まあ、頑丈そうではあるが……」
ぶっきらぼうにそう言いながらも、彼はどこか面白そうにそれを受け取った。
私は、意を決して彼の目を見て言った。
「それは、あなたの判断が間違っていなかった時のための、お守りです」
「……あ?」
「あなたの判断は、きっと、仲間を守るためのものだったはずです。だから、もしまた迷うことがあったら、この盾を見てください。これは、ただの盾ではありません。私が、あなたの判断を信じているという、証です」
私の真っ直ぐな言葉に、ゴードンは虚を突かれたように目を見開いた。
彼は何も言わず、バックラーをただじっと見つめている。その無骨な指先が、盾の表面をそっとなぞった。
「……へっ、気味の悪ィこと言いやがって」
ゴードンは悪態をつくと、ぷいっと私から顔を背けた。
しかし、そのバックラーを乱暴に自分の荷物の中へしまう彼の耳が、ほんの少しだけ赤く染まっているのを、私は見逃さなかった。
彼はその盾から伝わる、不器用で、けれど温かい想いに、戸惑いながらも、確かに心を動かされているようだった。