第13話:カインの提案と、魂の欠片
夜の静寂が、息苦しいほどに部屋を支配していた。
私の肩を掴むカインの指先からは、彼が押し殺しているであろう激情が、じりじりと伝わってくる。
「……どうして、言わなかった」
絞り出すような彼の声は、怒りと、そしてそれ以上に深い後悔に染まっていた。
「ゴブリンの時だけじゃなかった。お前は、このパーティーに加わってからずっと、俺たちの心の澱まで吸い上げて、一人で耐えていたっていうのか」
私は何も答えられない。ただ、カタカタと震えるばかりだ。彼の言う通りだった。全て、図星だった。
「このままではお前が壊れる」
カインは、はっきりとそう断じた。彼の黒い瞳には、今や明確な危機感が宿っている。
「明日から、パーティーの活動は一時休止する。お前は一人で休んでろ」
その言葉に、私はハッとして顔を上げた。
休止? 一人で?
それは、彼なりの気遣いなのだろう。だが、今の私の耳には、事実上の「戦力外通告」として響いた。
(やっぱり……私は、お荷物なんだ)
仲間として受け入れてもらえたと思ったのは、ただの勘違いだった。この役立たずで、気味の悪い力を持つ女は、結局、一人でいるのがお似合いなのだ。
「……嫌です」
震える声で、私は彼の提案を拒絶した。
「ここで逃げたら……私は、また独りに戻るだけです。それだけは……嫌……」
またあの、孤独で、息を潜めて生きるだけの日々に戻るくらいなら、悪夢にうなされる方がずっとマシだった。ようやく見つけた、ほんの僅かな光。それを、自ら手放すことなどできなかった。
私の必死の訴えに、カインはぐっと言葉を詰まらせた。彼の表情が、苦悩に歪む。
しばらくの沈黙の後、彼は私の肩から手を離すと、まるで自分に言い聞かせるかのように、ぽつりと呟いた。
「……方法が、ないわけじゃない」
「え?」
「いや……」
彼は何かを言いかけて、やめた。そして、部屋の中を数歩、逡巡するように歩き回ると、やがて意を決したように私に向き直った。
「分かった。パーティー活動の休止はしない。だが、しばらく方針を変える」
「方針を……?」
「ああ」
カインは、私の目をまっすぐに見据えて言った。
「しばらくの間、戦闘依頼は受けない。素材採取の依頼に切り替えよう」
彼の提案は、あまりにも予想外だった。
冒険者が戦闘依頼を受けないなど、稼ぎの面を考えればあり得ない。私を気遣ってくれているのは分かるが、それでは彼らの生活が成り立たないだろう。
「でも、それでは報酬が……」
「金なら、なんとかなる」
カインは、私の反論をあっさりと退けた。その瞳の奥には、何か確信めいた光が宿っている。
「目的は二つだ。一つは、お前の精神的な負担を極限まで減らすこと。もう一つは――」
彼はそこで言葉を切り、自分の背負った古びた剣の柄に、そっと指を触れさせた。
「お前のもう一つの能力、【アイテム創造】に活路を見出すことだ」
「アイテム……創造……?」
ギルドに登録する際、私が申告した、もう一つのスキル。前世の知識を元に、様々な道具を作り出せるというものだ。しかし、この世界に来てからまともに使ったことはなく、今の私にとっては、呪われた支援能力の陰に隠れた、取るに足らない能力のはずだった。
そんな私の疑問を見透かしたかのように、カインは続けた。
「俺は昔、騎士団の古い文献で、ある伝説について読んだことがある」
彼の声が、夜の静けさの中に響く。
「それは、『魂を宿す武具』の伝説だ。素材そのものに宿る想いや記憶、作り手の強い願いが込められた武具は、ただの道具以上の力を持つことがある、と……。持ち主の心を支え、トラウマすら乗り越えるきっかけになる、と書かれていた」
伝説。おとぎ話のようなその響きに、私は戸惑いを隠せない。
「そんなもの、本当に……」
「さあな。だが、可能性はある」
カインは、再び私を見た。その目は、闇夜に輝く星のように、静かながらも強い光を放っていた。
「お前がゴードンとリーシャの過去を見たのなら、俺の考えは間違っていないはずだ。お前の力は、他者の魂に深く干渉できる。ならば、素材に宿る魂の欠片――その記憶や想いを形にすることも、できるんじゃないか?」
それは、荒唐無稽な賭けだった。
だが、その提案には、私の呪われた力を否定するのではなく、新たな可能性として捉えようとする、彼の強い意志が感じられた。
私の力を、誰かを傷つける呪いとしてではなく、誰かを救う奇跡として。
「どうだ? やってみる価値は、あると思うが」
彼の問いに、私はまだ、何も答えることができなかった。
しかし、真っ暗闇だと思っていた私の足元に、彼が、一筋の細い蜘蛛の糸を垂らしてくれたような気がした。
その糸を掴むかどうかは、私次第。
長い夜は、まだ明けそうになかった。