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第1話:呪われた力の烙印

降り注ぐシャンデリアの光が、着飾った人々の宝石や金の髪飾りできらきらと乱反射している。アールクヴィスト王立アカデミーの卒業パーティーは、未来ある若者たちの希望と、それを見守る大人たちの期待に満ちて、幸福な喧騒に包まれていた。

「ルシアーナ様、ご卒業おめでとうございます」

「ヴァインベルク公爵家のご令嬢にふさわしい、素晴らしい成績でしたわね」

ヴァインベルク公爵家が誇る完璧な令嬢。それが、私、ルシアーナ・フォン・ヴァインベルクに与えられた評価だった。差し出されるグラスを優雅に受け取り、社交辞令の笑みで応じる。

(ああ、またこの感じか……)

内心の疲労とは裏腹に、私の口角は完璧な角度を保っていた。

前世、私は日本のしがない社畜OL、『橘みこと』だった。他人のために尽くし、手柄は横取りされ、責任だけを押し付けられた末に、心を病んで呆気なく過労死した。その記憶が、この華やかな世界の裏側にある人間の醜さを、私に冷ややかに囁きかける。

けれど、今世こそは失敗しまいと、私は必死に努力してきた。ヴァインベルク公爵令嬢として、そして未来の王妃として。民に寄り添い、国を支える。そのために、この身に宿った支援魔法【サンクチュアリ・フィールド】の能力を磨き続けてきた。私の努力は、誰かのためのものだと、そう信じてきた。

この10数年間の努力が実を結び、私の婚約者である第二王子アルフレッド様と共に、この国をより良い場所へと導く。そう、固く信じていたのだ。

あの瞬間までは。

「ルシアーナ・フォン・ヴァインベルク! 君との婚約を、今この時をもって破棄する!」

音楽が、止まった。

全ての視線が、ホールの中央に立つアルフレッド様と、その隣でか細く震える一人の少女、そして呆然と立ち尽くす私に突き刺さる。

アルフレッド様の金色の髪が、怒りで逆立っているように見えた。その碧眼が、かつて私に注がれた慈愛の色ではなく、燃えるような憎悪で私を射抜いていた。

「な……にを、仰って……」

「とぼけるな! 君は、その恵まれた立場を笠に着て、平民出身であるこの聖女ミリアを虐げ続けてきた! その罪、断じて許すことはできない!」

アルフレッド様の腕の中で庇われているのは、聖女ミリア。平民ながら強い光の魔法の才を見出され、特例でアカデミーに編入してきた少女だ。栗色の髪に大きな瞳。小動物のような愛らしさで、庇護欲をそそるタイプだ。

私が、彼女を虐げた?

身に覚えのない罪状に、頭が真っ白になる。私がしたのは、貴族社会の作法に不慣れな彼女に、何度か助言を与えただけ。それも、彼女が後ろ指をさされないようにという、親切心のつもりだった。

「ミリアがどれだけ傷ついてきたか、君にわかるか!? 君はその陰湿なやり方で、彼女の心を追い詰めてきたんだ!」

「ち、違います、アルフレッド様! ルシアーナ様は、そんな方では……!」

ミリアが涙目で首を振るが、それが逆に王子の怒りの火に油を注いだ。

「ミリア、君は優しすぎるのだ! これ以上、この悪女の嘘に惑わされることはない!」

周囲の貴族たちが、ひそひそと囁きあう声が聞こえる。

「まあ、ヴァインベルク公爵令嬢は、いつも完璧すぎて近寄りがたかったものね……」

「平民出の聖女様に、嫉妬なさっていたのかしら……」

味方は、一人もいなかった。昨日まで私を褒めそやしていた人々が、手のひらを返したように、私を罪人として眺めている。

(……ああ、またか)

前世の記憶が、鮮明に蘇る。

プロジェクトの成功は全て上司の手柄にされ、失敗すれば「橘さんの報告が遅いからだ」と責められた。私が良かれと思って手伝った後輩のミスは、全て私のせいにされた。

誠実さは、報われない。善意は、踏み躙られる。

何度繰り返せば、私はこの真理を骨の髄まで理解できるのだろう。

「それに……」

アルフレッド様は、忌まわしいものを見るような目で、私を値踏みするように見下した。

「君を『無能』だと断罪する理由は、もう一つある」

無能。

その言葉は、私の胸に深く突き刺さった。私は誰よりも努力してきた。支援魔法の訓練も、帝王学も、歴史も、全てを完璧にこなしてきたはずだ。

だが、王子は嘲るように鼻を鳴らした。

「君のその支援能力【サンクチュアリ・フィールド】。一見、味方を強化する素晴らしい力に見える。だが、その本質は違う! お前の力は、ただ周囲の人間の気力や活力を奪い取り、自らの魔力に変換しているだけの、忌むべき『呪われた力』なのだ!」

――違う。

私の力は、そんなものではない。仲間を守り、癒し、勇気づけるための聖なる力のはずだ。

「現に、君が訓練に参加した騎士団の部隊は、いつも訓練後に原因不明の倦怠感を訴えている! ミリアの放つ純粋な光の魔力こそが、真の聖なる力! お前のような、他者から奪うだけの偽りの聖女は、この国には不要だ!」

周囲が、今度こそ明確な非難の声を上げた。

「なんと、おぞましい……」

「騎士たちの不調は、そういうことだったのか」

「呪われた令嬢……」

目の前が、ぐらり、と揺れた。

婚約破棄も、濡れ衣も、まだ耐えられた。だが、私がこの人生で唯一誇りに思い、拠り所としてきたこの力そのものを、「呪い」だと断罪されたこと。

それは、私の魂を根こそぎ否定する、あまりにも残酷な一撃だった。

心が、音を立てて砕けていく。

前世で、死ぬほど働いてボロボロになった私に、上司が最後に放った言葉が重なる。

『君がいると、職場の雰囲気が悪くなるんだよね』

私の努力も、誠意も、存在そのものが、悪だというのか。

唇が、かすかに震える。もはや、弁解の言葉も出てこない。

そうだ、きっと、そうなのだろう。私の存在する場所は、いつもこうやって淀んでいく。私の善意は、いつも悪意に変換される。

ならば、もういい。疲れた。

解放感など、微塵もなかった。

ただ、10数年間、国の為、民の為と信じて必死に積み上げてきた努力と善意の全てが、ガラガラと崩れ落ちていく。その虚しさが、私の心を黒く塗りつぶしていく。

アルフレッド様は、そんな私の心の内など知る由もなく、冷酷に最後の通告を突きつけた。

「よって、ルシアーナ・フォン・ヴァインベルク! 貴様を、ヴァインベルク公爵家より追放し、全ての爵位と財産を剥奪の上、王国外へ追放することを、アールクヴィスト王国第二王子アルフレッドの名において、ここに宣言する!」

断罪は、終わった。

私は、誰に支えられることもなく、ただ一人、よろめく足でその場に立ち尽くしていた。

警備の兵士が、無言で出口を指し示す。

もう、このきらびやかな場所に、私の居場所はない。

背後で、アルフレッド様がミリアの手を取り、彼女こそが新たな時代の象徴だと高らかに宣言する声が聞こえる。喝采が、万雷のように鳴り響く。

その祝福の音を背中に受けながら、私は、夢遊病者のように、一歩、また一歩と、ホールを後にした。

私を追う者は、誰もいない。

王城の重い扉が、私の後ろで無慈悲に閉ざされる。

その扉の向こうに、私の人生の全てを置いてきた。

夜の冷たい風が、薄いドレス一枚の私の身体を容赦なく叩く。

これからどこへ行けばいいのか。

どうやって生きていけばいいのか。

何もわからないまま、私はただ、暗い夜の道へと、その虚ろな足を踏み出した。



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