第二話:「学び舎の神と、死の入試試験」
「ねえ、遼。今日の神様はちょっと気難しいよ。覚悟、できてる?」
鈴が不意に真顔で言った。
列車に揺られてたどり着いたのは、山のふもとにぽつんと建つ古い学校だった。
赤茶けたレンガ、割れたガラス、風に軋む校舎。
閉校から数十年は経っているらしい。
「ここにはね、学問の神がいるの。名前は.......失くしちゃったけど」
「どうして失くしたんだよ」
「だって、試験に間違えたら死んじゃうから、誰も名乗れなかったんだって」
冗談みたいに笑う鈴に連れられて、僕は旧校舎の中へ足を踏み入れる。
黒板にはチョークで書かれた文字。
《第一問 数学:整数a,bに対して…》
「始まったわね」と鈴が言ったそのとき、黒板の文字が光を放ち、空間が歪む。
空中に浮かぶ影。無数の参考書が渦を巻き、姿を成す。
それが、この廃校に宿る「学問の神」だった。
「ようこそ、若き知者たちよ。我は知を司る者なり」
「ルールは簡単。出題される入試問題に答えよ。ただし」
神の声が低く響く。
「間違えれば、命を失う」
最初の数問は簡単だった。
高校入試レベルの数学、英語、古文。
「ふふ、まだ生きてる。楽しいでしょ?」と鈴が笑う。
けれど問題の難度は徐々に上がっていき、空気が張り詰めていく。
第七問目、いよいよ大学入試クラスの国語。
第八問目、歴史の記述問題。
第九問目、理系科目の総合問題。
そして
《最終問題:次の論述に誤りを指摘せよ》
与えられたのは哲学的命題を含む現代文だった。
だがそこには、解釈不能な文法の矛盾が含まれていた。
僕は答えを出す。
けれど、神の判定は「誤答」だった。
空間が揺れる。
意識が落ちていく。
目覚めたのは、薄暗い保健室のベッドの上。
「……遼、大丈夫?」
鈴の顔が、いつもより少しだけ不安そうだった。
「神様、ちょっとズルしたみたい。最終問題に誤植があったの。
だから、あなたはセーフ。首の皮一枚で、生き延びたんだよ」
神は姿を消し、校舎の中はただの廃墟に戻っていた。
黒板には、消えかけたチョークの文字だけが残る。
《試験、終了。君たちの知は確かだった。次の旅路に、知の加護を》
神々の存在は、人間が過去に置き忘れてきた“想い”の集合体だ。
この学び舎に宿っていた神も、かつては誰かの努力や希望に支えられていたのだろう。
そして僕たちは、また次の場所へと歩き出す。
神々の悩みを解くために。
人生の終わりを、もう一度始めるために。