4. 国王は頭を抱える
レストニアの国王、クリストフは偉大な王である。
大国であったレストニアの栄光は、すでに過去のものとなり、戦に負けては領地を奪われ、今は、大国の目こぼしをもらっているだけの、半属国の国家となっていた。
クリストフは、そんなレストニアを大国と渡り合えるまでに成長させた実業家である。
貴族からも税金を徴収。
血統主義であった国家を、男女問わずの実力主義に変え、優秀な人材を国内で確保。
それに伴う、平民の叙爵制度の制定。
レストニアにとっては、革新的とも言えるそれらの改革が実を結び、レストニアの過去の栄光を取り戻そうとしつつあった。
そんななかの、精霊との契約の儀式についての報告を受けたクリストフは、頭を抱えていた。
「これは、真実なのか?」
クリストフは、側に控えている側近であるレナードにたずねる。
「はい。儀式の場に居合わせたすべての文官の報告書をまとめたものです」
レナードの肯定の言葉を聞き、クリストフは再びため息をつく。
どうせなら、嘘でも冗談だと言ってくれたほうが、心は軽くなっただろうに。
「よかったではありませんか。ラフィーニア王女にも、ようやく契約精霊ができたのですし、ルクレツィオ王子もちゃんと契約がーー」
「そんな簡単な話ではない!」
クリストフは、レナードの言葉を切るように机に拳を叩きつける。
レナードは、特に怯えるような様子も見せずに、きょとんとしている。
国王がなぜこのような行動に出るかわからないとアピールしているようだった。
クリストフは、拳に込めていた力を抜き、ぽつりと話す。
「……ラフィーニアに、契約精霊ができたことは素晴らしいことだろう。だが、よりにもよって人型だ。歴史では、人型と契約した者はーー」
「それは、欲望にまみれた者に警戒心も持たずに近づいたからでしょう。ラフィーニアさまは王女という立ち位置ですし、陛下がしっかりと防壁を築けば問題ないのではありませんか?」
「それが簡単にできれば苦労はしない」
ラフィーニアは、四大公爵家であるロルカーヌ公爵家の血筋であるがために、ただでさえ、国内外問わず、多くの縁談が持ち込まれている。
それに加えて、人型の精霊の契約者ともなれば、大国からの縁談も来るだろう。
王女の縁談を簡単に決めることはできないため、了承の返事は返していないが、大国となると、断りにくい。
いくらこの国が精霊術によって発展してきたからといって、他国に精霊との契約者がいないわけではない。
それに、単純な魔法の発展は他国のほうが何倍も優れている。
初代国王は、精霊王と契約したために独立できたようなもので、今の時代に武力行使に出られれば蹂躙されてもおかしくはないだろう。
まだ他国は、過去の栄光に当てられて、今のこの国の実力を完全に把握していないため、戦争には発展していないが、そうなってもおかしくはない。
そうなれば、ラフィーニアは、最前線に立たされることになる。
国王としては、跡継ぎでもない王女を利用するのを躊躇うことなどあってはならないが、父親としては、戦場に向かわせたくなどなかった。
「ラフィーニアの契約精霊については、どれくらい広まっている」
「ラフィーニアさまが精霊を運んでいるのを目撃した者もおりますし、城内で知らぬ者はいないと考えてよいと思います」
「ならば、他国には隠し通せんな……。ラフィーニアは、近いうちにこちらに呼び、今回の件について申し開きをしてもらうとしよう。可能ならば、契約精霊も」
「かしこまりました。そのように伝えます」
レナードはクリストフに頭を下げて、静かに部屋を出ていった。
◇◇◇
その数日後、ラフィーニアを執務室へと呼び出した。
「陛下、呼び出しに従い参上しました」
ラフィーニアはスカートの裾をちょこんとつまみ、臣下の礼をとる。
「ここは公の場ではない。陛下などと、他人行儀に接しなくてもよい」
「……はい、父上」
優秀な国王と血筋だけは立派な落ちこぼれの王女という立場だからか、親子だというのに、どこかぎこちない。
相手は娘だというのに、どう話を切り出せばいいのかわからなかった。
「あ、あの……用件は、何でしょうか?」
この空気感に耐えきれなかったのか、ラフィーニアのほうから話を切り出した。
早く答えなければ。娘の勇気を、無下にするわけにはいかない。
「人型の精霊と契約したと聞いてな。紹介してくれないか」
「は、はい……。わかりました」
このタイミングで呼ばれる理由など、精霊に関することしかないということは、きっとラフィーニアもわかっていただろうに、返事はどこかぎこちない。
そして、クリストフから視線をわずかに横にそらしている。
なかなか召喚しようとしない娘の様子に、クリストフは訝しんだ。
「……呼べないのか?」
「い、いえ……そんなことはないのですが……」
国王の言葉は否定したが、やはりはっきりとは言わない。
「では、なんだ?」
「……少々、性格が……」
ボソボソと話すラフィーニアの言葉を聞き、クリストフは報告書を思い出した。
契約の儀式の場で、精霊が眠りこけてしまい、ラフィーニアが抱えて運んだと。
確かに、あの場で人目も気にせずに眠ってしまうところは、常人とは言えないだろう。
だが、それがなんだと言う。精霊が自分勝手なのは、今に始まったことではない。
自分の精霊も、自分の命令には従ってくれるが、命令下にない場合は自由に城を歩き回るくらいなのだから。
それに、人型は本当に高貴な精霊だ。自分が頭を垂れこそすれ、精霊が敬意を払う必要はない。
「私は気にしない。呼んでくれ」
「……かしこまりました」
渋々そうではあるが、ラフィーニアは召喚してくれるようで、契約の魔法陣に魔力を通し、魔法陣が浮かび上がると、精霊の名を口にした。
「レイノリア」
その瞬間、魔法陣はまばゆい閃光を放ち、部屋を覆いつくす。
クリストフは、反射的に目を覆って光を防ぐ。
これほどの光は、今まで感じたことがない。人型の精霊だからなのだろうかと、光が収まるのを待つ。
だんだんと光が収まるのを感じ、少しずつ眼を開けると、光の中に人影が浮かび始める。
クリストフは、久しぶりに現れた人型の精霊ということと、愛しい娘がようやく契約できた精霊というのが重なり、子どものようにワクワクした心持ちでいた。
光が完全に消え、その姿が露になったとき、クリストフは、こめかみを抑えた。
ラフィーニアはというと、手を口で覆い、絶句している。
そこには、光の加減では透けて見えてもおかしくないーーというか、ほぼ透けているシュミーズを着て、よだれを垂らし、気持ち良さそうに眠っている少女の姿があった。
とても、跪く価値があるようには見えないだらしなさである。
「レイノリアさま!なんという格好をしているのですか!早く起きて着替えてください!」
我に帰ったラフィーニアが、レイノリアの体を揺らしている。
信じたくはないが、この少女が娘と契約した精霊のようだ。
「う~ん……あと五年……」
「五分と同じように言わないでください!長すぎますよ!」
ラフィーニアが、先ほどよりも激しく体を揺らすと、ようやく精霊は目を覚ましたようで、目蓋を擦りながら目を開ける。
「ふわぁ……ラフィーニア?ほうしたの?」
まだ寝足りないのか、何度もあくびを繰り返しているせいで、言葉の呂律も回っていないようだった。
頭をガクガクと揺らして、今にも寝落ちしそうだ。
「どうしたのではありません!陛下の御前ですよ!寝てないで起きてください!」
「う~ん……?へいかぁ~?」
瞬きしながら、精霊は自分のほうを見据える。
大きくあくびし、ふぅとため息をついたかと思うと、体を起こし、右手を胸に当て、左手でシュミーズの裾を握り跪いた。
「大地の恵みをもたらす光の粒子ーー」
精霊が言葉を発すると、その体は神々しい輝きを放ち出す。
それに呆気に取られるのを知ってか知らずか、精霊は言葉を続ける。
「あまねく生命を育む太陽の祝福、レイノリアと申します。国王陛下に、光の加護がありますように」
その瞬間、執務室は光に覆われる。だが、先ほどよりも長くは続かずに、すぐに止んだ。
だが、時間を気にしている場合ではない。今、何が起こったというのか。精霊は、何をしたというのか。
「レイノリアさま!今のは一体……」
自分の言葉を代弁するかのように、ラフィーニアが尋ねる。
精霊は、なんてことないように言った。
「なにって……ただの挨拶」
「挨拶!?」
声にこそ出さなかったが、クリストフも同じように驚いた。
人間と精霊で挨拶の仕方が違うのはおかしいことではない。だが、他の王子や王女の挨拶を受けたときには、このような現象は起こらなかった。彼女が人型の精霊だからなのだろうか。
「国王陛下にはこうしろってユディナが言ってたんだ~……」
ふわぁと大きくあくびをしながら精霊は言う。そのユディナというのが誰かはわからないが、この精霊が従うくらいには力のある存在のようだ。
「では、先ほどの光は……?」
「私の言葉に光精が応えたのかもね。基本気分屋だけど、精霊の言葉には従うし」
「……『こうせい』とはなんですか?」
ラフィーニアの質問に、精霊はきょとんとしている。知らないのかとでも言いたげな顔だったが、精霊は説明を始めた。
いわく、『こうせい』というのは精霊の赤ん坊のようなもので、基本的に精霊にしか見えない存在らしい。
そして、精霊やその契約者に惹かれるらしく、強い精霊である自分の周りによく集まってくるのだとか。
「光の加護がありますようにって私が言ったから、頑張っちゃったのかも」
「頑張っちゃったのかもではありません!人がいれば騒ぎになっています!もうその挨拶はやめてくださいよ?」
「ふぁ~い……」
大きなあくびをしながら返事をする。聞いているのか聞いていないのかまるでわからず、ラフィーニアも「絶対ですよ!?」と念を押している。
「……陛下の懸念は杞憂に終わりそうですね」
「別の懸念が生まれたがな」
クリストフは、深くため息をついた。




