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落ちこぼれ王女とマイペース精霊姫  作者: 星野光
第一章 二人の出会い
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2. 王女は契約する

 レストニア王国の、離宮の一角。

 そこに居住を構えているのは、わたくしーーラフィーニア・ルニス・レストニアです。


 レストニア王国の第三王女であり、お母さまは四大公爵家の一つであるロルカーヌ公爵家のご出身と、由緒正しいお姫さまという立ち位置ではありますが、わたくしの扱いは、決して良いと言えるものではありません。


 それは、わたくしが、落ちこぼれであるが所以なのでしょう。


 レストニア王国は、精霊術により建国された国です。

 わたくしが習った歴史によると、かつては大したことのない小国で、大国の属国として奴隷のような日々を送ってきたが、初代国王が精霊王との契約を結び、独立したのが始まりだそうです。


 レストニア王国は、武力こそないものの資源は豊富にあったために、それを利用していた他国は、独立されてしまえば簡単には資源が手に入らなくなるのですから、当然ながら反発します。


 ですが、精霊の力は相当に強力なものだったのでしょう。他国には、武力行使で黙らせたそうです。


 そんな歴史があるからでしょう。レストニア王国では、精霊術が重視されます。

 王族や貴族の跡継ぎも、最も優れた精霊術を扱える子どもが跡継ぎとなるほどです。


 そしてわたくしは、いまだに精霊と契約ができていない落ちこぼれなのです。

 わたくしのお兄さまやお姉さまは、それはもう素晴らしい実力を持った精霊と契約し、精霊術の訓練を行っているというのに、わたくしは部屋で本を読む日々。


 家族は気にしなくていいと言ってくれますが、貴族たちからいろいろと言われているのを知っているわたくしは、その言葉が余計に刃となって突き刺さるのです。

 わたくしについての噂は、耳にしない日はありませんもの。


 そんなわたくしの人生に転機が訪れたのは、本当に唐突なことでした。


 わたくしは、弟の精霊契約の儀式に立ち会うために、本宮にいたのです。

 精霊術が重視されているこの国では、定期的に精霊契約の儀式がございます。


 精霊との結びつきが強まると言われている五歳に行い、契約できればそれまで。できなければ、五年後の学園入学時まで待たねばなりません。


 五年という時間は、あまりに膨大です。五歳で契約した者と、十歳で契約した者では、天と地の差があるといっても決して過言ではございません。


 そんなわたくしはすでに十一歳。五歳のときと十歳のときの二回とも、契約できていないのです。

 落ちこぼれと言われても、諦められてもおかしくはないのですが、家族は諦めてはいないらしく、機会があれば、精霊契約の儀式に立ち会わせてくださるのです。


 立会人が契約したという前例はないのですが、前例がなくとも可能性がないわけではないから、とのことです。


 わたくしが、儀式の間に着いてから数分後、弟のルクレツィオが入ってきて、儀式が始まりました。


 契約の儀式とはいっても、そんな大層なものではありません。

 魔法陣を使い、精霊と城との間に道を作り、こちら側に来てもらうようにひたすら祈るだけなのです。


 本人は一生懸命ですし、精霊に神秘的な考えを抱いている者は目を輝かせていますが、ほとんどの者は退屈そうにしています。


 ルクレツィオが祈りを開始して十分が経過しますが、まだ精霊は現れません。


 ルクレツィオは、より一層、真剣な表情で祈っています。

 わたくしのような前例がある以上、なんとしてでも契約したいのでしょう。


 自分のような思いをする者は、一人で充分だと、わたくしもルクレツィオが精霊と契約できるように祈りました。


 その瞬間、魔法陣が強く輝きました。


 その光の輝きは、一本の柱のようになって、天井に向かっています。


 わたくしは、なにがなんだかわかりませんでしたが、周りの大人たちは興奮しています。


「精霊さまが参られるぞ!」

「神々しい輝きだ。きっとかなりの強さを誇るであろう!」

 

 大人たちの言葉を聞き、わたくしはやっと、これが精霊が来る合図なのだとわかりました。


 その光の柱は、パアッと強い輝きを放ちます。

 その眩しさに、わたくしは目をつぶりました。輝きが収まったのを見計らい、おそるおそる目を開けると、魔法陣の上に、少女が立っていました。


 見た目は、わたくしとあまり変わらないように見受けられます。


 髪は、絹のように美しい白い髪で、瞳は輝かしい金色の瞳をしており、精霊というよりかは、神の使いのように見えました。


 わたくしがその美しさに見惚れていると、周りの大人たちが、またもや騒ぎだします。


「人型だ!」

「人型の精霊など、数十年ぶりではないか!?」


 大人たちの声を聞いて、わたくしは、初めて『人型の精霊』だと認識しました。


 本で読んだ内容には、人型の精霊は数が少なく、その強さも計り知れないものがあるとありました。

ですが、人型の精霊との契約例はあまりに少なく、正式な記録はほとんど残っていないので、伝説に近い扱いをされておりました。


 わたくしには、あまり理解できなかったのですが、こうしてお姿を拝見すると、何の根拠もないというのに、その記述は、真実なのだと思ってしまいます。


 ルクレツィオはとんでもない存在を呼び出したと、強く実感しました。


 もし、体が動いていたならば、その場にいる誰もが、ルクレツィオに呼び出された精霊に敬意を払ったことでしょう。


 ですが、存在に圧倒されて、思うように動かせないのです。

 間近にいるルクレツィオは、どうすればよいのかわからずに動揺しているように思えます。


 当の精霊はというと、周囲の様子を気になさる素振りもなく、ふわぁとあくびをして、辺りをキョロキョロとしています。


 それは、何かを探しておられるようでした。


 きっと、契約する人間を探しておられるのでしょう。その者は、足元にいるというのに。


 少し微笑ましい思いを抱いてしまい、思わずクスッと笑うと、その精霊と目が合いました。


 その瞬間、精霊が一直線にこちらに近づいてきます。ルクレツィオのことなど、見向きもなさりません。


(ど、どういうことですか!?)


 精霊の行動の意が汲み取れず、動揺しているうちに、精霊はわたくしの前に立ちました。


 精霊は、わたくしの手を取ると、自らの頬に当てるように誘導なされます。


「あったかいねぇ~。あなたがご主人さまなのかなぁ?」


そのようにおっしゃられると、花が綻ぶような笑みをわたくしに向けられました。


 その瞬間、わたくしを含め、儀式の場に立ち会った全員が凍りつきます。


 当然でしょう。ルクレツィオを無視して、わたくしに近づくだけでも衝撃を受けるというのに、わたくしのことを主と言っているのですから。


「わ、わたくしが……ですか?」

「さぁ?でも、あなたからはいい匂いがするの。側にいると、ぽかぽかするんだ~」


 いい匂いと言われて、思わず匂いを嗅いでしまったわたくしは、悪くないはずです。

 わたくしの様子を見てか、精霊はクスクスと笑っています。


「多分、人間にはわからないと思うよ?」

「そ、そうなのですか……」


 わたくしは、少し恥ずかしくなってしまい、顔を赤らめます。

 それも面白いのか、精霊はクスクス笑ったままです。


 話題を変えたかったわたくしは、少し早口に言いました。


「ル、ルクレツィオが、あなたを呼び出したのですよ?わたくしが契約者なのは間違いないのですか?」


 精霊は、きょとんとしてわたくしが指差したルクレツィオのほうを見ます。

 ですが、すぐにわたくしのほうに向き直りました。


「あまり惹かれないんだよねぇ~。あの子と契約するのは、別の精霊じゃないかな」

「惹かれないって……」


 まるで、わたくしのほうが魅力があるような言い方です。

 精霊は、単純に好みで主を選んでいるということなのでしょうか。聞いたこともありませんが。


「ですが、あなた以外に精霊が現れていないのですよ」


 本音を言えば、精霊と契約できるのであれば、したい気持ちは大きいです。

 ですが、それでは、ルクレツィオが精霊と契約できなくなるだけでなく、姉に精霊を奪われたという汚点ができてしまいます。

 わたくしも、弟の精霊を奪ったと、余計に後ろ指を指されるでしょう。


 それだけは、絶対に嫌なのです。


「多分、私が通ろうとしたから、遠慮したんじゃない?もうすぐ来ると思うけど……呼んでみようか?」


 精霊のその言葉に、また周囲がざわつきます。


「呼ぶって、何を言っているんだ?」

「精霊が精霊を呼ぶなど聞いたことがないが……」


 そんな声があちらこちらから聞こえていますが、そんなことを気にするような素振りもなく、精霊は魔法陣まで歩いていきました。

 そして、魔法陣の側に座り込み、魔法陣に手をつきます。


「……!………」


 精霊は、何かの言葉を発していますが、わたくしの知る言語ではなく、よく聞き取れません。

 ですが、精霊が話し終わると、再び魔法陣が光りました。先ほどと同じ現象です。


 わたくしは、だらしなくも、口を開けたまま呆然としてしまいました。

 当の本人は、光を確認すると、わたくしのほうに駆けてきます。


「ほら、これであの子は大丈夫だからさ、私と契約してくれる?」


 わたくしの機嫌をうかがうように、精霊が聞いてきます。


 わたくしが、ルクレツィオのほうに目を向けると、ルクレツィオは鳥の姿をした精霊らしき存在と向き合っていました。

 ルクレツィオが精霊と契約できているのであれば、わたくしが断る理由はありませんでした。


「はい」


 わたくしは、そう返事をしました。

 精霊は、とても嬉しそうに笑って、わたくしに手をかざしました。


「じゃあ、私の名前を呼んで。私が許したから、あなたには名前が浮かぶはず」


 そう言われたとき、わたくしの知らない名前が不意に頭に浮かんできます。


「……レイノリア」


 わたくしがそう呟くと、わたくしの右手に紋様が浮かびます。

 姉に見せてもらったことがあり、それがなんなのかわかりました。


「契約の……魔法陣」


 ずっと、ずっと憧れていたものが手に入り、なんともいえない気持ちになります。


 この気持ちを、どう言葉にすればいいのかわかりません。


 わたくしと、契約を結んでくださった精霊ーーいえ、レイノリアさまには感謝せねばと、わたくしが魔法陣から顔をあげ、レイノリアさまがいたところを見るとーー


「……もう食べられにゃいよぉ……」


 レイノリアさまは、いつの間にか、ごろんと寝転がり、気持ちよさそうに眠っておられました。

 わたくしは、契約の魔法陣にしか目に入っておらず、まったく気づきませんでした。


「ずいぶんと、マイペースなお方ですわね……」


 わたくしの感謝の気持ちは薄れ、これからのことに、不安を抱かずにはいられませんでした。

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