4 一致団結
「作っている途中で手を止めて聞いてくれるなんて。よほど慕われてたんだね、おっさんのじいちゃん」
「まあな。あとここだけは訂正しておく、血の繋がったジジイって意味じゃなく年寄りって意味のジジイだからな。俺も旅してここにたどり着いたクチだ、俺の装飾品見るなり下手糞だって言って喧嘩になって、腹立ったから弟子入りしてやった」
「いや、なんで」
もはやツッコミどころしかない。なぜ腹が立った相手に弟子入りをするのか。
「他の連中には黙っとけって蹴飛ばされたから言ってねえが、一緒に探すっていうことでお前には伝えておく。ジジイは心臓が悪い。医者には行ってないから薬も飲んでねえ。たぶんもう長くねえ、自分の技術を俺に受け継いで欲しいんだろうよ。俺としても自分の腕が上がるんだったら何も文句がねえからな」
「ぎっくり腰はもちろん、心臓が悪いかなら絶対遠出は無理じゃん!」
「そうだ。どう考えても自分の意思でどっかに行ったとは考えられねえ。だが無理矢理連れていかれた形跡がないし、そもそも誘拐だったら助けを求めるはずだ」
例えば親しい人間が連れ出したとしても食事の途中で席を立つだろうか。家族がいるならなおのこと少し出かけてくると声をかけるなり書き置きを残す。
「一瞬で眠らされたとか、焦って外に出ざるを得なかったか。とりあえず手がかりを探しに正門まで行ってくる。まずこの町、いやこの国から外に出てるのか出てないのかがわかれば探す範囲が決まる」
「わかるかな」
「さっきのやっつけ仕事してる馬鹿に聞くだけ無駄だ。あいつの上司とは顔見知りだから事情話してみる。職人の町はそこそこ治安が良いから、顔見知りになるためにもお前はここで弟を探しとけ。そのツラ見せれば探しやすいだろ」
そう言うとルオは急いで正門に走り出した。周囲を見渡せば先程よりも騒がしくなってくる。どうやらルオの師のことが伝わり動揺が走っているらしい。
「あの、すみません! 双子の弟を探してるんです、俺の顔に似た奴来ませんでしたか!?」
ひとまずサカネは手当たり次第に情報を求め続けた。しかし全員首を振る。すると先ほどルオと会話をしていた男が気がついてサカネに駆け寄ってきた。
「この辺を取りまとめてる人を紹介してやるから、その人に挨拶に行きな。何か情報が入ればあの人に行くはずだ。あの人はじいさんに世話になってるから必ず動いてくれる、お前の弟のことも耳に入れてくれるだろ」
「あ、ありがとうございます!」
嬉しくなってぱっと笑うと、彼はバツが悪そうにガリガリと頭をかく。
「……あー、別に返事はしなくていいんだが。お嬢ちゃん、でいいんだよな?」
「う……」
「わかった。後で俺のカミさんを紹介してやる。何か困ったことがあったら相談してくれ」
どうやら女性としての気遣いをしてくれたらしい。案内されて取りまとめ役の男のもとに向かった。
「とりあえず話はわかった。信頼できる部下にいろいろ頼んでおく」
正門の管理をしているボルケイ、通称ボッカに話をしたルオは会釈するように頭を下げた。
「すまない、よろしく頼む」
「しおらしいルオは気色悪いが、それだけ大事だって捉えておこう」
「調べるのは基本的にはこっちでやる。そっちも仕事があるからな。多少の荒事は俺のせいにしていいから、好きにやらせてくれ。今度一番高い酒おごる」
その言葉にボッカはケラケラと楽しそうに笑った。
「なんやかんや、あのじいさんのこと大切にしてるよなあ、お前」
「俺が作るものに全部ケチつけやがって。褒められたことが一度もねえわ」
「お前は褒めて伸びるタイプじゃないっていうのがわかってるんだろうよ。……お前はなんとなく感づいてると思うが、何か大きなことが起きてる感じだ。治安に関わるようなことだったら俺に連絡くれ」
「ああ、必ず」
改めてお礼を言ってルオは再びサカネを置いてきた工房のある場所へと戻る。ボッカの話では門から出た形跡は無いそうだ。この国は東西南北に門があり、ボッカは国外の者が唯一通れる正門の取り締まり担当だ。他の門も厳しく管理しているので、誘拐犯がいるとすればまず使わない。すり抜けるのが無理だからだ。つまりどこかにはまだいるのだ、この国に。
もうすぐくたばりそうなのに医者なんかにかかってどうすんだ、医者や薬に金を使うんだったら上手い飯に金を使うわ。そんなことを言って全く医者に行っていなかった。しかし彼の言わんとする事はなんとなくわかる。心臓の病ならこの辺の小汚い下町ではなく、首都にあるような大掛かりな医療場所でなければ治療は無理だ。それにもう、薬でどうにかなる体ではないように思える。やせ細り食事が好きな割に食欲はない。
発作が起きればしばらく動けなくなり、ひどい時は呼吸困難になる。一歩間違えれば命がないかもしれない、そう思うとらしくもなく焦ってしまう。最近特に具合が悪そうだったのだ、ぎっくり腰になったのも発作が起きてしばらくの間うずくまって起き上がろうとした時だった。