2 棺桶職人
サカネの目から見ても糸の織り込み方が精巧な作りで、自分の住んでいた辺りではまずお目にかかれない。サカネは装飾品を隅々まで見渡したり太陽に透かしてみたりする。編み込みの腕が悪いと透けてくる光の形が歪だが、この装飾品はきれいにひし形の光が等間隔に並んでいる。かなり精密に作られているのがわかる。
しかも光に当たると黒だと思っていた部分は実はとても濃い青だとわかった。光の当たり方によって少しだけ色が変わって見える。口が上手い商人がそういう風にうまく説明すれば旅人などは土産に買ってくれそうだ。
「すごいね、俺がいた村でも女たちはそういうの作ってたけどこんなにうまいの作れる人いなかったよ」
「ここにはいろんな職人が集まるからな。上手いものは真似してどんどん自分の技術を上げていく。誰かと誰かのいいとこ取りをして作る奴もいるからな。真似すんじゃねえって喧嘩になるのなんてしょっちゅうだ、だからここは男は勿論女、子供でも喧嘩がかなり強い。お前も言葉に気を付けろよ、イラついたらみんな殴りかかってくると思え」
「こわ。それにしてもいいとこ取りか。確かにそうだね、目の前に良いものがあったら切磋琢磨するのが普通だ」
自分の村はよくも悪くも張り合う相手がいなかったので延々と同じものを作り続けてきた。それを美徳と考えていたし、それ自体は悪いことではない。だから父は自分の技術を真似されて怒っていたし、それを超える弟子たちが現れても受け入れられず結局自ら命を断ってしまった。最後の一年あたりは何も作らずひたすら毎日酒を飲んで愚痴ばかり言っていた。腹が立つとサカネ達を殴る蹴るするのも増えてきた。
だから父の事は嫌いだ、物心ついた時からあまり会話したこともない。彼は子供に全くの無関心だったのだ。結局家計を支えようと母が無理をして体を壊して死んでしまった。その時も自分が作ったもので豪華に飾り葬式をしたが、母の死を悲しんでいる様子は微塵もなかった。自分の作り出したものが満足のいく出来だと悦に浸っているのが見えてしまったので悔しくて泣いたのを覚えている。
「だから俺は、親父が他の人に真似されたときに技術を競いあって新しいものを取り入れるのも必要なんじゃないかと思った。親父は弟子に競わせることしないで自分の技術を教え込むだけだったから。たぶん弟子の人たちはそれが退屈だったんじゃないかな。俺がその考え言うとサージとよく喧嘩した」
「喧嘩はいいことだぜ、口に出して自分の考えてること言わねえと文字通り話にならないからな」
ルオが世話になっているという老人のところに向かっている途中、サカネは今までの話をした。ルオは馬鹿にすることなく真摯に耳を傾けてくれている。たまにツッコミは入れていたが、父親の考えもまた善し悪しではなく一人の職人の考え方だと言った。心の底から父親を憎んでいたというわけでもないので、職人としての考えではその言葉は嬉しかった。
「そういや聞いてなかったな。お前の弟が作ったものに絵を描くのがお前の仕事なんだろう。お前らは一体何を作ってるんだよ」
「棺桶」
「……予想外だった。てっきり家具か置物かと思ったんだが」
「ウチの村は土葬なんだけど、でかい町だと棺桶を使うからそっちに売ってるんだよ。それで親父が棺桶に飾りをつけたり削っていろいろな模様を入れたんだ。そしたらちょっとデカイ町で金持ちが買うようになった」
そこまで話すと二人とも少しの間沈黙する。そして二人同時に自分の考えを言った。
「意味わからん」
見事に二人の声が重なり思わずお互いの顔を見る。
「死んだ本人じゃなく何で棺桶を飾る必要があるんだ」
「俺に聞かれたって知らないよ、金持ちの考えることなんて。馬鹿らしいとまでは言わないけど、何が楽しいのかなあって思いながら棺桶飾ってきた。……間違ってるかな? こういう考え方」
職人は自分の作り出すものに絶対的な自信と誇りを持って売り出す。作っているものに愛情を注ぐのは当たり前のことだ。サカネはあくまで彩る、飾る作業を真剣にやっているが棺桶だと思うとあまり共感はできなかった。
「一人の考えに間違ってる、正しい、そんなの判断しようとするだけアホらしいだろ。俺だって別に自分がつけたいと思って作ってるわけじゃねえ。これを女がつけたらきれいになるかな、くらいの考えだ。だいたいどんな女が付けるのかもわからねえのに好きも嫌いもあるか」
「そっか」