18 本当の神の子孫は
「さて、貴重な資料の数々が眠るここから出るのは名残り惜しいですけど。上では大騒ぎでしょうから戻りましょう。余計なことに首を突っ込む必要はありません」
エルの言葉に全員が頷いた。長居は無用だ、教会の人間の中にこの地下を知る者がいてもおかしくない。捕まったら誰にも知られずに殺されるにはもってこいの場所である。
「アタシ、先に行って様子みてくる!」
体を動かしたいらしいサカネが自分たちが入ってきた方の出入り口に向かって走って行った。ラクシャーナが先に教会に行ってしまっているのでこちらも急がなければいけない。その様子を見てサージは棺桶を持ち上げる。あれだけ戦ったのにそれほど壊れていない。木目や曲線、強度を計算しつくした設計なのだ。サカネの絵の具が乾いていたらもっと強度が上がっていた。もう少し改良が必要かな、と思いつつ気になることを言ってみる。
「僕はこの加工母ちゃんの作った物を参考にしたんです。母ちゃんが耳飾りを変わった形に削り出して作っていたから、僕が棺桶に取り入れたんですけど」
「もしかしたらそっちが本来の使い方なのかもな」
「おそらく。棺もこうやって見ると確かに、本来は盾だったんですね。それを棺っていう形に変えて伝えてきた。火事場の馬鹿力とはいえ人が入った棺桶振り回したりする力も普通じゃないですし。僕らは体が大人っぽくなるのが他の奴らより早かった。昔は戦う一族だったのかも……」
真剣な顔だがルオはぐしゃぐしゃとサージの頭をかき混ぜるように撫でる。
「で? 神の子孫かもしれないって思ったお前は、今後は自ら神の子を名乗って『盾』を作るのか?」
その言葉にサージは笑みを浮かべて首を振る。
「いいえ。僕は今後も棺桶職人です。悪霊から死者を『守る』ための造りにして。安心して棺の中で眠ってもらえる、そんなものを作っていきます」
「そうしろ。丁度暇人がそこにいるから教えてもらえ」
クイっと顎で示したのはルオの師匠だ。エルの背中でフン、とそっぽを向いた。すぐに「いででで!」と前かがみになってしまうが。
「師匠さんに?」
「あのジジイは装飾品だけじゃねえ、いろんなもん作ってきたからな。家から家具、壺、絵。思いつく工芸品はだいたいできる。枯草の原っぱに連れてきゃその辺の草編み込んで籠作るくらいだ」
「そんな凄い人なんですか!?」
「無駄に長生きする奴は大勢いるが、ジジイは密度の高い長生きしてっからな」
「やかましい。ヒマでやる事なかったんだからしゃあねえだろうがよ」
この国は何度も戦争をしてきた。負けそうになったことも多い、町が戦火にまきこまれたことなど何度もある。何度も何度も焼野原からやり直すしかない状態の繰り返し。それでも生きる為に必要なものは自分達で作り出すしかない、待っていても国は何もしてくれない事を知っているから。そうやって乗り越えてきた、戦争孤児や怪我をして戦えなくなった戦士に自分の技術を教えていたらいつの間にか職人の町ができていた。
「お願いします! 僕を弟子にしてください! ええっと、じいさん?」
「そんなお上品に呼ぶんじゃねえ、ジジイでいい」
「そういうわけにも。そういえばお名前は?」
その問いに師は「けっ」と悪態づく。不思議に思っているとエルが笑いながら教えてくれた。
「ルオさんです」
「え?」
「師弟で同じ名前なんですよ。発音は微妙に違いますけどね。『おっさん』の方のルオは正確には『ゥルオ』です」
「は、発音難しくないですか?」
真似しようとしたが無理だった。巻き舌の中間くらいの舌の形を作ってウとルを同時に言わなければいけない。国外独特の子音なのだろう。
移動を始めた四人だったが、サージは通路などに描かれている絵を改めて見る。おかしな思い込みなどで貶されてしまったが壁画としては完成度が高いものだ。劣化していない部分は色もきちんと残っている。国、民族、違う思想をもった者達のはずなのに信じている神と教えはとてもよく似ている。
「もしかしたら、神の子孫とされる本来の王族は争い事を避けるために一つの国にとどまらず世界中に旅立ったのでは。その子孫たちは装飾品や武器などに神の意思を伝え続けている。違う民族のはずの遊牧民や少数部族が似たような言い伝えや神の信仰を持っているのは、遡れば一つのものだからと考えれば自然です。直系の子孫たちは本当に左腕や左足、左頬に生まれつき太陽の印の痣があるのかもしれません」
「ずいぶんと大掛かりな話だが、だからなんだって話だろ。人間は等しく皆人間でいいじゃねえか」
「まあ、たしかに」
サージとしては壮大な話に少し胸が躍ったのだが、ルオはまるで興味なさそうだ。放浪の民は考え方が幅広くこだわりが少ないのだな、と思っているとエルがふふっと笑いながら「そういえば」と言った。
「ルオ、あなた一年中長袖着てますけどどうして半袖着ないのですか」
その言葉にサージはポカンとしたが、目を見開いた。長袖、腕を隠している? まさか……。サージのその顔にルオはチっと舌打ちをする。
「うるせえな、寒がりなんだよ。それ以上言うと嫌いになるぞ」
嫌いになるという子供のような内容にエルはあははと声を出して笑う。
「それは困りますね。あなたは数少ない私の理解者ですから。わからない事は突き詰めてしまう性分なもので。すみません、もう聞きません」
広場の奥の方から何やら複数人の話し声と駆け足のような音が聞こえてきた。おそらくラクシャーナの件で教会が動いたのだろう、全員急いで別の出入り口目指して走った。