17 決着
「双刀!?」
子供の一人が叫んだことでようやく理解できた。あのナイフ、一本にしか見えなかったが二本の小型剣だったのだ。一つのナイフとして使っても二つに離ればなれにならないように複雑な形で組み込まれていた。ナイフの背の部分は見たこともないような形で分かれている。凹凸のようでノコギリのような刃物のようで、はめ込めばお互いがお互いを絶対離さないそんな複雑な組み合わせ方。
この男――
『何度でも言ってやる』
両利き!
『お前は』
まずい、両手利きの戦い方は知らないどこから攻撃が来るかわからない。左右か上下か、一撃ずつくるのか、間に合わない、いや、まだ勝てる、俺は強い、俺は強い、俺は――
『弱ぇ!!』
二つの剣が首を挟むように繰り出された。腕を交差した状態から思いっきり攻撃を仕掛けられたので避けようがない。首が、切り落とされる。
「いやああああああああああ!?」
ムハンダゥバの悲痛な叫びとともに、全ては一瞬で決着がついた。ムハンダゥバは膝から崩れ落ちて倒れる。
「お、お、おっさん……」
涙目になるサカネ。殺すしかなかったのだろうが、殺してほしくなかった。そんな思いでサージにしがみついていると、ぺん、と頭を叩かれた。
「よく見ろ、首を切り落とされてない」
「へ?」
見れば確かに、血の海にもなっていない。死角になっていて見えづらかったので恐る恐る近づいてみれば、ムハンダゥバの首はしっかりとついていた。白目をむいて気絶している。
さっき確かに腕を交差させた状態から勢い良く剣を振った。物を切る時の鋏そのものだった。あの状況で切れていないなどありえないのではないか。混乱してルオを見れば、やれやれといった様子で剣をくるくると回している。
「剣は背合わせでくっついてたんだ。峰の部分ができるだろうが」
言われてみれば確かに、ムハンダゥバの首にはおかしな形の痣がついていた。渾身の力で左右から峰打ちをされた状態だ。
「首には神経が通ってる、強い衝撃で気絶しただけだ。最後の最後でなっさけねえ悲鳴あげやがるから、俺の気が抜けたっていうのもあるし」
「そっか。そっか、よかった!」
ムハンダゥバは気絶したふりをしているわけではなさそうだ。口から唾液と頬からの血が垂れ流されている。喉に詰まって窒息しないように一応気道確保しておいた。
「決着は一応ついたけど。この後どうするの?」
「町の連中はともかく、細かく知っちまった俺らが派手に騒ぐのはなしだ。王家と教会の動きに注意して、聞かれた事だけ答えりゃいい。後は国がなんとかするだろ、何せ権力がありすぎる二人だ。イイ感じの台本を考えるさ」
それでなくても王子とラクシャーナはかなり危険な状態まで薬が投与されている。まともな生活に戻るためには入院するしかない。
「口封じで抹殺されるほどのことでもありません。密売をしていた首謀者として二人とも処分されることになるでしょう。民の怒りの矛先というのは定期的に必要ですからね、謀反を起こさない為に」
エルの説明にサカネは複雑そうな表情をしたが、サージが「ここが一番良い落としどころしゃないかな」と言った。
「あの男はどうなっちゃうのかな?」
「自分の家族を殺したことには違いないがこの国で裁きをするかっつったら微妙だな。ま、後は国の仕事だ。国外追放されて終わりな気はするが」
正確な情報を知ったのは自分たちだけ。王族にとってそれほど重要なことではない。王家の人間が神の子供の血を引いていようがいまいが、これからも彼らがこの国を統治するのだから。
ようやく全て終わった。その事実に気が抜けたのかサカネはしゃがみこんだ。
「なんかいろいろすごかった。サージが無事で良かったし、他の職人さんも死んじゃった人がいなくてよかった。じいちゃんも生きてた」
思ったこと全て口にする。田舎に住んでいるので権力争いや自分の正義のために戦うなどごちゃごちゃしたものとは無縁に生きてきた。この数日間だけでも頭の中に情報がたくさん詰め込まれてこれ以上何も入らない。ルオが剣を一つに戻す。何か縦横に小刻みに動かしながらはめると一つのナイフに戻った、継ぎ目さえ見えない。
「あの、その剣……」
サージが神妙な面持ちなのでハハっと軽く笑い飛ばした。
「俺の先祖から伝わるもんだ。お前の棺の仕掛けと似てる、って言いたいんだろ?」
「はい。あの蝶番のような造りも、小窓も……そういえば、よくわかりましたね、あそこに小窓があるって」
ムハンダゥバの顔面を殴りつけた時にあけた四角い穴。切込みなど見えないように加工していたというのに。
「俺が外で出会った別の一族の風習だ。サカネには前に少し話したな、遊牧民が持つタペストリーの絵柄とお前の絵が似てるって。そっちじゃなく別の一族の話になる。村があってな、埋葬する風習だった。棺に死者を入れたら完全に蓋と本体を固定する、二度と開かない。だが顔を見て最後の別れをするために顔の部分が開くようになってるそうだ」
「それじゃあ、母ちゃんはそこの人?」
サカネも二人の会話にくいつく。
「顔つきも肌や髪の色もだいぶ違うからその一族、ってわけじゃないだろうが。遊牧民やその一族の混血の末裔ってところかな、居場所がなくてフラフラしてたんだろ。で、お前らが産まれた。理由はどうあれ、お前らと暮らすところがお前の母ちゃんの居場所だったんだ」
その言葉に二人の目にはじわりと涙が溜まる。ずっと孤独に旅をしていた母。男に無理やり好きにされたが子供を授かった。憎い男の子供を憎まず愛したのは、母が愛情に飢えていたから? いや、違う。単に、母は「母」だったのだ。どこまでも、何があっても。自分が死ぬような思いをしてやっと産んだ我が子を愛さないわけがない。愛を注げば、愛を返してくれる子供たちを愛おしく思わないわけがない。