16 駆け引きの行方
師が言った過去への八つ当たり。本当にその通りだ。家族、命、犠牲、そういったものに今でも弱い。幼なじみの妻ともうじき生まれてくる子供。毎日のように祝福してくれていた家族や一族達。いつもみんなが笑っていた。だが目の前に掴みかけていた幸せが何もかもなくなってしまったから。
ムハンダゥバが切り掛かる。それを右に避けようとしたがあえて後ろに飛んだ。相手はルオの避け方をもうほぼ完璧に把握している、今避けようと思っていたところに剣が振り下ろされていた。
後ろに飛んだルオを追いかけるようにムハンダゥバは一気に距離を詰めてきた。剣戟が始まり圧倒的にムハンダゥバがルオを押している。
「まずいんじゃないのこれ」
心配そうに見守るサカネにサージは肩に手を置いた。
「おっさんの顔、よく見てみろよ」
「え?」
言われて見てみれば、焦った様子も先程の別人のような雰囲気でもない。冷静に相手の動きを見て戦っている。勝機を探っている、諦めていない。
後ろに下がり続けたルオはとうとう壁際に追い詰められた。ムハンダゥバは雄叫びをあげて剣で切りかかる。ルオはそれをかわし、再び距離を詰めてムハンダゥバの目の前まで来た。ナイフの長さは首にギリギリ届く。しかしムハンダゥバは大声で笑いながら叫んだ。
『俺が左腕では戦えないと思っただろう!』
左手で持っていた剣の持ち方を変えて横薙ぎにしてきた。通常ではありえない位の切り替えの早さだ。
『馬鹿め、俺は左利きだ!』
ずっと右手で戦って右利きだと思わせる。それこそムハンダゥバが一族の中で強かった理由だ。最後の最後で必殺の時は左手を使ってきた。自分が左利きだということを知っているのは家族だけだった。その兄を殺し、祭りの日に行われる男同士の決闘で常に勝ちつづけ、一番強くなったのだ。
今ルオはムハンダゥバの首を切るために勢いがついてしまっている。ムハンダゥバの一撃を交わすのは不可能だ。
『とったあああ!』
嬉しすぎて裏返った声でそう叫んだ。しかし――。
『気づいてた』
『!?』
ルオの冷静な言葉で我が目を疑った。ナイフで己の首を切りにかかっていたはずなのに、目の前にはあの「盾」が迫っていた。
床に落ちていた棺桶を思い切り蹴り上げてムハンダゥバの攻撃を下からすくいあげるように棺桶で思いっきりブチ当てる。すると左腕が上に向かって弾かれてしまったので体勢が崩れた。
棺桶は片方が蝶番のような仕掛けがついたままなので片開きの状態だ。その形を利用して棺を開くとそのままムハンダゥバに正面から叩きつけた。しかしムハンダゥバも膝でそれを防いだ。棺桶を挟んで二人の力押し状態となる。ムハンダゥバは右腕が使えない、ルオは片手に武器を持っているが棺桶を使っている状態では相手に届かない。先に攻撃を仕掛けた方の勝ちだ。
今は片足で盾を押している状態だが蹴り飛ばすことができれば。
『俺の勝ちだあ、愚か者が!』
押していた足で蹴り飛ばし、その勢いのまま斬りかかろうとした。
『勝利の雄叫びってのは』
「盾」の向こうから声がする。木を挟んでいるのにやけにはっきり聞こえた。
『勝ってからするもんだ!』
突然太陽の印の部分に四角い穴ができた。いや、そこだけ開く仕組みになっていたのだ。穴の向こうにはあの男の顔が見える。そしてそこから繰り出されたのはナイフ、ではない。拳だった。
ルオの正拳がムハンダゥバの顔面を殴りつける。そして棺桶をどかすと体に回転を加えてその勢いのまま、腹に回し蹴りを入れた。一回転するとさらに勢いに乗ってナイフを振りかざす。
「ひぎいいあああ!!」
怒りなのか嘆きなのかよくわからない感情が爆発した。もうなんでもいい、神の前とか関係ない。目の前のこいつを殺さないと気が済まない!
ルオはナイフを両手で持った。そんなおもちゃで一体何ができるのか。小さな武器など威力が足りない、みすぼらしいにも程がある。渾身の力を込めて剣をナイフに向かって振りかざす。武器を壊して、肉体を切り刻むために。
剣は確かにナイフに当たった、はずだ。しかし何の手ごたえもない。剣はナイフをすり抜けたのだ。
「?」
一体何が起きた? 訳がわからず見てみれば二本のナイフを持つルオがいた。