15 決闘
「神の印を全力で攻撃するなんてできないですからね」
そう言われてルオはチラリと棺桶の方を見る。刃の部分が食い込んでいるそこは棺の蓋のど真ん中。太陽の印が大きく描かれているところだ。目の前に神の印が飛んできて慌てて力を緩めたが間に合わなかったのだろう。ほんの少し食い込む程度までは抑えられたようだが、確かに太陽の印を傷つけてしまっている。
「神の印をカチ割ってやんの、ざまあみろ」
サージの言葉にムハンダゥバは完全に裏返った声で「バイチ!」と叫んだ。言葉の意味はわからないが違う、などの否定の意味だろうというのはわかる。狂ったようにバイチ、バイチと叫び続けている。頬からは大量の血が溢れているので口の中に血が入るらしく、途中何度も苛立たしげに血を吐き出す。
「もう、大丈夫ですか?」
心配そうに己を見る双子達。エルは見守っているという感じの眼差しで、己の師は捨て忘れた生ごみでも見るかのような目だ。
「なんかジジイだけ腹立つんだが!?」
「うっせえわバーカ、さっさと終わらせろよこんなこと。腰が痛いんだよ俺は。過去への八つ当たりはほどほどにしておけや、ボケ」
その言葉に黙り込む。確かに、本当にその通りだ。こんなこと、この程度のことだ。
「やれやれ全く。感傷にひたるもんじゃねぇな」
いつもの軽口にようやくサージとサカネは笑顔が戻った。先ほどまでは一体どうなることかと思っていた、まるで別の魂が乗り移ったかのように戦う姿。あれもまたルオの本当の姿なのはわかっているが。
「僕は、今のあなたの方が好きです」
「あっそうかよ。つーかお前すごいな、普通好きとか真正面から言えねえわ」
「思ったことを口にしたほうがいいって、やっとわかったので」
サカネとのことを言っているのだろう。それがわかってルオも安心したように笑った。
「ゲヌガエェェ!!」
ムハンダゥバが叫ぶ。片膝をついたままだが、完全に目が血走ってサージとサカネに向かって何かを叫び続ける。
「すっごく悪口言われてるなっていうのはわかりますけど、一応聞いていいですか。なんて言ってるんですかあの人」
「神聖なる闘いを邪魔した馬鹿ども、鳥の餌にしてやるぜ、みたいなこと言ってる。一対一で戦うことにこだわるからな、あそこの一族」
「はあ……?」
「頭の中で永遠に成人の儀式やってるような感じだ。成人の儀式は神が見ている目の前で行うものというのが根本の考えだからな。それを横槍や手助けが入ったらブチ切れ案件なんだよ。ま、俺らの知ったこっちゃないが」
薄く笑いながら再び持っていたナイフをくるくると回してしっかりと右手に握る。昔からの癖だ、戦いを一度仕切り直したい時ナイフを回してしまう。そうすることで自分の手はまだナイフをしっかり握れるか、指はちゃんと動くか確認をしている意味合いもある。
「もう大丈夫だ、下がってな。……ありがとよ」
「はい」
ルオは棺桶から剣を取り外す。そしてムハンダゥバに向かって投げつけた。飛んできた剣をムハンダゥバは左手で掴み取る。
『何の真似だ!』
『お前んとこの決まり事に従ってやるよ、お望み通り成人の儀式ごっこで決着つけようじゃないか』
『取り消せ今の言葉! 神に対する侮辱だ!』
『言ってる内容がバカ王子や阿呆女と同じになってきてるな、みっともねえのなんの。とりあえずお前の望む形で決着つけておかないと、この先追い回されそうでコエーわ。尻の穴閉めて生活しなきゃいけなくなるからな』
『貴様あああ!』
「あれ、どんな会話してるんだろう?」
「さあ?」
「クソ弟子の雰囲気からして下品な事でも言ったんだろどうせ」
サカネの疑問に師が呆れながらそんなことを言った。ムハンダゥバの部族の言葉を知っているエルはとぼけてみせたが。
『殺す! お前は手足を全て切り落として生きたまま鷲に頭を食いつくさせなければ神の怒りも収まらない!』
『怒りが収まらないのはお前だろうが。なんでもかんでも神に責任を擦りつけるな』
先ほどまでの軽口を叩いていた雰囲気ではなく、それでいて戦っていたときの恐ろしい雰囲気でもない。まっすぐと己を見つめ淡々とそんなことを言ってくる。まるで説教する父や兄のように。
『都合が良い事は全て自分の力、都合の悪いことはすべて神のせい。楽な生き方だな、そういう考えしかできないからお前は成人の儀式を通れずその先の景色も見ることができない』
『我が一族の誇りを余所者が語るなぁ!』
ルオがナイフを構える。ムハンダゥバも左手で剣を構えた。
『目的と手段が逆になり、ありとあらゆる事全て他人のせいにするお前は何も掴み取れはしない』
その言葉が合図だった。二人同時に一直線に相手に向かって走りだす。今度はサージとサカネは戦いの横槍を入れない。おそらくこの形で決着をつけなければいけないというのはわかったからだ。すべては一瞬で決まるはずだ。