14 目が覚めた
『生きるか死ぬか、その瀬戸際を乗り越え肉親を手にかけるという大事を成し遂げる。その先にあるものを理解することこそ戦士である証。お前はそれを得ることなどできない』
蔑むような兄の瞳。兄は剣を地面に放り投げた。
『お前はこの先、一生成人の儀式を乗り越えることはできない。さっさと俺を殺せ。お前にはそれがお似合いだ、弱者』
あの時なぜ兄が武器を捨てて殺されることを望んだのか今でもわからない。一つわかっているのは心の底から自分に失望したということだけ。その言葉に頭に血が上って叫びながら何度も兄を切りつけていた。原形がなくなるまで。
『俺は何も間違ってない! 俺は神にお仕えする戦士だ!』
両手で剣を思いっきり振り上げた。その間合いにルオが入り込む。首をまっすぐ狙ったが、ムハンダゥバは自分の唇を噛み切ると溢れ出た血を口の中に含み唾液と共にルオの目に思いっきり吹きかける。
目潰しをされたルオにほんの一瞬隙が生まれた。このまま剣を振り下ろせば頭が、いや体が真っ二つだと想像してゲラゲラと笑った。渾身の力を込めて刃を振り下ろす。
――ああ、死ぬな俺は。相打ちくらいはいけるか?
ルオが目を拭いながらそう思った時だった。
「こぉんちくしょおおおおがああ!」
サカネの叫びとともに風を切る音がした。ルオが一歩下がるまでもなく、二人の間に飛んできたのは棺桶だった。ムハンダゥバの振り下ろした剣が棺桶にあたる。棺桶が真っ二つになった、と思われたが。
ガギン! と音を立てた。視界が良好になったルオが見たものは、棺の蓋に刃が食い込んだままの剣だった。あの力だったら棺桶は真っ二つになっていてもおかしくない。木製の棺桶が刃を止めた? そう思った瞬間、勢い良く棺桶の蓋が開く。
中にはサージが入っていた。そして持っていたナイフでムハンダゥバの顔を思いっきり切り付ける。
「ぎゃあ!」
致命傷にはならなかったが、頬に深い裂傷を残した。おそらく口の中まで刃が達したはずだ。剣が棺桶に食い込んだままなので武器が使えない。怒り任せに殴りかかったがすぐに蓋を閉じて元の棺桶の形に戻った。棺を思いっきり殴りつけたしまったムハンダゥバは痛みに顔を歪める。
「は、はは」
場違いなルオの笑い声があたりに響いた。サカネの目に映ったのは先ほどまでの殺気立った「戦士」のルオではない。自分の知っているすぐに引っ叩いてきた「おっさん」の顔だ。ルオは棺桶を持つとそのまま大きく振り上げる。
「え、ちょっと待ってくださいよ!」
中から焦ったサージの声がしてくるが笑いながら、そのまま木こりのように思いっきりムハンダゥバを横なぎにした。
「ぐぁあ!?」
「いっだぁ!?」
人ひとり入っていたというのにルオの渾身の振りは凄まじかった。ムハンダゥバは壁の近くにいたせいで、飛ばされた衝撃と壁にたたきつけられる衝撃二つを食らう。しかも応急処置をしただけの右腕に棺桶を直撃させた。今度こそ処置ができない位に粉々に砕けたはずだ。
「めちゃくちゃ痛いんですけど! 僕死んだんじゃないですか!?」
「痛み感じているなら生きてるよ。死んだなら棺桶に入ってるから丁度いいんじゃねえの?」
「なんであなたが武器として使うんですか!」
「やかましいわ、すげえ乱入の仕方しといて何言ってんだ」
「二人で相談してもこれしか思いつかなかったんですよ! それより外に出たいんですけど!」
棺桶を床に置くと閂のような形にせり出していた部分が形を変えてパカッと蓋が開いた。どうやら中からも仕掛けを動かすことができるらしい。這い出してきたサージの脳天にべし! とチョップが入る。
「痛い!」
「そりゃそうだ。下手すりゃ死んでたんだ、それぐらいおとなしく受けとけ。サカネもだ!」
少し離れた場所にいるサカネにそう叫ぶと「なんでぇ!?」と返してくる。先ほどまでの死闘の雰囲気など微塵も感じさせない、これからお笑いの舞台でも始まるのかというような雰囲気だった。ムハンダゥバは立ち上がることができない、片膝をついた状態で震えながらうつむいている。震えているのは痛みをこらえているのではなく、間違いなく怒りに染まっているからだ。
――邪魔をされた、神聖なる闘いを。この双子絶対殺してやる!
「……とか思ってるんだろうなこいつ」
「頭の中で考えたこと、何となくわかりましたよ。それより、死ぬつもりでやったわけじゃないですよ。絶対に生き残る自信がありました」
「ほお? なんでだよ」
「太陽の印は王家も、おそらくあの男の一族も神聖なるものという考え方は同じです」
サージが指さした先には、ムハンダゥバの腰に巻いていた布がめくれ上がり、太ももに大きな太陽の印が見えた。痣ではなく刺青のようだ。