1 行方不明となる職人たち
経済が急激に発展して商業国家としてものしあがった軍事国家、ラカッツィア。ここは話で聞いていたような、活気あふれる楽しい所だけではないのはよくわかった。とんでもないところに来てしまったと、サカネはため息をつくのだった。
(サージ。あんた一体何に巻き込まれてるの。何で、アタシに黙って行っちゃったの)
「そういやお前、そのまま男の格好続けるのか」
「物騒だっていうのはわかったからとりあえずは」
「それなら名前がサカネのまんまじゃおかしいだろ」
「そうかな? 旅してる時は気づかれなかったよ」
「ここは流れ者が多い、お前ンとこ出身の奴もいるかもしれないだろ。お前の名前が女っぽいってのは俺でもわかるぞ」
「そうだなあ。じゃあ……男の名前はルがつく奴が多い印象だから。んー、ルオ、とか」
それを聞いて男はケラケラと笑い出した。
「そりゃ俺の名前だ」
「へ?」
「別の名前考えな、ややこしくてしょうがねえ。これから会うクソジジイはイラつくと文句がとまらねえからな」
よくわからないが、自分の話に少しだけ興味が湧いたと言ってくれたし協力をしてくれる雰囲気だ。好機とは目の前にいくらでも転がっている、それに気づいて掴み取れるかどうかは自分次第。祖父がよく言っていた言葉だ。これは絶対に自分にとって次の道を切り開く好機に違いないと、サカネは少し考えてはっきりと言った。
「いいよ、サカネのままで。わかる奴にわかるってことはわかんない奴にはわかんないんでしょ。それに、来て早々狙われたならちょっと派手に動いた方があっちから手がかり運んでくれるかもしれないし。俺が動いてるってサージにも伝わるかも」
「肝すわっててたいそうな事だが。襲われたらどうすんだ、俺は常に張り付いてるわけじゃねえぞ」
「その時は逃げる、全力で! 足は速い方だよ!」
自信満々にこたえる様子に、心強いのか頼りないのか微妙だが。戦うべきだとかやり返すとかおかしな矜持を持っていないのはありがたい。逃げる時は逃げる、人はこれができない奴が多すぎる。ルオとしては今のサカネの考えは好感が持てた。自分の実力を把握しているからだ。
手がかりが見つけられて嬉しいのか、ふんふんと鼻歌まで歌っている。一人でここに来るまでには本当にいろいろなことがあったのだろう。心細いことなんて四六時中だっただろうに、それでもここまで来たのだ。
(職人の女が強いのはどこも一緒だな)
とりあえず男の名前がルオだというのはわかった。とても優しいわけではないが、少なくとも悪い奴では無いように思える。上っ面だけの綺麗事は言わないし、優しさと厳しさを持ち合わせたような人だ。これから会うお年寄りは何か力になってくれるだろうかという不安、そして期待を胸に後についていく。
来た時は切羽つまっていたので町をよく見ていなかったが確かに、そこら中に土産や日用品まで様々なものが所狭しと並び売られている。大きな店から小さな個人商店、露天まで。こんな時だというのにわくわくしてしまうが、気を引き締めて男に気になっていたことを聞いてみた。
「これからどうするの?」
「俺がお前の話に興味湧いたって言っただろ。三、四か月くらい前からか。この町で職人が突然姿を消すのがちらほら起きてる」
「それって、サージと同じ? 時期も同じくらいだ」
「ああ。ここは変わり者が多いが、家族もいるし仲間も多い。親しい人に何も言わずに突然姿を消すっていうのはありえねえ。急にいなくなった奴がいて、調べてみたらそういや前もこんなことあったってことで最近少し気にかけてる」
事は思った以上に広範囲で起きているということがわかった。ルオはてっきりこの町だけの出来事かと思っていたが、国外でも起きていたとなると思っていた以上にきな臭いものを感じる。
最近いなくなったのは飲み屋で意気投合してあっという間に飲み仲間になった男だった。子供が産まれてしっかり稼がないとな、と幸せそうに語っていたので失踪する理由は無い。今も乳呑み子抱えた妻は不安な毎日を過ごしているので、職人仲間たちが差し入れをしたり他の職人の妻たちも世話の手伝いに来てくれているらしい。何か手がかりはないかと、赤子を抱えたまま妻は聞き歩いているのだとか。
もちろん行方不明者の申請をしているが、庶民にあまり興味がない風潮が強いこの国は行方不明者捜査に動いたりしない。なぜなら職人の行き来があまりにも多いからだ。この国に登録をせず勝手に住み着いている者は多い、というよりルオもその一人だ。あまりにも人口が増えたのでその辺の行政管理は曖昧のままとなっている。勝手に住み着いて勝手に商売をしている奴らの面倒など知らない。国はそういう体制なのである。
「ねぇ、おっさんは」
「名乗っただろうが」
「だってなんかおっさんって感じなんだもん。おっさんは何の職人なの」
「どいつもこいつも本当に失礼だよな、まぁいいけどよ。俺は女がつける装飾品を作ってる」
そう言うと鞄から何かを取り出しホレ、と見せた。それは首飾りだった。