12 「殺してやる」
生き方が違えば考え方が違う。それが良い悪いの話ではないのはわかっている。しかし戦争を繰り返してきたこの国で暮らす者にとって、自分たちを守ってくれるものがいない弱い立場だった者たちにとって、家族とは絶対に共に歩む大切な存在だ。
「気が変わった」
ルオが一言、そう言った。その声はまるで世間話でもするかのような普通の声色だったが。
「!?」
何かが見えたわけではない。しかし反射的にムハンダゥバは剣を振っていた。今剣を使わなければ……死ぬような気がしたからだ。
ガギン! と今までとは比べ物にならない音と衝撃。気がつけば目の前にルオがいて、彼の剣を防いでいた。たまたま自分を守る形に剣を振ったのが功を奏した。振り上げたままだったら死んでいた、なぜならルオのナイフはまっすぐ心臓を狙っていたからだ。
「パデァスグ」
自分の一族の言葉でそう言うルオ。その目、その顔は……絶対に勝てなかった、部族一強かった己の兄の顔つきそっくりだ。怒っているような、失望するような、そんな上から目線の顔。自分が二度と見たくなかった顔。
「おっさん!?」
突然始まった激しい戦い。今まで自分と接してきた、口が悪くてゲンコツをしてきて、でもお人好しな男の姿はそこにはない。あれは相手を殺すための戦いだ。離れた場所にいる自分たちにもビリビリと殺気が伝わってくる。
「このままじゃダメだ」
今にも泣きそうな顔でサカネはそう言った。二人の戦いはどちらが優勢なのかわからない。戦うことそのものが生きがいのようなあの男と、互角に渡り合っているルオは相当強いことがわかる。
「このままじゃおっさん死んじゃうよ」
「サカネ……」
「止めたいけど止められない。あの二人の間に入るなんてできないし、止めてもまた戦い始めるに決まってる」
一族を全員失ったと言っていたルオ。家族を殺したというあの男が許せなかったのだろう。男尊女卑をするわけではないがやはり男は女や子供を守るものだという考えは根強い。それなのに弱いから殺した、そんなこと許せるはずもない。弱いなら、守ればいいだけなのに。その気持ちはよくわかる。
「殺し合いだとしても、このままじゃなんかおっさんがどっか遠くに行っちゃいそうで嫌だ」
距離のことを言っているのではないのはわかる。心が、今までのルオではなくなってしまうのではないかというそんな……恐怖が。
「今あのバカは過去にとらわれて戦っとるなぁ」
頭の中が真っ白になりそうな緊張感があったというのに、ルオの師の一言はとても穏やかだった。その言葉に二人は師を見た。
「自分勝手な言い分に頭にきたんだろうが、戦い方が守る戦い方じゃなくて殺すための戦い方になっちまってる。あれじゃ止まらねえな」
「じいちゃん、どうやったら止まる!?」
「相手が死んだ時だろ」
「やだ」
「嫌ですそれ」
二人同時にきっぱりとそう言った。その様子に師はクスクスとおかしそうに笑う。その目つきは優しい。
「ぶち壊してやればいいじゃねぇか、お前らはそのための手段があるだろ」
二人で顔を見合わせて棺桶を振り返った。
「一瞬でいい、相手を倒そうとか勝とうとか考えなくていいんだよ。台無しにしてやればそれでいいんだ。ありゃぁ決闘よ、台無しにされた時が一番腹立つ。が、一番冷静になれる時でもある。あのパッパラパーな相手は前者だが、馬鹿弟子はたぶん後者だな」
サージが棺桶を持ち上げた。あちこち色が剥げてしまっているが、棺桶そのものが壊れたわけではない。
「私がやりましょうか、と言いたいところですが。そういうわけにはいかないみたいですね」
エルが困ったように笑う。二人を危険な目に合わせないために今は止めるべきなのだろうが、止めたところでもう止まらない事は分かっている。
「あのバカにこんな真面目な展開なんて似合わねえ。派手にぶちかましてやれ」
「うん!」
「はい!」
怒りで全身が染まったというのに頭の中はとても冷静だった。我を忘れて襲い掛かったわけではない。コレは殺すしかない、頭の中で誰かがそう囁いている気がした。いや、囁いたのは自分自身だ。
(わかってるさ。過去の愚かな自分だってことくらい)
自分が離れている間に皆殺しにされていた大切な人たち。誰がやったのかもわからない、全員強かったはずなのに戦った形跡すらなかった。武器を構えている者が一人もいない、ほんの一瞬で全員同時に殺されたとしか思えないひどい有様だった。
手や足がない者、臓物をぶちまけている者、頭がない父、血の海に沈む母、あちこちバラバラでどの部位が誰のものかわからない状態の弟、妹たち。そして腹から真っ二つとなった、妻。