11 とっくに殺した
ラクシャーナめがけて剣を振り下ろしたが、ルオの横からの攻撃に気づきそのまま剣をルオに振りかざす。それをギリギリかわすとラクシャーナの背中を思いっきり蹴飛ばした。
「きゃあ!?」
蹴られたラクシャーナは地面に叩きつけられるように転ぶが、すぐ目の前が通路だったので慌ててその方向に走っていった。ムハンダゥバは追いかけようとしたがその目の前にルオが立ちふさがる。
「邪魔するな!」
「あの女が死んだらその責任俺たちに擦りつけられるだろうが! 馬鹿野郎!」
教会の組織の仕組みなどを理解していないムハンダゥバの行動は短絡的だ。この騒動全ての元凶だと口で説明して終わると思っているらしい。教会や王族の落としどころのはけ口はいつだって適当な奴に罪を擦り付けて殺すことだ。自分もその対象だと思っていない。思ったとしても誰が相手でも絶対に勝てると思い込んでいる。
「とりあえずお前は目的のものを手に入れたんだろう。それやるからさっさと出て行け」
指さしたのは棺桶だ。サカネたちは何も言わない。取り返したいのが本心だが、今はこれが最善だとわかっているから。
「お前と決着がついていない。散々俺のことを侮辱してくれたな」
「はいはい俺が悪かったよごめんなさい。これで満足か」
「俺が満足するのはお前の首を落とした時だ」
あくまで戦って決着をつけることに固執している。このままだと全員殺すと言いかねないのでここは戦いを受けるしかない。
「じゃあとりあえずお前の相手をするから、他のやつは別に地上に戻っていいよな?」
「好きにしろ、興味ない」
ムハンダゥバの目はギラギラとしていて戦うことが楽しくて仕方がないといった様子だ。もはやルオしか見えていない。
(あの棺桶があいつの一族が信じてる強い戦士の盾にそっくりだった。それが嬉しくてしゃあないってところか。だがあいつの戦い方は防具を持つ戦い方じゃなかった)
戦い方の癖を見極めるのはルオの得意とするところだ。ムハンダゥバは明らかに大きな剣で戦う立ち回りしかしていない。そうなると絶対に戦いづらいはずだ
(ちょっとやってみるかな)
剣をくるくると回してしっかりと右手に持つと一気に走りだす。それを見てムハンダゥバも一直線に走り出した。だがすぐに表情が変わる。それはそうだ、棺桶に取っ手などついているはずもない。薄い楕円形をしているので抱え込むしかないため走りにくい。
「走りだしてから盾をどうやって掴むのか考えてるんじゃねえ! アホか!」
そこからルオの連続の剣戟が入る。それを防ぐのは右手に持っている剣だ。
「盾を持ってるのに、なんで剣で防ぐんだよ!」
「うるさい!」
盾を持つ戦い方などしてきていない、守る暇があるなら攻撃をして相手を殺すことを重視してきた。まして自分が持っているものは盾を二つくっつけたような形をしている。掴むところがないので盾としてまるで機能していない。
いくら腕の応急処置をしたとしても一度骨が折れている。片手で持つには自分の剣はあまりにも大きい、使いづらいことこの上ない。大きく舌打ちをすると棺桶を放り出して剣を両手で持つ。
「もうちょっと丁重に扱えよ、大事な大事な戦士の盾なんだろう!?」
ケラケラと笑いながらルオの攻撃は止まらない。ようやく戦い慣れた体勢になったことでムハンダゥバの反撃が始まる。一族に残っていた絵巻が剣と盾を持っていたので一時的には嬉しかったが、戦う時は邪魔だ。
しばらく間の攻防が続いたが一度二人は距離をとって動きが止まった。ムハンダゥバは忌々しげに顔を歪めルオは苦笑だ。
「やらやれ。まるっきり新しいおもちゃを手にして大喜びしたガキそのものだな。とりあえずお前のもんじゃねえから返してもらうぞ」
ムハンダゥバがはっとして手放したものを見ると双子がしっかりと持ち上げてこちらを睨みつけている。頭にカッと血が上ったが、すぐに視線をルオに戻す。
「殺して取り返すからいい」
「ああそうかい。どうせお前使えないなら持ち主に返してやれよ。ついでにお前もさっさと帰り支度しろ。このアリの巣みたいな地下の一体どこにお前の家族は捕まってるんだ」
「もう死んでる」
「なに?」
意外な言葉にそれまで余裕の表情だったルオが顔色を変える。死んだ、ラクシャーナに殺された? 否、彼女ははっきりと家族を皆殺しにされてもいいのかと言っていた。つまり彼女は人質を取っていることで優位に立っていると思い込んでいたのだ。
「自分こそが神の一族だと思いこんだ愚か者どもに捕まるなど弱すぎる。弱い者は我が部族に必要ない」
「つまりあれか。こっそりお前が全員殺したってことか」
「お前が来る直前に済ませておいた」
静まり返る。サカネとサージはあまりの衝撃に声が出なかった。家族を殺す、しかもそんな理由で? 意味がわからない。エルは無反応だったがエルに背負われている師は「この愚か者!」と叫んだ。