8 神の子孫の印
エルはともかく師に言われてルオは反論しようとしたが、目の前に繰り広げられた光景に目を見張る。なんとサージは次々と人形に一撃を食らわせていた。手に持っていたのはナイフだ、それはルオがサカネに護身用で持たせていたものである。
「おっさん、ここはあいつに任せて大丈夫だよ。からくりの構造はサージが一番よくわかってる。それにアタシから見ても全部欠陥品だ」
サカネの言葉を証明するかのように人形たちがあっという間に動かなくなった。たった一撃、それも足の関節部分にナイフを刺されただけ。それだけでその場でじたばたともがいている。ラクシャーナは必死に笛を吹くがその笛の音に反応するように身動きをするものの立ち上がることができない。
「ありえない、どうして!」
「僕としてはお前がなんでそんなに自信満々なのか理解できないんだけど」
すべての人形に攻撃を終わらせたサージは不思議そうに首をかしげる。
「職人たちが手を抜いたからだけじゃない。根本的なところで構造に欠陥がある。職人たちが本気で作っても絶対に不良品として完成していたはずだ。お前が持ってる設計図とやら、本当に信憑性あるの?」
サージの冷静な言葉にラクシャーナは無言だ。絶対にそんなはずはないと信じるからには決定的な何かがあるからこそ。思い込みだけでなく客観的な判断、証明がなければそこまで信じ込まないはずだ。
「結局こいつもただの勘違いさん、ってこと?」
「たぶんね。選民思想を持ってる奴って大体そんなもんじゃない?」
「せ、せんみん? みんみん?」
突然難しい言葉を言われてサカネはちんぷんかんぷんといった感じだ。
「選民思想、自分は選ばれし者だって思い込んでる奴のことだよ」
二人の会話を黙って聞いていたラクシャーナがとうとう怒りに声を張り上げる。
「この無礼者ども! 王家の娘である私に向かってよくも言ってくれたわね!? どうやって拷問してから殺してやろうかしら!」
サージは大げさにため息をついて呆れたようにラクシャーナを見た。
「おばさん王家じゃないじゃん、薬を密売してるただの犯罪者だろ」
「民衆から王族だってもてはやされているあいつらは偽物、真の王家には全員に痣がある。神に選ばれた者だけに痣が出るなんて馬鹿馬鹿しいにもほどがあるわ」
ラクシャーナはまるで役者のように大げさに両腕を大きく広げた。広場の壁や天井に描かれている絵を示しているかのような動きだ。
「この地下神殿の場所とともに私の血筋は代々ずっとこの痣を受け継いできた、剣を持つ神の子、アラディスカと全く同じ場所に! アラディスカの手記も残っているわ。王家を名乗っている奴らは私達のただの身代わり、人形よ人形! あはは!」
完全に自分に酔いしれているラクシャーナはどんな資料を自分の家が受け継いできているかなど大声で説明を始める。別に聞いてもいないことをペラペラ喋る女の情報は確かに貴重だった。
教会が保管している資料はすべてラクシャーナの家から貸しているものであり、民衆にはそこまで貴重ではないものを展示しているに過ぎないこと。直系の者しか見ることができない史実書がたくさんあること。国が持っている歴史書は作り替えられていること。今回作った動物や虫のような人形の設計図も、たくさんの工芸品の中に一致するものがあった為その一族の血筋の者たちを連れてきていたこと。
そして薄い布で覆っていた二の腕の部分をさらけ出すと、確かに右腕には太陽の印に似た痣があった。ルオの目から見てもあれは刺青ではなさそうだ。壁に描かれているアラディスカの隣に立ち、全く同じものだと主張し始める。その様子に誰も何も言わずにいた。
「普通ここまでしゃべる?」
こそこそとサカネがサージに話しかける。
「自分に酔いしれてる奴はおしゃべりだけど。なんかちょっと雰囲気が変だね」
二人はルオをチラリと見た。案の定彼の表情は真剣だ。やはり何かおかしいと気づたらしい。
「ご高説中すみません、そろそろその完璧と思われた設計図がどうして欠陥品を生み出すことになったのか。ここにいる職人のみなさんと答え合わせといきましょうか」
彼女の言葉を遮ってそう言ったのはエルだった。自分の言葉を中断されてラクシャーナはわめき散らす。それを一切無視してエルはサージたちに話しかける。
「あなたたちは一目見て先程の人形が不良品だと見抜いていた。それはなぜですか?」
「なぜって……だって動きが変だったから」
「そうそう、なんかぎこちないっていうか。人間でいうと内股でモジモジ歩いているように見えたんだよね。すごい動き辛そうだった」
二人の言葉にルオの師もうんうんとうなずいている。それがわかっていたからサージを向かわせたのだ。