7 本当に完成していた人形
その言葉にラクシャーナは顔色を変えた。その内容が他人には絶対にバレてはいけないことだというのはサージたちにもわかる。とんでもないことを告げたエルに当の本人とサージ、サカネは驚いた表情をしている。ちなみにルオの師匠は前々からそういう噂を聞いていたので特に驚いた様子は無い。あっけらかんと放っておいたと告げるエルにも「何やってるんだお前は」と言うだけだった。
「とんでもないこと聞いた気がするんだけど!?」
「エルさん、なんで放っておいたんですか!」
「使い道は貴族に売りさばくことです。一般市民に流れているわけではありませんでしたからいいかなと思って。何の後ろ盾もない私がそれを言ったところで目をつけられるだけですからね。本題に戻しましょう」
そう言いながらゆっくりと広場の中を見渡す。壁にも天井にも絵が描かれていた。それは神の子供たちと地上にいた悪しきモノの戦いの記録。絵巻物のように一直線に話が進んでいて最後の結末は天井に続いていた。一体どうやって描いたのかと不思議なくらいだ。三人で食事をしている様子や、道具を持って何かを作っている様子も描かれている。わかりにくかったが、祭壇のようなものも見えた。
「神の子供が三人、そのうち一人が王家の先祖と言われています。絵に描かれている武器や防具はその作り方が工芸品に言い伝えられていると彼女たちは考えた。なぜなら神の子の一人に工芸品を生み出したものがいるからです。そして神の子供にはそれぞれ体に痣がある」
等身大で描かれている絵ならはっきりとわかる。剣を持って戦っている者には右腕に痣が、盾を持って守っている者には右足に痣が、そして道具を持っている者には右頬に痣が付いている。どの痣も太陽の印だ。
「同じ場所に痣をもって生まれた者は特別って思い上がるのも無理はねぇな」
「口を慎みなさい、家畜が!」
ラクシャーナがヒステリックに叫んだ。家畜呼ばわりされたルオは「お嬢様はこれだから」という感じで全く気にしていないのだが、その言葉に反応したのはサージとサカネだった。
「おっさんのどこが家畜だよ! どっからどう見ても人間じゃん、牛や豚に見えるってか!?」
「頭大丈夫? 医者行ったほうがいいよ、おばさん」
怒り散らすサカネと冷静に悪口を言うサージ。特にサージのおばさんという言葉にラクシャーナは青筋を立てる。二人には侮辱の意味で言った家畜という言葉が全く通じていない。というよりもサージはなんとなく察したのだが、サカネが全く察していなかったのでそれに乗っかっただけだ。
「愚かな者と会話をするだけ無駄ね。仕上げをさせようかと思っていたけどもういいわ。未完成だけど充分使える」
ラクシャーナは耳飾りを取ると口にくわえて思いっきり吹いた。甲高い音が鳴り響き笛だったのか、と全員が思っているとどこからともなくガサガサと大きな音が響いてくる。
「強度は足りないかもしれないけど。動きを確認するにはちょうどいい家畜がいるから試してみましょう」
この広場に通じる通路は三カ所ある。それら全てから音が鳴っているようだ。全員が自然と円を描くように背合わせに陣取ると周囲を警戒した。これで部屋の中全て見ることができる。
「教会に保存されていた資料と、この国に伝わる工芸品から作り出された傑作よ。どの程度使えるのか楽しみだわ」
三つの通路から姿を現したのは人の背丈ほどもある大きな人形だった。これも人の形をしておらず何かの動物を思わせるような形である。人間以外の形をした人形はこの国では作られていない、あくまで芸術品として人間の形をしたものが流行っているからだ。
そして簡単に謀反などを起こさせないために動物などの形をした人形の作成は国が禁じている。二足歩行するものより四足歩行するものの方が作りやすい為だ。人形師でなくても作れてしまうかもしれない、それを危惧した王家によって禁止された。
「こっちをせっせと作ってたってわけか。そんで本来だったら俺が最初に見た人形みたいなとんでもない速さで動く代物だったんだろうが。なんともまぁノロノロ動いてやがる」
人形の中では速いほうである。走った人間と同じ位の速度のように思えた。しかしあの虫の形をした人形とは比べ物にならないくらい遅い。
「さっきから下品で教養のないあのゴミから血祭りかしらね」
ラクシャーナは再び笛を吹いた。何かのリズムがあり、その音とともに三体がルオに向かってくる。やれやれ、とナイフを構えようとしたルオだったが先に飛び出したのはサージだった。
「おい!?」
「まあいいじゃないですか、任せましょう」
「テメエの目ん玉は節穴かよ」