5 弟子が増える予定ですので
「あなたを攫った理由が顔の痣だとしたら彼女はこの国の宗教を、いえ、王家の先祖が神の子供であり体に痣がある者が特別な存在だと信じ込んでいる。彼女の正体も何となく想像がつきました。それには長年この国で暮らし装飾品を作ってきたあなたの知識は絶対に必要です。彼女のトドメに」
「お前さんなかなか性格が悪いな」
「ありがとうございます。性格が悪くないとこの国で立ちまわるのは無理ですから、褒め言葉として受け取りました」
「かわいくねえな」
体、特に腰に負担がかからないようにそっと背負う。走るわけにもいかないのでなるべく大股で早歩きをして後を追い始めた。
「軽すぎますよ、ちゃんと食事をしてください」
「俺ンとこのクソ弟子と同じこと言うんじゃねえや」
「そろそろお迎えが来るから食事も別にしなくていいや、とか考えてんだろうなあのジジイは。テメエが来たところで神様も迷惑だ……と、ルオが愚痴を言っていましたねそういえば」
「後で説教だな。お前さんあのクソ弟子と知り合いか」
ここにきてようやくエルは自己紹介とサージたちの話をした。職人たちも解放し、今どういう状況なのかを説明する。
「ルオの職人としての技術は高い。本当はあなたが教えることもほとんどないのでしょう。だからやり切ったと思って生活が雑になってきたのですね。しかし長生きをしてほしいと思うのは身近な人なら当然のことです」
その言葉にふん、と鼻を鳴らす。
「確かにあいつに教えることなんて本当は何もない。昔見た懐かしい絵柄の飾り物を作ってたから思わず喧嘩売っちまっただけだ。聞けば一族全員死んじまったっていうし。……フラフラするだけじゃなく、町や人とのつながりをここらで太く持っててもいいんじゃねえかと思ったんだよ。くたばる時あいつぐらいは大勢に看取られたっていいじゃねぇか。これあの馬鹿には言うんじゃねえぞ」
「言いませんよ。感づいてはいるかもしれませんが」
遠くからはギャーギャーと騒ぐ声が聞こえてきてエルは思わず吹き出した。
「どうやら色黒の彼とルオのじゃれ合いの現場に合流したようですね。目に浮かびます」
「相変わらず声がでけぇが、ガキどもはまたうるっせえな」
「もしかしたらあなたにあと二人弟子ができるかもしれないんですから体は大事にしてください。私が調合した薬草で動悸や息切れを緩やかにするものもありますから。それ飲んでください」
弟子が二人増えるかもしれない。その言葉にしばし沈黙が降りた。背負っているので当然お互いの顔見ることができない。しかしエルには、背中の老人が嬉しそうな顔をしているのではないかと思った。
「寿命とは自然に迎えるものです。自分でわざわざ縮める必要などないじゃないですか」
「……その薬草って苦くないよな?」
「何言ってるんですか。薬草は苦いに決まってるでしょう」
「飲みたくねえな」
「そしたらあらゆる手段で飲ませてみせますので大丈夫です」
「わかったよ! 自分で飲むわクソッタレ!」
あらゆる手段で、という部分がなんだかとても恐ろしく感じたのでおとなしく降参した。この場にルオがいたら驚いていただろう。この老人が自分の意見をすぐに曲げることなどないからだ。長く生きていると野生の勘が鋭く引き際というものを心得るようになる。ルオとはいつまでも言い争っているので絶対に負けなければ相手が折れることがわかっている。しかしエルにはなんだか逆らわないほうがいいような気配を感じた。
「ちなみにどんな手段考えてたんだ」
「口移しですかね? 私はそういうの全く気にしないので」
「自分で飲む」
「ありがとうございます」
ラクシャーナは急いで奥に向かって走る。外に出るよりもこのまま広場を横切って教会へ出た方が手っ取り早い。教会に出れば勝機はいくらでもある、罪人として取り押さえればいいだけだ。
広場の近くまで来ると床に大きな剣が落ちていた。間違いなくこれはムハンダゥバのものだ。もともと持っていたものだが武器職人を連れてきた後、切れ味や強度を増すために手直しをさせたものである。
自分の家で保存してあった資料の中の武器一覧表。剣を振りかざす絵が多く残されている神の子供の一人。数多くの武器を所持していたという伝説が残っており、どのような武器があったかまとめたものが残っているのだ。その中の一つがムハンダゥバの持っていた武器とたまたま似ていて、やはり自分の一族は神に仕える血筋なのだと勘違いをしたようだった。言葉がほとんど通じないので推測だがそれがあったから確実にあの男のやる気があがった。
踵の高いサンダルを履いていたので全力で走って思わずけつまずいた。転びはしなかったが体勢を崩してしまう。すると頭上を何かが凄まじい勢いで飛んでいった。
「ひいっ!?」