4 ルオの師匠
「色黒の彼だったらここにはいません。今頃大好きな戦いに興じていますから来ませんよ、ラクシャーナさん」
名前を言い当てられて女、ラクシャーナは動揺した。普段はラクスナと名乗っているのに何故本名を知っているのか。そんな彼女にはまるで興味なさそうにエルはスタスタと老人に近寄る。
「ご無事ですか」
「ウパカルツ、パヤ、パヤ」
返した言葉は明らかに異国の言葉だ。聞いたことがない言葉にサカネは目を丸くした。
「じいちゃん、言葉がわからないの? この国に住んでるのに」
「職人は他の国出身が多いですし、言葉が通じなくても商売はできますからね」
「攫ってみたら言葉が通じず苦労してるんですか。ご苦労様」
ぷっと吹き出しながらサージが言えば、ラクシャーナは舌打ちをする。しかしすぐにニヤリと笑った。
「あら、探してた双子が自分から来てくれたわ。なんて愚かなのかしら!」
バン! とラクシャーナが近くの壁を叩く。するとサージたちの真横の壁に四角い空洞ができた。エルが咄嗟に二人の前に立つと、バシン! と大きな音がした。
「罠だ!」
「大丈夫!?」
石が飛んできてエルに当たったのでは、と焦る二人。だがエルは苦しむ様子はない。
「あ、大丈夫です。受け止めただけですよ」
そう言いながら振り返ると、ニコニコ笑いながら抱えていたのは例の人形だった。前よりもより一層虫のような見た目。というよりも完全に。
「大きなゴキブリに仕上がりましたねえ」
時が止まる二人。そして穴からは続けて二、三個シュッと飛び出してくる。
「ピギャアアアアア!?」
「ベアアあぁアアア!!」
二人同時に叫ぶと、これまた二人同時に豪華なベッドを掴む。
「死ねえええ!!」
天蓋があり柱もしっかりしている豪華なベッド。普通のベッドより明らかに重いであろうそれを勢いよく持ち上げて人形にむけて思いっきり叩きつけた。
「きゃああ!?」
そこにはラクシャーナがおり慌てて避けた。ドォン! という音と地震のような振動。見ればベッドの装飾は飛び散り壁にはヒビが入っている。
虫嫌いということを知らないラクシャーナからすれば、子供二人が協力して自分を攻撃してきたようにしか見えない。とんでもない馬鹿力に震える、頭に当たっていたら即死だったかもしれない。
「な、聞いてないわ! 戦える奴らだなんて!」
「指揮したことのない人が指揮をしたら出来るのはその程度です」
はは、とエルに笑われて「うるさい!」と叫んでいた。しかしその間も二人は暴れ回っている、まだすべて仕留めてないからだ。
「使いづれぇ!」
珍しく荒々しい言葉を吐いたサージがベッドに向けて思い切り正拳を、サカネが回し蹴りを放つ。バギ! という音とともにベッドは真っ二つになった。
「嘘でしょ!?」
「おや凄い」
サージとサカネは二人で半分ずつベッドだったものを掴むと人形に向かって襲いかかる。ようやくすべての人形を壊したが、その様子を見ていたエルは少し考えて、抱えていた人形をラクシャーナの方に投げた。すると案の定。
「おらああ!」
二人は息ぴったりな動きで挟み撃ちにする形でラクシャーナの方に飛びかかる。ラクシャーナは引き攣った顔で壁を叩くと突起がでてきた。そこを掴んで引っ張れば扉の形に開き、慌てて走り去る。
「やはりありましたか、隠し通路」
そして人形も入ってしまい、二人は雄叫びをあげながら追いかけて行ってしまった。
「思いの外うまくいきましたねえ」
「なんじゃありゃあ」
ポカンとした老人のつぶやきにエルは笑う。まず手を縛っている縄をナイフで切った。
「木じゃないと振り回せないらしいです。彼らは結構強いのでしばらくは大丈夫でしょう。それより上手く演技しましたね」
まるで言葉が通じないように見せていたが、彼はこの国の出身である。喋っていたのは身に付けた他国の言葉だ。
「他の連中が話を合わせてくれたおかげだ。それよりさっさと追いかけんかい、何子供だけに戦わせてるんだ!」
勢いよく言うと体を動かしてしまったらしく「いてててて」と言いながら腰を擦る。
「もちろん追いますよ、私が守ると約束しましたから」
そう言うとポケットから細い道具を取り出し、拘束具の鍵穴に入れてガチャガチャと動かす。するとガチャンと音を立てて外れた。老人の前に背を向けてしゃがみ込む。背負う体勢だ、おんぶするから背中に乗れということらしい。
「俺はここで待ってる。足手まといになるのはわかるわい」
「そうしたいのは山々なんですけど、後で全員からものすごい文句が来そうですし。それにあなたの知恵も少し借りたい」
「ほお?」