5 狙われていたのはサカネ
そう言うと男が一気に走り出す。物陰から男が三人慌てて立ち上がった。どうやらゴロツキのようなものがいて囲まれていたらしい。サカネは立ち上がってようやく相手がどこにいるかわかったというのに、男はその前からわかっていたようだ、あっという間に倒していく。拾った石でぶん殴ったり、股間を蹴りあげたりと見ているこっちが痛くなりそうだ。よほど喧嘩慣れしているのか、本当にすぐに終わった。全員地面に叩き伏せてしまっている。なんかとんでもないおっさんだな、と思っている時。
「後ろ!」
突然そう叫ばれ、振り返れば隠れていたらしい五人目の男。目つきが鋭く、はっきり言ってものすごく怖い。サカネに向かって飛びかかってくる。
「おあああ! 俺に触るなあああ!!」
ほぼ条件反射だった。足元に転がっていた物を拾って思いっきり殴りつけていた。ゴギ、と鈍い音がして襲い掛かって来た男がひっくり返る。
「クソガキがあ!」
「みぎゃああ! 怒った!」
その声にサカネは渾身の力でもう一度男の頭を殴りつけた。起き上がって反撃でもされたら絶対殺される。その思いから手加減なしだ。
「やりすぎだ、まったく!」
その声と同時にサカネの腕をつかんだ。見れば若干顔の原型が変わってしまって気絶した奴が転がっている。サカネはゼーゼーと肩で息をしていた。
「お前一応年頃の娘なんだからせめて悲鳴をあげて逃げろよ。よりにもよって何で木で殴りつけるかな」
サカネが咄嗟に手に持ったのは、枯れて倒れてしまっていた細い木だ。それでも自分の身長と同じくらいはある。
「ふ、普通じゃない!? 力じゃ勝てないし木で戦うの!」
「んなわけあるか! これだって相当な重さだぞ」
「自分の村にいた時はこうやって盗賊追い払ってきたんだけど。それに剣なんて豪華なもの村にないし、材料だったらたくさん村にあるもん」
「はいはい。なんでお前が一人旅できてたんだと思ってたが、これなら確かになあ」
どうやら思いのほか体力や筋肉があるらしい。戦い方はめちゃくちゃだが。だがサカネの言ってることも確かに筋は通っている。貧しい村出身のようだし、そうなれば身近なもので戦うのは当然だ。材料がたくさんあるという事はどうやら木を加工した工芸品か何かを作っているようだが。
改めてサカネは恐る恐る転がっている男たちに近づいて見れば、どれも悪いことをしてそうな顔つきの男たちだった。
「俺を、狙ってたの?」
「こんな荒々しい揉め事が起きるのはいつだって他所から来た奴だ。お前俺に絡んだ時でかい声で弟の名前叫んだだろ」
言われてみれば確かに。男にひっついて協力をしてほしいと頼んだときに、最初にそう叫んだ。しかも双子の弟だと軽い身の上まで叫んでいる。
「ってことは、だ。その弟についてこいつらはちょっとおしゃべりがしたかったんだ」
「あ、じゃあサージはここに!?」
「来た可能性は高い。ただしお前をとっ捕まえて何か聞き出そうとしたなら、こいつらも弟を探してるクチだ。何かあったんだろうが、少なくとも逃げ回ってるのならお前が先に見つけることはできるかもしれねぇな」
「そっか、なら――」
うれしそうに笑顔になるサカネがそう喋っている途中、男はサカネを抱きかかえると即座に後ろに飛びのいた。サカネは男の胸板に顔を押し付けられていたので何が起きたのかは見えない。先程の男たちの悲鳴だけは聞こえた。
野生の勘というやつだ。何かがいる、そう思った瞬間男はサカネを抱きかかえて後ろに飛んでいた。その瞬間草むらから何かが飛び出してきて目にも止まらぬ速さで転がっている男たちの首をかき切ったのが見えた。そのままソレは再び草むらに入りどこかに行ってしまう。男は目が良い方だがまったく姿を捉えることができなかった。
(なんだ今のは、動きが滅茶苦茶だった。人間の動き、いや人間の出せる速度じゃねえ)
やられた男たちはまだ生きているようだがいずれ出血多量で死ぬだろう。地面には血が溜まり凄惨な状態だ。
「むぐむぐ!」
力強く抱えていたのでどうやら鼻と口を塞いでしまっていたらしい。力を緩めるとプハーと大きく息を吸った。
「な、何!?」
「全員トドメ刺された」
「え、はあ!?」
「完全に口封じだなこりゃ。お前は変な連中に狙われてて、余計なこと言われないように殺されたってか。そんなことしたら大事なんですって言ってるようなもんじゃねえか、相手馬鹿じゃねえの?」
そう言うとサカネを離して何事もなかったかのようについてこいと言って町に向かって歩き出す。それにはさすがにサカネも慌てた。
「このままにするの!?」
「ほっとけ、役人がなんとかする。むしろ残ってると犯人として処理されるぞ、ここはそういうところだ。貧乏人には容赦ねえ。町に金を落とさないやつは生きてる価値がないって考え方なんだよ、役人どもは。ここは金がすべてだ」
その言葉に慌てて男の後を追った。なるべく見ないように通り過ぎようとしたがやはりどうしてもチラリと見てしまう。想像以上に出血が多く思わず「うげえ」と言ってしまうと、男は面白そうに振り返る。
「死体は平気か。そういや村じゃ盗賊ボコボコにしてたんだもんな」
「……。殺したこともあるよ。だって盗賊って逃がしちゃったら仲間連れて報復に来るもん。敵は全員殺すの当たり前だよ」
「そりゃそうだ」
てっきり人殺し、と蔑まれるかと思ったが意外な反応にサカネもきょとんとしてしまう。男はそのままさくさくと歩いて行くので、置いて行かれないように大股で歩いて男の後を追った。
「五人も使っておいて逃げられたで済むか! 馬鹿野郎!」
顔を真っ赤にして怒る様子に震えながら頭を下げる。一度機嫌を損ねると何をするかわからないからだ。
「次失敗したらどうなるかわかってるんだろうな、さっさとガキ一匹掴まえねえか!」
バン! と勢いよく扉を閉めると全員はあ、と大きくため息をついた。最近上手くいかないことが多くて苛々しているらしい。その場に残っていた黒いヴェールをかぶった女が優しく皆に声をかける。
「一時的な感情です、仕方ありません。それよりも、早くお望みを叶えなければ……下手をすると皆さんの中から犠牲者が出かねません」
その言葉に全員ブルリと震える。それもやってしまいそうだ、今の状態では。酒の量も増えている。
「逃げたのはサージ、でしたね。その兄が探しに来た、と。では、その子も同じ仕事をしていたという可能性が高い。最悪、サージの代わりになるかもしれません。捕えましょう」
「あの、金で雇った者が殺された件は……」
よくわからない殺され方をしたのは気がかりだが、気が立っている今の主に声をかけたくないと全員が目で訴えている。女は口元にニコリと笑みを浮かべた。
「私から伝えておきます。大丈夫です」
妖艶な雰囲気に、どうやって伝えるのか想像がついて全員目礼をした。たしかに気がたった男を大人しくさせるのは、「女」が一番だ。