3 決着……とはいかず
部屋の中が薄暗くてわかりにくかったが、戦ってあちこち走り回っておかげでこの部屋の壁に描かれている絵がはっきりと見えた。通路と同じで化け物のようなものと戦う神の三人の子供たちが描かれていた。
子供といっても全員成人した姿だ、等身大で描かれているらしく普通の人間と変わらない大きさで描かれている。大きな剣を持って切り掛かる一人、そのすぐそばで盾を持って兄弟を守る一人、少し後ろに道具を持って薬のようなものを手に取っている最後の一人。なぜ男が棺桶を見て歓喜の声を上げ、盗んでいったのかがわかった。
「盾を見つけたから喜んだってか? 馬鹿すぎんだろ」
サージとサカネが作った棺桶は壁画に描かれている盾に似ていた。もちろん絵はかなり抽象的に描かれているので全く同じというわけではないが。身長と同じ位の大きさの盾には太陽の印が描かれているので似てると言えば似てる。だが例え彼らが作ったものが盾の設計図からだったとしても、あくまで作ったのは棺桶だ。叶えるために掴む場所もない。
「それで攻撃を防げるわけないだろ。宝石で覆ってるわけじゃねえんだぞ」
男が持っているような大きな剣で切りかかったら間違いなく真っ二つになっている。矢や飛び道具は防げるかもしれないが、重すぎて実用的ではない。そもそも棺はそこまで厚みは無い、ルオが使っているナイフさえ貫通してしまうだろう。
ルオは相手の様子を窺った。戦士としての誇りを持っているのなら、とどめを刺されないことさえ屈辱かもしれない。しかし正直別に殺し合いをする理由がないのでとどめを刺すつもりはなかった。攫われた人たちが殺されていたらそれも考えていたが、こんな奴にとどめ刺してもしょうがないなというのが正直なところだ。見たところ自分と同じ位の歳のようだが頭の中が子供すぎる。
するとどこからかバタバタと走ってくる音が聞こえる。複数人の足音だ。果たして敵かそれとも……。
殺気を感じて咄嗟にその場を飛び退いていた。するとゴウ! と音を立てて飛んできたのはなんとあの巨大な剣だった。回転することなくまっすぐ飛んできたのでそのまま壁に突き刺さる。あの剣を投げつけたのも普通ではないが、石の壁に刺さったことも恐ろしい。
続けて開いている扉から入ってきたのは見知らぬ女だった。白い肌に金髪、この特徴だけで貴族か教会の人間など地位が高いことがわかる。あの重い剣をこの勢いで投げられる人間がいるなどと思っていなかった。まさかこの女がとてつもなく強いのか、それともまた別の伏兵がいるのか。緊張感が一気に高まった。
「トドメだゴルァアアアア!!」
「……」
通路の方から聞こえてきた幼い男女の声にがっくりと肩を落とした。
約十分前。
黒幕、ラクスナとやらの部屋の前まで来るとヒステリックな女の叫び声が聞こえてくる。いい加減にしろ、このまま息の根を止めてやろうか。物騒な言葉ではあるがさっさとそれをやらないあたり、殺すつもりはないようだ。相手を脅しにかかっているらしい。それを聞いていたエルが小声で二人にこんなことを言った。
「あれが脅迫の悪い見本です。殺すぞと言ったら絶対にお前を殺さないと言っているようなものです」
「確かに。相手の言うことを聞かせたいのならその後の交渉に支障がない程度に痛めつけるか、指を一本切り落とす方が手っ取り早いですよね」
おとなしそうな雰囲気でいて物騒なことを言うサージだが、サカネもうんうんとうなずいている。二人ともそれなりに物騒な環境で育ったのでそれぐらいは熟知していた。奴隷が商人の苛立ちで暴行されてそのまま死んでしまったのを見たこともある。
黒幕は女、そして女にルオの師匠が連れていかれたと言っていた。それなら今その師匠と会話をしているというのはわかる。どうやって入ろうかと考えていたサージ達だったが、意外にもエルはあっさりと扉を開けた。
「おや、鍵もかけていないんですか。不用心ですね」
その言葉と共に声がピタリと止まる。二人もエルに続いて部屋に入ると、その部屋の中はいかにも女の寝室といった感じだった。豪華な装飾とこれまた豪華なベットがある。そしてヒステリックに叫んでいたであろう女は胸の大きさを強調した露出の高い服を着ていた。金髪に白い肌、身分が高い者しか持たない人種の特徴だ。そして目の前には手は縄で縛られて足には鉄の拘束具をつけられた老人がいる。間違いなく彼がルオの師匠だ。
「誰!?」
振り返った女は二十代位の若い女だった。顔も美しく男だったらすぐに虜になってしまいそうだ。
「優先順位で言えばここは助けを呼ぶのが最優先ですよお嬢さん。呼んでも誰も来ませんけど」
その言葉に女は苛立った様子で「ムハンダゥバ!」と叫ぶ。