1 戦士
その知識を手に入れるために連れて行った。工芸品が目的ではなかったのだ。そう考えると武器や家具を作っていた者たちは人形を作らせるために誘拐された。だが工芸品を作っていた者たちは師と同じ理由だったとしたら。
「考えてみればいなくなった工芸品作ってる奴ら、この国出身じゃなかったな。工芸品の絵柄は何か意味があるんじゃないかって連れてこられてたのか、効率悪すぎるだろ、偉い人間ってのはマジで暇人なんだな」
誘拐された者達は必死に考えたはずだ、何も知らないと言えば殺される。だったらその「何か」を知っているかのように振る舞えば良い。作られた人形が虫のような形をしていたのも、ここに連れて来られるまでにあの壁画などを見て虫を連想させるものを作るように仕向けただけ。少しでも教本をかじっていれば、神聖な生き物の中に虫のようなものがいるのも知っている。勘違いさせるにはもってこいだ。
「あのジジイに言う事を聞かせるの無理に決まってるだろ。一言いえば十倍になって返ってくるようなクソうるせえジジイなのに」
そして奥へ奥へと進み一つの扉にたどり着く。長年培った野生の勘がはっきりと己に告げる。
「誘い込まれたな、まあいいが」
この奥で待っているのは間違いなくあの男だ、追いかけたつもりだったがそうなるように仕向けられたということか。そう思いながらそっと扉を開けようとして、無駄だなと思い普通に開けた。
するとそこはかなり広い空間だった。大きめの家が十棟以上は入ってしまいそうなそこには一切柱がなく、どうやってこの空間を支えているのか不思議だ。チラリと壁を見ればきっちりと成形された石が隙間なく積み上げられている。かなり高い技術で石が組まれており、この部屋そのものを石が支えているらしい。
そして部屋の中央にはあの男がいた。右手には大きな剣を持っていて部屋の隅には奪った棺が置かれている。いかにも戦いの準備をして待っていたという様子だ。
「タタカエ」
「めんどくせえな、俺やらなきゃいけないことがあるんだよな」
「トシヨリ? アレ、シンダ」
笑いながら言う男に、ルオは同じように鼻で笑う。
「煽りが下手くそすぎるだろ、それが嘘だっていうのは牛だってわかるわドアホ。あとそれが本当なら俺がここにいる理由がないな、じゃあ俺帰るわ」
そう言うと本当にくるりと踵を返す。しかしすぐに左に飛んだ。ついさっきまで自分が立っていたところに男が勢い良く剣を振り下ろしてきて、凄まじい音とともに床をえぐる。
「お前剣の使い方下手すぎるだろ。斧に変えろ。剣っていうのは無駄な力がなくても骨まで切れるもんだ」
男は何も言ってこない。しかしすぐにルオめがけて突っ込んできた。
(見た目通り馬鹿力、それに動きも速いか。狩りをして生活していたなら瞬発力と動体視力が良いはずだ。……だが)
男の繰り出す攻撃をルオはすべてかわす。男の動きは大ぶりだが、ルオは最小限の動きで全て避けていた。そのことに男が苛ついてきたようで徐々に声を上げ始める。
「アアアア!」
「声出すな、力が抜けるぞ」
動き回っていれば息が上がる。そんな中で声を出してしまえば肺活量を使うので余計に疲労が溜まる。声を上げるのは……。
「確実に仕留める時だけにしろ!」
強くそう言うと間をくぐり抜けて男の顔面めがけて蹴りを入れた。咄嗟に後ろに飛びあまりダメージを受けなかったようだが、鼻血が出ている。それを忌々しそうに手でぬぐった。
「なんだかなぁ。お前を馬鹿にしちまったのは俺だし決着をつけたがっているのはわかってたけど。お前の戦い方、なんか変なんだよな」
腰に付けていたナイフを抜く。それは戦うための武器というよりも日常で使う道具のような印象だ。手首から肘くらいの長さしかない。それを見て男が額に青筋を浮かべる。舐められていると思ったようだ。
「でかい武器じゃないと決闘だっていう認識じゃないわけか。失礼な奴だな、武器っていうのは自分に一番合ったものを選んでこそ最適だ。俺はこれが一番使いやすいんだよ。でかいものほど素晴らしいっていうのは脳みそまで筋肉でできてる奴の考え方だ」
再び男が地面を蹴る。顔は怒りに染まっているが、戦いにおいてはまだ冷静らしくルオのかわし方を覚えたようだ。先ほどよりも避けにくい攻撃を仕掛けてくる。もちろん巨大な剣に対してナイフで太刀打ちできるはずもない。それなら当たれば自分に勝機があると男は考えているはずだ。だがルオは始めから武器で戦うつもりなどなかった。
「お前の戦い方、なんか変だなって思ってたけどな!」
男が剣を振り下ろす。それを避けずに低く屈むと地面を蹴って一気に男との間合いを詰めた。まさか一瞬で距離を詰められると思っていなかったらしい男は驚愕の表情を浮かべる。反撃しようにも振り下ろした勢いがつきすぎて剣を止めることができない。そもそもこれだけ大きな武器だと懐の距離まで来た相手に攻撃を仕掛けるなど無理だ。