12 地下に描かれていた神話絵
「見取り図のようなものは絶対あると思ったので、それを出さないとどんな目にあうかを事細かに説明しただけです」
にっこり笑って言うエル。彼が戦いに参加していたという話は二人とも説明されているので、これぐらい朝飯前なのかもしれないが。どうしても優しい雰囲気のお兄さんといった風貌なのであまり怖い要素がない。
「あの色黒の男のように強い男は体が大きく見た目で強そうだというのがわかります。動物の世界もそうです、自分はお前より強いんだぞと見せるために体の大きいものほど生き残っていく。しかし人には知恵というものがあります。脅す、という行為は人間だけが使う新しい手段ですよ。使いようによっては明らかな弱者も強者になれるということです。下手をすれば自分の命がないので使いどころはきちんと考えなければいけませんけどね」
そんなことを話しながら見取り図を見てみると、ご丁寧にどの部屋が何の目的のものなのか書き込みまでしてある。食料庫、武器庫、収容場所。それ以外はに「神聖な所、立ち入り禁止」と書かれている。そして一つの部屋に赤い丸印がしてあった。
「ラクスナの部屋。今回の黒幕さんの部屋みたいですね。描かれているのは扉の絵だけ、部屋の大きさなども描かれていないのを見ると立ち入り禁止だったようです」
三人はそこに向かって走り出した。ここからは少し距離がある。
「普通自分の部屋を確保するなら出入り口に近いところを選ぶような気がするけど。不便じゃないのかな、いちいち長い距離移動して外に出るのって」
サカネの疑問にエルが答える。
「大切な物は奥にしまいますからね。我々が入った出入り口と、ルオが使うであろう出入り口。その他にも一カ所ここから近い出入り口があります。私の家からは遠かったので使いませんでしたけど、あの見取り図と出入り口の地図を照らし合わせると町の中にもいくつか入口がありますよ」
「もちろん一見するとわからないってことですよね? どこら辺なんですか」
「教会です」
「あー」
「なるほどね」
走っている途中延々壁には絵が描かれている。この国の宗教の絵なのだろうが、戦っている絵や食事を作っている様子などまるで絵本を見ている気分だ。
「ずいぶんと絵が残ってるね」
絵付けをしているサカネとしては絵には興味がある。今はそれどころでは無いにしても、描かれているのは自分が知らない描写のものばかりだ。
「地下なのでそこまで劣化はしないはずです。風や雨の影響を受けませんからね。それでも劣化しているという事はかなり古いものですね。こんなに大量に描かれているとなると、この国の王家の人は一時ここに長期間潜んでいた時期があるのかもしれません。どの歴史書が正しいのか分からなくなるくらい戦争が多い国ですから」
戦争が多い国。その言葉には、表情は見えないがエルの何らかの心情が入っているように思えた。別に馬鹿にしたような皮肉を言ったわけでも悲しい雰囲気でもない。しかし確かに何か思うところがあるのだろうなと二人は感じ取っていた。もしも今自分と同じ考えであるならエルはこう思ったのではないだろうか。
なんて馬鹿馬鹿しいんだろう、と。
地下を走るルオは分かれ道などあるかと思ったが意外にも一本道だった。靴の音が出ないように素早く移動すると、通路には様々な絵が描かれている。チラリと見るとこの国が信仰している神の絵が描かれているようだ。どんだけ描いてるんだ暇人か、と思いながらチラチラと見ていたがある一つの絵の前で立ち止まった。
それは神と思われる人物が一人、その下に三人。おそらくこれが神の子供達だろう。剣を持った者、盾を持った者、道具を持った者。エルからざっくりとこの三人がどんな役割をもっているのか聞いている。剣、盾はそのままの意味だが道具を持っているものは知恵を授かった。薬などがこれに入るのだろうが、工芸品などの芸術を生み出したのもこの神の子だと言っていた。
「戦いばかりではなく心を豊かにする芸術を生み出した者か。……なるほど、ジジイが誘拐されたのはこれが大きな理由か」
知恵を授かった神の子には右側の頬に模様のようなものが描かれている。後でエルに確認しなければいけないが、おそらく神の子供たちは体のどこかに痣があるという言い伝えがあるのかもしれない。王子も散々喚いていた、選ばれた者は印を持って生まれると。自分の師は同じ場所に痣があるのだ。それも青痣のようなものではなく、少し変わった形の赤い痣。鼻で笑って再び奥へと走りだした。
「神の子孫は体に痣を持って生まれると信じられていた。だからジジイが何か特別な知識を代々受け継いでるんじゃないかと勘違いかましたわけだ」