8 母との思い出
サージは「そういえば」とサカネが身に付けていた女性物の服や装飾品を見る。さすがに作業するときは絵の具まみれになってしまうので今は着替えている。それらを手に取って改めて見ると、なんだか不思議な気持ちになる。サカネが女の子らしい格好をしたことがなかったので思いのほか似合っていたということ。そして何より町で見たときに本当に驚いたのはこれだ。
「女の子らしい格好すると本当に母ちゃんそっくりになったな」
「自分ではわからないけど。そういえばまだ言ってなかった」
「ん?」
「助けてくれてありがと」
「ああ、うん」
たとえ言葉がなくても相手が何を考えているかわかるので、あれ、これ、それ、で会話をしてきた。だから言葉で伝えることの大切さを学んだ今、真正面からお礼を言われるとなんだか照れくさい。それをごまかすようにサカネがつけていた耳飾りと首飾りを手に取る。
「それ、おっさんが作ったやつ」
「すごいね、結構高値で売れそうな細やかな細工だ。あの人、職人としての腕が凄いんだな」
「女性物って言ってたけど別に男がつけても違和感ないけど。ちょっとつけてみてよ」
「は? やだよ」
いきなり何を言うんだというような顔をするサージに、サカネはいたって真面目だ。
「あんただって母ちゃんそっくりの顔してるんだし。つけたら母ちゃんっぽいかなと思って、いいから早く」
首飾りと耳飾りを無理矢理つけると、サカネは目を丸くする。
「母ちゃんそっくり」
「嘘だろ? 僕だってこの年になって背が伸びて肩幅だって広がったぞ」
「確かにちょっとガタイの良い母ちゃんに見える。これ、ちょっと羽織って」
さらに取り出したのは自分が着ていなかったが後で着なさいと持たされた首からすっぽり被る羽織りだ。袖はなく腹のあたりまでを覆う。スカートを首からかぶっているように見えなくもないが、踊り子が着ればかなり華々しいだろうと思える柄だ。一度言い出したら折れないのはわかっているので、諦めてサージはそれを身に着ける。サカネは「おお!?」と目を丸くした。
「体型が分からなければ母ちゃんに見えなくは無い」
「わかったよ、もういいだろ」
このままではスカートを履けと言われそうな気がしてきたので、うんざりした様子でサージは身に付けているものを取ろうとした。サカネはサージを女装させて喜んでいるわけではなくあくまで職人として見ているようだが。
「こうやって見ると母ちゃんが内職で作ってた首巻きとか、おっさんが作ってるものとちょっと絵柄が似てるよね」
「それは僕も思った。おっさんは放浪の民だっていうし、母ちゃんも村の外から来たって言ってたから。もしかしたらそういう小民族の伝わってる物って似てるものが多いのかも。っていうか、辿れば先祖が一緒だったりして」
首飾りを眺めながらサージがポツリとそんなことを言った。母の苦労している姿、父親と喧嘩している姿、とにかくあまり明るい思い出がなかった。父に黙ってこっそり衣類や装飾品を作っては村の外に売りに行ってその金でやりくりしていた。
嫌な部分だけが記憶に残ったので、母は幸せじゃないと決めつけていた。今この首飾りを見ながら思い出すのは、物づくりをしているときの母は楽しそうな顔をしていたということだ。真剣な表情だったが出来映えを確認しては小さくうなずいて「よし」とつぶやいていた。生活をするために作らざるを得ないと思っていたが、あれは母にとって楽しみの一つだったのだ。
「僕、母ちゃんのこと何もわかってなかったな」
「それは母ちゃんに聞いてみないとわからないよ。サージが知ったことだって事実には変わりないんだから。あんた、母ちゃんがどんな最後だったか覚えてる?」
「無理して働いて、食べ物は全部俺たちに譲って、痩せこけて真っ白い顔してた」
そう言うとそうじゃないでしょ、とサカネが口をとがらせる。
「病気だったから食べても吐いちゃってたんだよ、食べたくても食べられなかったの。私が言いたいのはそっちじゃなくて。最後になんて言ったか覚えてるかって聞いてんの」
母が息を引き取る時、父はいなかった。母の最後を看取ったのは二人だ。その時息も絶え絶えだった母は二人と会話をした。苦労させてごめんねと謝っていた。二人は泣いていて記憶が曖昧な部分もある。しかし、確かに母は言っていた。
「最後は……大好きだよって、言ってた」
「でしょ。その言葉、ちょっとひねくれている時のあんただったら変な受け止め方したかもしれないけど。今だったらそれどう思う?」
「……。どうも何も、そのままの意味じゃないか。馬鹿だな、僕は」
やっと受け止めることができた。嫌な部分を見てしまうと全て嫌な風に捉えてしまう。正直今までずっと忘れていた。だが、今だったらその言葉の意味がちゃんとわかる。
じわりと目に涙が溜まる。サカネはサージを一人にした方が良いだろうと思い部屋を出ようとしたその時だった。