7 子供じゃない
「できれば地上に引っ張り出したいところですが、地下での戦いになるでしょうね。ルオ、あなたが敵を陽動して職人たちを私が助けるという手段が一番手っ取り早いです。あなたは戦士かぶれの彼に目をつけられましたから、ほっといても来てしまいます。職人たちの安全を考えればそれが最適です」
楽しそうに笑うエルにルオは嫌そうに顔を歪めた。
「まぁ一番言っちゃいけないこと言ったのは俺だもんな。わかった、ジジイどもは任せる」
「僕らは」
「隠れてて欲しいのが本音ですが、相手にはこの作戦瞬時にばれるでしょう。裏で糸を引いている人物は悪知恵が働くようですし、職人を一人くらい殺して優位に立とうとするのが普通です。あなた方は申し訳ないですが、いざという時の交渉に出てもらいます」
その案にルオは不満そうだ。
「ガキをこれ以上巻き込むのかよ。俺らだけで何とかできるだろ」
「あくまで最終手段ですし、私が守ります。ルオ、師匠の命が惜しければ彼らを渡せと言われたらどうしますか」
「そ――」
「アタシやるよ」
ルオが反論する前に、それまで作業に集中していたサカネが声を上げる。
「人数も性格の悪さもあっちが上なんでしょ? だったらできることは全部やらないと勝てないよ」
それは狩りの基本だ。サカネたちは貧しかったので山に動物を狩りに行くこともあった。そのあたりの考え方は培っている。放浪の民だったルオはそれに輪をかけて真髄まで理解していることだ。やる時は出し惜しみせずに、全力で叩き潰す。長引いて良い事など何もない。相手に考えさせる時間を与えてはいけない、逃げられるからだ。
「これが完成したら、人形の強度を格段に上げることができる。その設計図はアタシたちの頭の中にしかない。相手が持ってる謎の武器に応用できるって交渉できるよ。それが元々の相手の目的なんだし」
「僕も行きます。僕らが隠れてる時に攫われた人皆殺しにされたら二度と自分を許せません。僕だって作ってしまったのですから、人を殺す道具を」
二人とも危険は承知でわかって言っている。二人の真剣な表情にエルはルオを見た。
「ルオ。あなたから見れば彼らは子供かもしれませんが、私から見れば立派な一人の人間です」
三人に見つめられルオは盛大なため息をついた。ガリガリと頭をかくとヤケクソ気味に言った。
「ったく、わぁったよ。無理すんじゃねえぞ」
「うん!」
「あとジジイはギックリ腰だからおんぶだ、クソうるせえから覚悟しとけ」
「はい!」
サカネは急いで作業に戻り、サージもその手伝いを始める。ああでもない、そうじゃない、うるさいなここはさあ、とギャアギャア始まったので「静かにやれ!」と怒鳴ると静かになった。それを見たエルは楽しそうだ。
「今回は随分と優しいですね」
「……ガラにもなくな。子供が産まれて生きてりゃあれくらいの年だな、と思ったらなんかなぁ」
「そうでしたか」
エルはそれ以上聞かなかった。ルオの一族が全員死んだのは以前聞いているので知っている。その時、彼の妻が臨月だったことも。
本来であれば一つの棺桶を仕上げるのに数日かかる。それはサカネが一人で絵付けをして絵具が乾くのに時間がかかるからだ。今回はサージが荷物を運んだり顔料をあらかじめ調合しておいてもらったり、二人で手分けをしているのでだいぶ早く作業が進んだ。そして日が暮れる寸前の夕方。窓から夕日が差し込んできて、その光が棺の太陽の印に反射し神々しく見える。
「できた」
サカネのその一言にサージも深い息を吐いた。絵の具はまだ乾いていないが、今までの絵の具よりもかなり乾燥が早いように思えた。サカネは作りながら独自の絵の具を完成させたのだ。
木を加工するサージの作業はどれだけ急いでも絶対に時間がかかる。だからどういう風に仕上げるか考える時間がたっぷりある。逆にサカネは頭の中で想い描いた絵を絵の具が乾かないうちにすぐに仕上げなければいけないので、新しいことに挑戦するのも作品を仕上げるのも全てが同時進行だ。突発的にこういう新しい絵の具や新しい道具を思いつくのはサカネの才能と努力の賜物だ。
出来上がった棺桶を見て、本当に自分たちが作りたかったのはこれだと確信する。たかが棺桶、木製だ。だが金属にも負けない強度に自信があり、何より亡くなった人が安心して眠れるようにという祈りが込められる見た目となっている。悪霊から守るための呪いだけではない、亡くなった人の家族が悲しみを少しでも和らげられる作品作り。それこそが長年自分達に欠けていたものだ。
「これ、母ちゃんに似合うように絵付けしただろ」
「お互い様だよ。母ちゃんの身長に合ってるじゃん、縦の長さ」
二人とも無意識に求めていたものは同じだったということだ。母が死んだとき、棺を作ったのは父親だった。しかもあくまで自己満足の「作品」としての棺桶だった。二人はそれがずっと不満だったのだ。
そんなごちゃごちゃと飾り付けを貼り付けただけの馬鹿みたいな見た目、母が静かに眠れるわけない。一度埋葬したのだ、掘り起こして棺を作り直すなどという外道なことはしなかったか。しかしずっと心に引っかかっていたことだ。