4 襲撃
最後の会話はいなくなる日の夕方。早めの夕食を終えてひたすら売り物作りに勤しんでいたサージがぽつりと漏らした一言。
「僕たちが作ったものって、喜んでもらえているかな」
自分達の売り物は間に問屋が入る。お客が喜んでいるかどうかサカネたちは見ることはない。
「最近やっと売り上げ良くなってきたんだし、買ってくれる人がいるなら喜んでるんじゃない?」
「……」
会話が途切れるのはいつものことだ、自分も集中した時は周囲の音が入らなくなり相槌をうつこともない。それは二人の中で当たり前のことだった。だから何も思わず工房を出て家事をすませた。その日の夜だ。いつも聞こえていた木を打つ音が聞こえなかったのは。
「いつも一緒にいたお前が弟の違和感に気付かねえなら、家出したとかじゃなさそうだな」
「ずっと売り上げが悪かったけど、少しずつ売れるようになってきたところだった。どうやったらもっと売れるかなって二人で話し合った時からちょっと落ち込んでる感じだったけど」
「なんで落ち込んでたんだ」
「売り上げが良かったやつって俺たちが作りたいものじゃなかったから」
「そりゃあ職人だったら当たり前にぶち当たる壁だな。買って欲しいから作るのか、自分が作りたいから売ってるのか。金稼ぐために望まないものを作って売って悩んでを何十回も経験するもんだ」
「それはよくわかってるよ。親父が最初はそうだったから」
聞けば父は長年売れない職人だったが、自分が作りたいものではない装飾美にこだわったものを作ったところ飛ぶように売れたらしい。裕福になり、弟子も増えて充実した生活を送れるようになった。最初こそ自分の作りたい物ではないと苛々していた様子だったが、金が手に入ると道具も一新した。するとあっという間に売れる物作りに慣れてしまった。
だが、流行り物というのはすぐに真似をされる。父親よりも腕の良い職人たちが大量に作ったことで父の作った物は売れなくなった。弟子たちも離れていき、父を超える有名な職人となった弟子がいた。一度慣れてしまった裕福な生活から再び貧乏生活への逆戻り、他人からの嘲笑、有名になった弟子達への嫉妬なども重なりに重なって。
「朝起きたら首つってた」
「あっそ」
「ここは何かこう、しんみりするとこじゃない!?」
予想以上のあっけらかんとした反応にサカネは思わずツッコミを入れるが、男は「はあ?」という反応だ。
「人間は生きてりゃいつか死ぬ。早いか遅いか、自分で死ぬか殺されるか自然に死ぬか。これしかねえだろ。不幸自慢がしたいんだったら他所でやんな。ちなみに俺は親族全員皆殺しにされた経験がある。俺は可哀想か?」
今までのどこか人をくったような軽い雰囲気から、一気に張り詰めた雰囲気へと変わる。怒らせたのだろうかと思ったが、少し違うような気がした。子供相手だから、ではなく一人の人間として問いかけられているのだと気付いた。物を売る時の駆け引きでたまに経験してきたことだ。
「……わかんないよ、おっさんと友達じゃないし、俺はその場にいなかったもん」
その言葉を聞いて男は口元に小さく笑を浮かべた。
「都会になればなるほど他人の目を気にして、そういうことを言うと一発で嫌われる。けどな、俺はそれが真理だと思うぜ。話がそれたが、どうしてここにいるんじゃないかと思うんだ」
「売り上げが上がる前に二人で話してた、独学は限界があるからどこかに弟子入りしたほうがいいんじゃないかって。だから、もしかしたら自分のやりたいことができてここにきたのかなって思ったんだけど」
「お前に何も言わずに?」
「俺はサージほど悩んでなかったから。俺とはわかりあえないと思って内心ではすごく呆れて、一人で修行したかったのかもしれないし……」
シュンと落ち込んだ様子のサカネに男はやれやれといった様子で立ち上がった。
「たとえ双子でも一人の人間、一人の職人ってことかなあ、ってか? 前向きに考えりゃそうだが、黙っていなくなった場合お前がこういう行動するってのはそいつも分かりきってるだろ。子供で女の一人旅なんて死にに行くようなもんだ」
「え、そんなに危ないものなの?」
「少なくともこうして、変なのに絡まれるくらいにはな!」
叫ぶと同時に地面から拾ったらしい手の平大の石をどこかに思いっきり投げつけた。すると鈍い音とともに悲鳴が聞こえる。
「へあ!?」
「四人か、ガキ一人に大層な人数だ!」