5 エルの合流
「今まで作ってきたのは売り物用だから。なんかやたらとごちゃごちゃ飾った方が売れてたし。僕が作りたいのそういうのじゃなかった、だから作りたいように作ったらそうなった」
「アタシは今まで何も考えずにとりあえずきれいに飾ればいいやと思ってやってたけど。そうなるとちょっと塗り方を変えたほうがいいか」
それを聞いてサカネは色付けしていた部分はそのままに、棺桶の蓋の中心部にまたがると大胆に縦と横に大きく十字の溝を掘り始めた。そしてさらにバツ印のような溝を彫る。
「太陽の印じゃねえか」
まるで星のような形だが、この国では神が大地を照らす象徴として描かれる太陽はこのように描かれる。この国に来たばかりのサカネがそれを知っているはずもないので、「そうなんだ?」と不思議そうだ。
「この溝には糊と顔料を混ぜたものを流し込む」
「糊に顔料混ぜたら強度が下がるじゃん、剥がれ落ちやすくなる」
「水分量とか調整するよ。色はこれ」
取り出したのは鮮やかな黄色い粉だ。
「それ採取に一番苦労するやつじゃないか」
「いいの。たぶん今回で全部使い切っちゃうと思う。でもこの色じゃなきゃだめだ、蓋と本体の縁に塗る青紫に合わなくなる」
色の反対色を取り出したサカネにルオは感心したように言った。
「その青紫の色合いは自分で調合するんだよな?」
「もちろん。青紫って一口に言っても何種類もあるからね。この黄色は他の色を消しちゃうくらい強いけど、この黄色に合う青紫は絶対にあるはずだから。それは作ってみせる」
どこか楽しそうに見えるサカネにサージは今までにない表情だなと思っていた。
(今まではずっと作業って感じだったんだよね。真剣ではあったけど全然楽しそうじゃないし。僕もそうだけど、今までにない刺激を受けてちょっと成長できたってことなのかな。おっさんにお礼言おう)
そう考えると自分も嬉しくなる。それにしてもと改めて彫られた模様を見つめた。
「いくらなんでも派手すぎないか?」
「いいんだよ、外側は悪霊に向けて見せつけてるんだから。太陽の印だっていうし、太陽に照らされてほら。えーっと、こう。お前ら光で目潰ししてやんぞって」
「そこは太陽に照らされて浄化されたくなかったら近寄るなってことでいいじゃん、何で目潰しなんたよ」
「うっさいな、それが言いたかったの!」
二人の掛け合いはまるで軽い喜劇を見ているかのようだ。知的なサージと、直感で生きているサカネ。とても似ているが正反対の部分もあっていい二人組だと思う。
「ずいぶんと賑やかになりましたね」
扉を開けて入ってきたのはエルだった。誰だろうという顔をするサージにサカネがこの家の家主だよと説明する。
「はじめまして、人形師のエルといいます。今まで相手の動向を探っていたところです」
「サージです、よろしくお願いします」
軽く自己紹介を済ませてお互いの情報も共有する。サカネは作業に集中したいというので、男三人で話しを進めることにした。
「王子様がいないと思ったらこんなところに来ていたんですね。警備隊は教会の息がかかっていませんから王家に引き渡されるでしょう。そっちは解決したのでよしとして、探ってきた結果をお話しします。事の発端は王位継承者が第三王子に決まりそうだという雰囲気になってきたところからでした」
エルは都市部に行って王位継承問題を調べていたと説明した。貴族や教会の権力争いではなく王族が絡んでいる可能性を考えたからだ。
「人形師が多いこの町では王都の話もちょこちょこ流れてきます。王位継承の知恵比べがどうやら決着がつきそうだという話を聞いていました」
「だからそっちを調べたってか。ま、あの感じじゃ薬や酒が入ってなくても絶対に跡継ぎにはなれなかっただろうけどな」
「第三王子は聡明な方だと聞いています。何をやっても勝てないと踏んで新しい力を手に入れようとしたのでしょうね。そこを裏から操る誰かさんに付け込まれたのでしょう」
「人形を使ってどうにかしようと考えなかったんでしょうか?」
サージのもっともな疑問にエルは「それは無理です」と答えた。
「今この国では人形をどう取り扱うか非常に繊細な問題です。人形に関する法律は珍しく王家、元老院、教会の合同で急いで整備を進めているところです。何かやれば足を引っ張る材料になってしまいます。後は単純に人形に関することを第三王子が実権を握り始めているのかもしれません」
聡明な人だという事は、よくも悪くも普通の人が思いつくことを先に考え根回しをしておくものだ。国の頂点に立つ者は優しいだけでは務まらない。