4 二人が本当に作りたいもの
「普通はそう言い伝えられているから間違ったことをしないように、自分たちを戒めるもんだけどな。神が全て見ているから悪い事しねえようにするだろ」
「それはおっさんが達観しすぎだよ。普通の人はさぁ、神様の子孫って言ったら何してもいいんだってふんぞりかえるもんじゃないの?」
「やれやれ、町とか国とか集まりで暮らすとすぐそれだ。やっぱり性に合わねぇな」
「おっさん、放浪の民だもんね」
その会話を聞いていたサージが不思議そうな顔をして尋ねてくる。
「何ですか、放浪の民って」
「流浪の民、放浪の民。呼び方はいろいろだが、あちこちフラフラ移動する民族だよ。国や町で暮らしたりしない、遊牧民とも違うからそこまで家畜も多くない。俺はもともとそこの出だ。一族がみんな死んじまったからずっと一人でいたんだがこの国で少し腕を上げることにしただけだ」
「産まれた時からずっと各地を転々とするんですか。大変じゃないですか、食べ物の確保とか」
「お前らが思ってるほど大変じゃねえよ。物心ついた時からそういう生活してるなら当たり前のことだ。正直苦労してるとか大変だとか、町で暮らしたいって思った事はねえぞ」
「お金とかは」
「金が必要な生活してない」
「あ、確かに」
「もちろん必要最低限の物を買う必要はある。金がいる時は作ったものを売ってたりしたがそれだけだ。それに放浪の民は俺の一族だけじゃなかったからな。移動してりゃ他の部族や遊牧民とかにも会って結構楽しいぞ。しがらみも変な妄想もない。俺たちはただここに生きて死ぬだけだ」
放浪の民も神の信仰はしている。ただし神は常に何も与えず、何も言わず、見守ってくれているという考え方だ。自分たちが生きていること、自然があることに感謝をして敬意を表する。人が神の子孫だとか仕える戦士だとかおこがましいにもほどがある。神が一部の人間だけ贔屓にするわけない。神はすべてに平等だ。平等とはすなわち不平等であり、それを乗り越えるのは生きている者達の生きる意味そのもの。それがルオたち、放浪の旅の考えだ。
お前らは自分のやることをやれ、そういうと二人の頭をくしゃくしゃと撫でまわした。大人に頭を撫でられるということに慣れていない二人は髪がボサボサになりながらも、少し嬉しそうにはにかみ、サージは寝床を借りて睡眠を。サカネは道具を広げて仕上げの装飾にとりかかった。
サージはよほど衰弱していたらしくすぐに眠りに落ちた。サカネはその様子を少し心配そうに見たもののすぐ近くで作業を始める。時折必要な部分の木を削ったりするが、その音に目を覚ますこともない。普段から音が鳴り響く中で衣食住を共にしていたのでこんな事は気になる程度でもないのだ。黙々と作業を進めるサカネ。何かあったときのためにルオもそばにいた。
特に大きな動きもなく二日が過ぎた。ボッカからは男を上に引き渡したと教えてもらった。この後あの男がどうなろうと知った事ではないが、裏で暗殺されないよう手は回してくれたらしい。
「助かるぜ」
「死人に口なしをやられちゃたまらん、俺らの首が文字通り吹っ飛ぶからな。それにこれが俺の仕事だ、気にすんな」
お互い何かわかったら情報交換することを改めて約束し、ボッカは仕事に戻って行った。職人の妻や女たちはサカネ達を心配して食べ物などをわけてくれる。困った時は助け合いだ、と言っているが隙あらばサカネをまた飾りたいのが見え見えだ。無論、本気で心配もしてくれているのもわかる。食べ物はありがたく受け取った、ルオも食べ盛りを二人抱えられるほど金の蓄えはない。
サージは二日間眠り続け、ようやく起き出して一気に水を飲みほした。チラリと作業を続けるサカネを見たが声をかけることなくルオにおはようございますと挨拶をする。食事を用意すると勢いよく食べ始めた。胃の中が空っぽだろうと粥など柔らかいものを作ったがあっという間にたいらげてしまう。
「それ以上食べると胃に負担がかかる、腹減ってるだろうが別のことをして気を紛らせな。肉とか消化の悪いもん食ったら吐くぞ」
「はい」
「お前はやりたい事はやり尽くしたのか」
「あ、はい。一人でこもって棺をずっと作ってる間自分に問いかけ続けました。この棺桶に入る人はどんな人だろうとか、どんな作りにすれば悪霊から守ってくれるかなとか。でも最終的にはそうじゃないなって思って」
「そうじゃないってのは?」
「棺桶って死んだ人のものじゃないですか。悪霊に怯えて中に入るわけじゃないなって思ったら、なんか違うなって思って。自分が死んだらどうかなって考えて、眠り心地がいいように作ったらあっという間にできました」
その言葉を聞いていたらしくサカネはピタリと手を止めた。
「どおりで今までとちょっと作りが違うわけだ。なんか全体の印象が柔らかいよね」