3 偽物だった印
「何で同じ家系で『選ばれた者だけ』に印が出るんだよ、わけわかんねえだろ。神様が子孫の中で優秀な奴だけ選別するってか? 何のために? 何をしたくて? ずいぶんとまあヒマ人だな神様ってのは、オイ」
「貴様ぁ! 神を冒涜したな!」
「王家が十割完全な近親相姦でもねえ限り、他所から婿や嫁取ってりゃ痣が出る奴出ない奴いるの当たり前だろうが。痣がねえ奴の血が濃けりゃ出ないってだけだ。それに生まれつき体に痣がある奴もこの世にごまんといる。お勉強してきた身分の癖にそんなことも知らないのかよ」
パッと手を離すと男は勢い余って顔を地面に打ち付けてしまった。鼻血が出て、それを見た男は一気にパニックになる。
「あ、あああ。血が、血が!」
「うっせえわ、ほっときゃ止まる。印があるなら神様に助けてもらえよ、今ここですぐに」
「ああああ! 神よ! 我をお助けください!」
「え、マジで神頼みすんの?」
先程の殺気立った雰囲気が吹き飛び、本気で驚いているルオに二人はホッとすると同時に小さく笑う。
「鼻血を止めてくださいって願われる神様も不憫ですね」
心底同情したようにいうサージにルオは吹きだした。
「まったくよお。神様がいると自分でどうにかできることまで神頼みする奴がいるが、この国はその典型だな。いや、上の連中だけか。苦労しながら自分の力で生きてる奴らは祈ったりしねえわな」
祈っても何も変わらない事を知っているから。乾期に雨が降ってほしいと祈っても降らない。死んだ人を生き返らせてほしいと嘆いても叶うわけない。嘆き、苦しみ、その中にいるのなら何かを待っていても変わらない。自分が動くか、自分が変わるしかない。
「確かに。僕は別に、自分の技術を神様に与えてほしいとは思いません。自分で手に入れたい」
「アタシも。神様が願いを何でも叶えてくれるならさ、頑張って生きてる意味ないじゃん」
十代半ばといっても幼いころから貧しく、村人からも嫌われる毎日だった二人。ようやく棺桶が売れるようになってまともな食事をできるようになった時の喜びはひとしおだった。この時二人は神に感謝などしていない、自分達で手に入れた幸せだと実感したのだ。否、母の墓前に報告した。一人前に一歩近づいたよ、と。
神よ、神よ、と言い続ける男はジタバタと暴れている。半そでを着ていたが袖がめくりあがりちらりと腕に何か見えた。男を押さえつけて見てみると、確かに痣のようなものが見える。
「これか、選ばれた印とやら」
はっきりと形取られた模様のようなもの。確かに自然にできる痣の形ではないかもしれない。ルオはじっとそれを見つめていたが首を振った。
「痣じゃねえな」
「え?」
「刺青だ、特徴がある。色味が全然違うんだよ、痣と刺青ってのは。刺青はあくまで染料を上から刺すもんだからな。濃淡の出方も違う、輪郭も綺麗すぎる」
「じゃあこれは産まれた後につけられたものってことですか?」
「そういうこった。こいつが痣だと信じてるなら産まれた直後くらいに、たぶん王妃とかの命令でやられたんだろ。将来後継者に選ばれるように」
三人の会話は男には届いていない、自分は神に選ばれし者だとひたすらしゃべり続けている。
「なんか、可哀想」
ぽつりとつぶやいたサカネに、男は「そこのガキ!」と突然叫んだ。
「さっさと酒を持ってこい役立たずが! あとさっさと俺のを――」
バギャ! と音を立ててルオが男の頭に踵落としをした。男は気絶していないが痛さのあまり静かになる。
「え、何言おうとしたのこいつ」
「絶対下品なことだろうなと思ったら足が出てた」
「あ、殺してもいい?」
「やめとけ処刑になるぞ。っつうか俺も手足が出てたな。ま、ハエを追い払おうとしたらたまたま当たったっつうことで。さて、ここらで潮時か」
「どうするんですか?」
「見捨てられてる時点で利用価値はない、まともに会話できないからこれ以上情報も聞き出せない。だがこいつに何かあったらこの辺全員罪人にされちまう。正攻法で警備隊に突き出すしかない。憲兵はダメだ、俺らに罪を押し付けてきやがる」
ボッカに連絡だなとつぶやき窓を開ける。
「すまねぇ、誰か手を貸してくれ」
声を張りあげると数人の職人が駆け寄ってきてくれる。先程の騒ぎにもいた面子なので話が通じやすかったようだ、軽く事情を説明して警備隊まで連れて行ってもらった。
「たぶんあいつを狙ってくる事は無い、人形も数が多くないだろうからな。人を使って口封じをするほど重要な事も知らねえだろ」
「仮にも指示する立場にいたのに、ですか」
「最初から利用目的で篭絡されたなら教えられている情報を全て嘘だ。何か聞き出せたとしても有益な情報はないだろうな」
男は相変わらず「無礼者! 俺は神の末裔だぞ!」と喚いている。無論それに耳を傾ける者達はいない。