2 自称神の一族
サージが作った物の完成度の高さはおそらくもう気づいかれている。そして今までの推測からしてサカネが仕上げることでより弱点を克服した完璧な強度に出来上がるのも相手はわかっているはずだ。なぜなら相手は頭がいい、今現在まで尻尾をつかませていないのだから。エルがどこまで探れているかが鍵となる。
「今僕たちができることって何かありますか」
「この後は攫われた連中を助けに殴り込みだ。お前は体力を回復した方が良い」
サージに今必要なのはきちんとした食事をしてゆっくり休むこと。いつ見つかるかわからない恐怖や焦燥感に囚われながら数ヶ月過ごしたのだ。心身ともに疲れきっている。サージはそのことがわかってほっとした様子でうなずいた。サカネは「はいはい!」と手を挙げる。
「アタシはそれを完成させたい!」
もちろん棺桶のことを言っているのはわかる。何を言ってるんだと思ったが、サカネは真剣だ。
「今までコイツが作ってきた中で一番完成度が高いよ、見ればわかる。怒られてもいい、今それに絵をつけたい! 仲直りして、母ちゃんのこともわかって、今だったら絶対に迷いなく完成させる自信がある!」
今、職人として成長する段階だということだ。悩みに悩んでのたうちまわって、苦しんで。自分の作ったものに納得がいかない中で、それでも必ず訪れる転機。己の半身と向き合って一つ上を向くことができた。それなら今度は自分の作り出すものと向き合って自分自身と語り合う時が来たのだ。
「飯はちゃんと食えよ」
その言葉に一瞬驚いたような顔をしたが、サカネは満面の笑顔で「うん!」と返事をした。馬鹿なこと言ってないで他のことをやれと言われると思っていたからだ。自分のやりたいことをやらせてもらえて心から嬉しさがこみ上げる。
「さすがに中身が入ったまんまじゃできないだろうから取り出すか」
そう言うと二人はかけておいた仕掛けを解いてせーので蓋を開ける。その瞬間にルオが男の首根っこを掴んで床に転がすと後手に紐で拘束した。手は骨折しているので、一応腕を縛る。
「お前ら覚えてろよ、絶対に殺してやる。それより早く酒を持って来い!」
その様子にルオは眉間に皺を寄せた。目がうつろな感じで異常な雰囲気だ。
「この状況で酒持って来いって……」
サージが顔を顰める。呆れたのではなく異常だと思ったようだ。
「禁断症状が出てる、相当な量のティムラを日常的に飲まされてたみたいだな。まともな生活ができるようになるには医者の力が必要かもな」
念のため誘拐した職人はどこにいるか聞いてみるものの、支離滅裂な事を言ってまともな会話にならなかった。ただ、その中で何度も出た単語と言えば。
「俺は神の末裔、神の一族だ! 必ず神罰をくだしてやる、俺にはその印があるんだ!」
喚き散らす男に全員溜息しか出ない。何せこの男声が大きい、あまりにうるさいので猿ぐつわでもさせたい気分だ。
「神の一族ねえ。そういえばここの神話がそんな話だったな。神の子供のうち一人が王家の先祖、だったか」
「そういうの信じてるんだ、こいつ」
「へえ……」
三人の冷めた視線に男は怒り心頭だ。何せルオたちは他所から来たのでここの宗教には無関心である。敬られて当然の生活をしてきた男にとって屈辱的だ。
「印ってなんだ、神様の名前でも書いてあるのか?」
ルオの言葉に男は「はっ!」と大きく鼻で笑った。
「聖堂教会の絵を見たことがないのか!? これだから田舎者――」
「見たことあるかお前ら」
「ない」
「ないです。っていうか興味ないです」
「俺も興味ねえ。そんなもん見て腹いっぱいになるわけでもねえし。都会のぼっちゃんってそんもん眺めるほどヒマなのか」
馬鹿にしようとしたが三人は畳み掛けるように淡々と会話を続ける。来たばかりの二人が見たことないのは当然だ。文句の一つでも言ってやろうかとサカネは男を睨みつけるが、男に見えないようにルオがそっと手で制する。
(おっさん、何か考えがあるんだ)
それを見たサージもそれ以上文句をいうのをやめた。
(優位にたって相手を貶したい、ってわけじゃないのか。情報を聞き出そうとしてるんだ)
男はいよいよ目が血走って声が裏返りながら怒鳴る。自分の感情が制御できていない、その様子は確かに異常だ。これが薬の禁断症状、狂ったようなその状態に二人は黙り込む。
「神の一族は選ばれし者だけに同じ印をもって産まれるんだぁ! 俺の腕にはそれがある! 無礼者共が! 今すぐ死ね! 死ね死ね死ねええええ!」
「馬鹿野郎」
低い声でルオがつぶやくと、男の髪を掴んで無理やり自分の方に寄せた。その雰囲気はサカネ達が見てきたチンピラよりも殺気立っていて怖いくらいだ。