1 危険な粉
工房に到着すると二人は丁寧に床に置いた。中身を心配して、というわけではなく棺桶をこれ以上傷つけたくないかららしい。
「棺桶で殴りつける奴らの言葉と思えねえわ。裏側に至っては人形叩き潰してるしな」
「なんか本能的に」
「これじゃないと攻撃できないんだもん」
「なんでだよ。とりあえずこのバカ王子から情報を聞き出すのは無理かもな」
「え、拷問しないの?」
サカネのさらりと漏らした一言に棺の中から相変わらず悲鳴のような文句が聞こえてくる。だがさすがにぴったりと蓋がしてあるだけあってその声は小さい。万が一敵に持っていかれてはたまらないので近くに置いてあるのだが、ここからの話はあまり聞かれたくないのでルオは声を小さくした。
「あいつの口から匂った酒の匂い。その中に薬の匂いも少し混じってた。ありゃティムラっつってな、幻覚を見たり意識が朦朧としたりして取り扱いが禁止されているものだ。産業が発達する前ここは職人以外にも労働者が多かった。ティムラはその時流通したそうだ。ほんの少し取る分には問題ない、疲れを感じさせずもう一踏ん張りするときに飲む。酒みたいな感覚だな、後は娯楽だ」
「そっか、疲れを感じさせないって事は感覚が麻痺してるってことか」
サージの言葉にルオはうなずく。サージに言われてサカネはピンときたらしい。どうやら察しの良さはサージの方が上のようだ。
「しかし大量に入ると異常行動を起こすっつって教会が使用を禁止したんだ。特に酒と一緒に飲むのは最悪だ、死んだ奴も多い。だがコレは裏で高値で取引される。主に悪いことに使えるからな」
そこまで聞いたサカネは「ちょっと待って!」と両手を広げて遮る。
「なんでおっさんはその匂い知ってるの? まさか使った事あんの!?」
「あるわけねえだろ。ここに来たばっかの時、ぎゃあぎゃあうるせえ奴が突進してきたから思わず蹴り飛ばしてたんだよな」
「思わずって」
「しょうがねえだろ、相手はナイフ持ってたんだから。で、そいつがティムラの密売人でくっせえのなんの。何の匂いだコレって流れで教えてもらった。ちなみにそいつは重度の中毒症状で死んだらしい。話戻すが教会が取り仕切っているならこいつも手に入れやすいだろうな。癒着がすげえから」
「今更だけど、本当にこいつ王子なの? その薬のせいで妄想してるだけってことは無い?」
胡散臭そうに棺桶の方を指差すサカネ。正直ルオもそこは悩ましいところだ。
「確かめようがないから今は本物だってことで話を進める。問題はな、これだけの量をこいつが自分の意思で飲んでないかもしれないってことだ。さっきも言ったが酒と一緒に飲んだらヤベエのは誰でも知ってる。だが酒を飲んでるつもりで知らず知らず飲まされていたとしたら」
「待ってよおっさん、じゃあこいつもいいように使われてただけってこと?」
「そもそもこいつの後始末にあの人形が使われている時点でそうだろ。チンピラを雇っていたのはこいつ、そしてこいつに悟られないように裏でごちゃごちゃいろんなことをしていた黒幕が絶対にいる。色黒野郎を小間使いにしてるのもそっちだ、人の使い方がうまい」
一気にここまで話すとサージはポカンとした様子だが、やがてパアっと明るい表情となる。
「少ない情報でこれだけの答えが出せるなんてすごいですね……えーっと、おっさん」
べし! とサージの頭をひっぱたいた。特に力を入れていないのでそれほど痛くは無いはずだ。
「なんでお前までおっさんって呼ぶんだよ」
「だって自己紹介されてないですし」
「だったら『そういえばあなたの名前は?』って言えば済むだろうが」
「いや、サカネがおっさんって呼んでるからそう呼んで欲しいのかなと思って。それに何かおっさんっていうのがしっくりくる気がするんですけど」
全くこの双子は、と呆れ返るがサカネがサージの耳元で「ルオだよ」と言った。王子に名前を聞かれないために気を遣ってくれたらしい。こういうところは女性ならではの細やかな気配りができるんだなと感心する。
「わかったよ、おっさんで良い。話を続けるがここで見放されたって事は、相手は最終段階に入ってるってことだ。お前たちも仕上げのためにまた狙われる可能性はある」