12 どうしてゴがつくアレが嫌いなのか
呆れて空を仰いだ。つまりサージの見張りはあの色黒の男だったのだ。絶対に彼は足が速かったはずだ、それなのに子供に逃げられた。失態をしているが、サージの顔が分かるのはおそらく彼だけなので捜索活動を続けていたのだろう。サージは取り押さえられている男を見る。
「あいつ見覚えがある。一回だけ僕の様子を見に来た、蹴飛ばされたけど」
「まさかさっきのお返しだったのか」
「あ、はい、一応」
サカネに輪をかけてとんでもない奴だなと改めて思う。木製の棺桶は軽々と持ち上げられる重さではない。それを振り回してあの男を殴りつけた。格闘技をやらせたら相当強くなりそうだ。
「その時調子こいてペラペラいろいろ喋ったから。自分は第二王子で、強い武器が必要だって。逃げ出した後はずっと棺桶作ってた、他にできることがなかったから。王族に誘拐されたなら、この国の連中信用しない方がいいかなって」
「ま、そりゃそうだな」
あらかた話を聞いて改めて自称王子のほうに歩いていく。こいつには聞かなくてはいけないことがある。相変わらず無礼者、皆殺しにしてやると叫んでいる。赤ら顔をしているので顔を近づけると匂いを嗅いだ。
「息だけでこれだけの匂いか。相当飲んでるんだな。お前に聞きたい事は一つだ、攫った職人たちはどこにいる」
「放せ無礼者が!」
「病人が一人いるからちょっと焦ってるんだよ。お前と悠長におしゃべりする気はねえよ」
「神罰だ、必ず神罰を下してやる!!」
「あっそ」
わずかに低い声でそう言うと男の手の平を渾身の力で踏みつけた。男は断末魔の悲鳴のような凄まじい声を上げる。靴には金属を仕込んであるので間違いなく手は折れただろう。
「次は反対の手――」
その時わずかに目の端に動くものが見えてすかさず男を思いっきり蹴飛ばしていた。取り押さえていた男達も巻き込まれてこけるが、男がいた場所にまたあの人形が突っ込んできた。ドオン! と音を立て地面に衝突したのを見て全員息を飲む。
「なんだあ!?」
「おい、何が起きた!」
「新型の人形だ! 今の動きが見えなかった奴は隠れろ!」
その言葉に女たちを中心に次々と身を隠したり逃げ出す職人たち。しかし数人はしゃがんだままその場に残っている。どうやら胴体視力がいいらしい。肝心の男は手が折れた痛みで動けずにいるようだ。
「クソが、こいつまで始末に来たか!」
「そ、そんなはず」
「うるせえ静かにしてろ! 考えがまとまらねえ!」
ばぎ! と男を蹴飛ばすと再びその男がいるところに別の人形が突っ込んできた。男からすれば散々な目にあっているが、この男には死んでもらっては困る。おそらく第二王子というのは本当だ。それなら絶対に教会が絡んでいる、死なせたら本当にここにいる全員死罪となってしまう。
(だがこの状況は使える、こいつが見限られたとわかればいくらでも好きに転がすことができる。まずはこの場をなんとかしねえとな)
「とりあえずこの坊ちゃんは守ってやる! ルオ、どうにかできそうか!?」
「なんとかやってみらぁ!」
その場に残ってくれた職人たちの協力のもと、ルオは冷静に周囲を見渡す。見える影は二つ、以前よりも動きが遅くなっている。どうやらサージが抜けたことで質が落ちてしまったらしい。というよりも職人たちが手を抜いているのだろうが。影は王子を狙って飛んでくる。仲間たちが守るにしても限界がある。
人々がいなくなったことですぐ近くに転がっている棺桶が目に入った。男の胸倉をつかんで持ち上げ、蓋が開いている棺桶にぶちこむ。飛んできた黒いものを避けながら蓋を蹴飛ばして閉じると、中の男は悲鳴をあげながら蓋を開けようとする。ルオは上から足で踏みつけて押さえた。
すぐにサージとサカネが走って来る。二人同時に蓋に飛び乗ると何もないと思われるところを殴りつけた。すると殴りつけたところが動き閂をかけたかのような形へと変化した。文字通り棺に鍵がかかったのである。
「とりあえずこれでしのげるか」
中からは開けろとか出せとか騒いだ声が聞こえるが、おそらくこの場でこの中が一番安全だ。
「何が起きたんだ!?」
サージはどうやら飛びかっているものが自分も作らされていたものだとわかっていないようだ。部分的なところだけ作らされて、一度しか完成品を見ていないのだから無理もない。動いているところを見ていないのだ。しかもかなりの速度なので捉え切れていない。
「お前が作らされてたモンだ。ほら、ゴキブリそっくりなやつ」
「ぎゃあああ!?」
悲鳴をあげるとサージは棺桶を持ち上げる。棺桶だけでも重いのに一人入っているその重さは絶対に子供が持ち上げられる重量ではない。さすがにその光景にルオも目が点になった。
「え」
「死ねやあああ!」
叫ぶと同時に二つ同時に飛んできていたものを一気に二つとも地面に叩きつけた。棺桶の中から悲痛な叫びが聞こえてきたが、とりあえず今は無視して仕留めたか、と安心していると。
再びサージが棺桶を振り上げるように持ち上げて叩きつけようとする。さすがに慌てて渾身の力で棺桶を回し蹴りした。蹴られた棺桶はごろごろと転がりながら飛んでいくが人が入っているのですぐに止まった。かなりの重量のものを蹴飛ばしたので、ルオの足もそれなりに痛い。靴に金属を仕込んでいても痛いのかよ、と思いながらサージを見ればまだ臨戦態勢といった雰囲気だ。
「中の奴が死んじまうだろ、それにやり過ぎだ。とっくに壊れてる」
「トドメ!」
「もう済んだわ!」
がん! とサカネの時よりもう少し力を込めて拳骨を振り下ろした。あまりの痛さにその場にしゃがみ込んで動けなくなるサージ。サカネはと言えばチラリと棺桶を見てふらふらと近寄ろうとする。
「トドメはいらねえからな」
「あう!?」
ビクッと体を震わせて足を止める。この姉弟、虫が嫌いなのは百歩譲っていいのだが拒絶反応の仕方と攻撃手段があまりにも凄すぎる。
「ったくよお。お前ら田舎出身ならあの虫なんて慣れっこじゃねえのか」
「いや、昔は平気だったんですけど。でも、まあ、ねえ?」
サージはサカネを見ると、サカネも言いにくそうにしている。
「親父が死んだ時、村の風習は土葬だったから土に埋めたんだけど」
「あ、すっげえ嫌な予感してきたわ」
「なんかアレが家の中に増えたなあと思って家の周り調べたら。親父埋めたところの土に小さい穴がたくさんあいてて、そこから――」
「やっぱりな、もういいわかった」
埋め方が浅かった、ということだろう。嫌いといえど父が土の中でどうなってしまったのか考えれば、それは悲鳴もあげたくなる。
「お前の作った細工役に立ったな。ひとまずこの中に入れておけばこいつは安全だし、逃げられない」
「やった!」
二人で喜んでいる様子を見て一息ついた。騒ぎに乗じて他に誰かいないかざっと見渡したが、おかしな奴は見かけなかった。どうやら王子とやらが勝手な行動したことを咎めるお目付役さえいないらしい。
(完全に見捨てられたなこりゃ。仮にも王子なら絶対に部下がいるはずだが、そいつらにも見限られたとなると……この人形を作らせてた奴についたってことか)
双子たちを見ればどうやら今までの情報共有が終わったらしい。これからどうするかを決めるために三人はひとまず棺桶を持って工房へと戻った。棺桶を二人で持ち上げ歩く姿は完全に埋葬に向かう参列者だ。
「なんだこの絵面」
「このまま埋葬してやりたいんですけど」
「いや火葬じゃない?」
中から悲鳴が聞こえる。暗くて身動きが取れない場所に入れられているのはさぞ苦しくて恐ろしいだろう。
「しっかしよくすっぽり入ったな」
「あ、たぶん大きさはちょっと小さいので、首とか膝とか少し曲げてるちょっと苦しい体勢だと思います」
「拷問じゃねえか」