8 着飾ってみると、意外にも
「身も蓋もなく言ってしまえばそうですね。少し前置きが長くなりましたが、権力争いで動いているのならそれを逆に利用することができます。そこをなんとかできる別の勢力に動いてもらうしかありません」
下手をすれば裏で消されてしまうかもしれない。それくらいはサカネにもわかる。何かとんでもないことをしようとしているのではと、内心ヒヤヒヤしていた。エルは優しい年上のお兄さんという感じだが、いまいち何を考えているのかわからない。自分とは別の世界に住んでいるような、そんな感じがする。
「王立騎士団にでも動いてもらえばいいさ。下準備だったら俺に考えがある。民衆が騒げば国は動かざるを得ないからな」
「何するの?」
「別に難しい事はやらねえよ、めちゃくちゃ騒ぐだけだ。相手はコソコソやりたいだろうからな。ここの職人どもは女子供に優しい、だからこそ主役はお前だ」
「へ?」
突然わけのわからないことを言われてサカネは目が点になる。その様子をルオはニヤニヤしながら見つめた。
「すげえな、ほんとに髪の毛が降りてきた。さて、それじゃあ一旦俺たちのねぐらに戻るぞ。いろいろ揃えないといけないからな」
「何か考えがあるようなのでそちらはお任せします。私はもう少し探りを入れてきましょう。最優先は攫われた人の身の安全です、どこに閉じ込められているのか場所を探してきます」
「頼んだ、あの色黒野郎に気を付けろよ」
「そこなんですよね。彼、原始的な生活してそうなので五感や気配を察する能力に長けてるでしょうから。ま、上手くやりますよ」
一旦その場は解散となった。ルオたちは再び職人の町に向かい、自分の寝泊まりしている工房に戻ってくる。そして自分の荷物の中からいくつか装飾品などを取り出した。それはかなり煌びやかなものだ。小さな宝石も編み込まれている。
「少し前に作ったものだが、ちょうどお前の髪と肌に合いそうだからこれ付けろ」
「え、俺はそういうの似合わない」
「それはお前がそう思い込んでいるだけだ。あと、もう男のふりをする必要は無いから一人称変えろ。お前にはめちゃくちゃ着飾ってもらわなきゃ困る」
「えええ……そういうの苦手」
「女らしい扱い受けてこなかったからだろ。ここでは着飾った女はかなりもてはやされるぞ、人生の勉強だと思って体験してみな」
あまり気ノリはしないが、ほんの少し。ちょっとだけそういうお洒落をすることに興味があるので装飾品を受け取った。髪型を少し整え耳飾りと首飾りをして、鏡の前に立ってみる。
「やっぱりな、青系がよく似合う。それなら着るものは黄か橙だな、買いに行くか……いや、買わなくても手に入るな」
「そんなに派手な色、合わないんじゃない? どっちもギラギラして色が喧嘩しちゃうよ」
「感性で物を作るのも大事だが、お前は一回色の勉強したほうがいい。いいから着てみろ、絶対に合うから」
半信半疑のようだがルオの顔なじみの職人のところに連れていかれた。その女性は困ったことがあったら言ってくれと言っていたあの女性だった。サカネが少し着飾っているのを見て目を丸くしている。やっぱり似合わないのかな? と不安に思っているとルオがこんな事を言った。
「こいつに似合う服見繕ってくれ」
その言葉に女性は一気に雰囲気が変わる。
「私の好きに飾っていいんだね? わかった、任せな!」
目をキラキラさせてうれしそうに笑う、などという生易しいものではない。まるで獲物を前に舌なめずりする肉食動物のようだ。その様子にサカネは若干嫌な予感がして一歩後ずさる。しかし彼女にガッシリと右肩を掴まれ、なぜか後ろからも左肩を掴まれた。驚いて振り返ればそこには知らない女性が四人も立っている。
「ひゃい!?」
「なんか面白そうなことしてるじゃない、私たちも混ぜてよ」
どうやら装飾品などを作っている女性たちのようだ。全員ニンマリと笑っていてなんだか。
「怖いんだけど!?」
「別に殺されたりしないから安心しな。俺は飯を買ってくるから、あとは頼むわ」
そう言うとルオはくるりと踵を返す。
「ちょっと待ってよおっさん、置いてかないで!」
その言葉にルオは振り返りもせず右手をあげてひらひらと手を振る。
「ついでに化粧も頼む」
「あったりまえだ!」
「ひいいい!?」
半泣きのような悲鳴が聞こえてくる。ルオはとうとう我慢できず「ブッフォ!」と吹き出したのだった。
この町では一日中屋台が開いている。深夜まで働いている職人が多いので屋台の食べ物はよく売れるのだ。適当に食べ物を買うついでに、顔なじみや仲の良い警備兵たちにそれとなく王家のごたつきを伝えておいた。おそらく妻に話し、女同士の会話であっという間に話が広がる。この辺りの者達が共通の認識を持っておくことは大切だ、いざという時に助け合える。帰ってくると女性たちが満面の笑顔で待っていた。
「とびきり可愛くしておいたよ」
「あんがとな」
そう言うとお礼のために買ってきた焼き菓子を手渡す。女性たちはうれしそうに受け取り、ニコニコと笑顔のまま。
「綺麗になったからって手ぇ出すんじゃないよ?」
「一言余計だ」
悪態つきながら女性たちの後ろに隠れるようにたたずんでいたサカネを改めて見る。