6 やることは決まった
「最強の盾だな。あの色黒一族が剣の作り方、そしてこれが盾の作り方。こいつらを人形に組み合わせて技術革新に踏み込めたって事か。たぶんチンピラを雇っている奴はその重要性に気づいていない、じゃなきゃこんな悠長にやってないだろうからな。その重要性に気づいた別のやつが着々と争いの準備を始めてやがるんだ」
険しい表情をしたルオは自分の腰に付けていたナイフをサカネに渡した。
「おそらくサージの特殊な木の組み合わせ方だけじゃ不完全だってばれるのは時間の問題だ。わかったらお前を本気で攫いに来る。切羽詰まったら半殺しにしてでも連れて行くだろうから、相手に致命傷を負わせる武器を持っておけ」
「うん」
真剣な顔でナイフを受け取る。今更刃物が怖いだとか、相手を殺すことはできないとか言っていられない。
「ああ、そういうことか」
「なに?」
「お前の弟、逃げ出したわりになんで周囲に助けを求めないのかと思ってたが。今回のことにいち早く気づいて、自分が隠れることで時間稼ぎしてたのか」
「……」
自分が行方不明になればサカネは行動起こすに決まっている。しかし村からこの国に来るまではかなり時間がかかる。敵がサージとサカネ二人一組でなければ意味がないとわかるのには相当時間がかかるはずだ。自分が隠れることで時間稼ぎをしてサカネを守りたかったことと、サカネがこの国に来たら真っ先に職人たちの町へ行くはず。力になってくれると期待した。
「俺がこの国に来れば、皆が守ってくれるだろうって?」
「ああ。どこかに隠れて棺を作り続けているとしたら、お前と再会した後お前がそれを完成させるのを見越してるかもしれない。自分以外の職人がいると踏んでジジイたちが人質にとられたままの時、完成品をやるから全員解放しろと交渉する材料には使える」
そこまで聞いてサカネはうつむいた。自分を守るために隠れ続けるのは正直かなり辛いだろう。金も食べ物も調達がままならない。不安で押しつぶされそうになっているはずだ。それでもやると決めたからには貫き通している。
「とりあえずナイフ使った戦い方を教えて。これでアイツのドタマかち割れるように」
「やっぱり返せ」
「冗談だよ。喧嘩するときは道具を使わずに殴り合いだって決めてるから」
「へいへい、好きにしな。戦い方というより護身術の方だ。背の高さも力の強さもどうしたってお前には足りない。戦うという考えじゃなく、自分の身を守る考え方にしな」
「わかった!」
やる気が出たらしいので、そこからしばらくナイフの使い方を教えて実際に護身術も教えた。普通ならバテてしまうほどの時間を動き回っても弱音を上げることがない。やはり持久力は年頃の子に比べてかなりある。
「人間なんて弱点の塊だ。関節がイカレれば動けないし、どこを切りつけても痛くない場所なんてない。痛みは確実に相手を怯ませる、その隙に逃げるんだ。羽交い絞めにされてもできることはある」
「あの色黒のやつは?」
「あれは規格外だ、見かけたら全力で逃げろ。怪我するとやる気が三割増になる気がするから攻撃はするな」
「いい感じに変態だね」
「俺もそう思う」
「絶対おっさん目つけられたでしょ」
「……俺もそう思う」
ゲンナリした様子にサカネは笑う。ルオとしてもあの時勢いで煽ってしまったが、絡まれてきそうな予感はしている。絡まれそうというより最優先になっているというか。思いっきり矜持にヒビを入れる行為をしたのだ、当然と言えば当然だ。
結局夜になってもエルは戻らないのでそのまま二人は夕飯を済ませて就寝することにした。食べ物はルオが近くの森から狩ってきた動物と野草だ。田舎に住んでいたサカネはそのあたりには全く抵抗がない、思っていた以上に腹いっぱい食べることができた。
一応家の周りにルオが罠をいくつか仕掛ける。チンピラはこれに引っかかるはずだし、人形の場合は窓を突き破って入ってくるはずだ。エルは絶対に引っかからないだろうと思っている。ルオは少しの音でも目が覚める、放浪の民の特徴だ。敵が攻めてきているのに寝ていたら死んでしまう、生きながら培った能力なのだ。
サカネも年頃の女子なので寝る部屋を分けようかとも思ったが、何かあったら守り切れないので一緒の部屋で寝るとサカネに断りを入れている。
「もちろんいいよ、っていうかそうしてくれないと俺も不安」
「わかった。寝るのは体力の回復と頭をスッキリさせるのに絶対必要だ。ゴチャゴチャ考えないでちゃんと寝ろよ」
「それは大丈夫、目を閉じたら十秒位で寝るらしいから」
おいおい本当かよ、と思ったが十数秒たったら本当に寝息が聞こえてきた。
「本当に寝やがった」
うらやましい体質だと思う。自分の作っている物について悩み始めると寝たくても寝れなくなる奴はいる。徹夜は最悪だ、頭がぼうっとして作りたいものを作れなくなる。夜通しやらなければいけない作業の職人ならまだしも、考えても仕方ないことをごちゃごちゃ考えて寝れなくなるのは職人あるあるなのだが。
(こいつの母親の一族は死者を尊いものとしていた。死人は夜を彷徨うと考えるのは万国共通だ、そうなると死者に見つからないためにさっさと寝ろっていう躾の仕方をしてきたのかもな)
明かりを消してもルオはある程度夜目が利く。ほんの少しの月明かりでサカネが作ったものを見れば、かなり精密な補強の作りになっているのがわかる。平面に書き起こしてしまったら本当にただの模様だ、立体的だからこそ意味がある。
(工芸品から最強の道具が作れる設計図が隠されてるなんて普通は考えない。何か決定打があったんだ。そういやこの国も異常なまでに一つの神を崇めている、資料も多い)
サカネに話した長年教会に飾られていた絵が間違っていたという話。神とその使いの牛ではなく、ただの山羊使いの男。調べてみて初めて分かったという事は教会の人間は上っ面だけの楽な仕事をしているに過ぎないということになる。
(色黒野郎の一族は神を信仰していた。サカネの母親は死者を大事にしていた。神、死者、悪霊。この辺が絡んでくると絶対にしゃしゃり出てくんのは一つなんだよな)
この国の権力者たちが妄信している一神教の宗教。取り仕切っているのは教会だが、間違いなく大元は王家。
(王族様なんて興味ねぇからあんまり調べてこなかったな。実力主義でドロドロしてるなら、この辺が絡んでる。エルはその辺の探りをしてくれてるってところか。今回密かに動いてる奴、王族ってことなのか?)
エルが戻ってきた情報を整理して、捕まっている者たちを助けて、二度となめた真似をしないように釘を刺す。これで本当に終わるだろうかと一抹の不安がある。
「ま、こういう時は数で勝負だ」
雇われただけの希薄な関係の相手と違って、こっちは飲み仲間と喧嘩仲間と職人仲間といろいろな奴らがいる。何かあれば教えてくれとボッカにも言われていた。そこまで考えてルオはふと思いつきニヤリと笑う。
「騒ぎを起こしてほしくないのなら、思いっきり騒いだもん勝ちだ」