3 違和感の正体
紙に自分の思い描くままに装飾品の模様を描いていく。あの肌の黒い男、自分がまだこの国に来る前ふらふらといろいろなところを渡り歩いていたときに出会った部族と同じ系列なのは間違いない。
もともとはかなり南の方に住んでいたが、そこから移住してきたと言っていた。いろいろと世話になって戦士が使う武器や防具を見せてもらったことがある。その時見た盾の絵柄をなんとなく描いている時だった。点と点が繋がったような感覚。もしかしたら、という思いが生まれる。
「おい」
声をかけるがサカネは作業に没頭していて気がついていないようだ。仕方なく近づいて肩を叩いた。
「ふあ!? へ、なに?」
「今作ってる物ちょっと見せてみな」
まだ色をつけている途中だが削ったり彫ったりした跡を見ればなんとなくわかった。
「お前が作ったやつなんか足りねえって言ったろ。昔どこかで見たことがあるやつとちょっと違うってな」
「うん」
「この絵、未完成なんだ」
「へ?」
「俺はこの国に来る前、住処を持たずフラフラ彷徨って生活をしてた。そういう一族だったんだよ、遊牧民じゃねえ。放浪の民、って呼ばれてた」
様々なところへ移動し続ける小民族。季節ごとに過ごしやすい地へと移動して生きてきた。あまり町には寄り付かなかったが、どうしても金で何か買うものが必要な時だけ作ったものを売って手に入れていた。遊牧民やあの肌の黒い男のように他の部族と会うことも多かった。
「その中で遊牧民の一族だったか。これにそっくりなタペストリーを見たことがある」
「たぺ?」
「織りこみ方が特殊な布のことだ。絵柄は一族や作り手によってかなり異なるが。聞いていいか、お前の家族の話を聞くに父方は村の出身だが母ちゃんはどこ出身だ」
「わかんない、聞いたことない。もしかしたら村出身じゃないかもとは思ってたけど」
「やっぱりな。じゃあ母ちゃんがその部族出身なんだ。子供だけに自分の持っている技術を教えたんだ。お前の絵が中途半端なのは全部教える前に亡くなったからだ」
「確かに……俺、絵の描き方はじいちゃんに教わったんだけど。母ちゃんに褒めてもらって嬉しくてやる気が出たから、自然と教えてもらってたのかも。でも、この絵がどうかした?」
「さっきの色黒のやつと同じ系列の部族に世話になったことがある。狩りを手伝って子供を狼から守ったら、感謝の気持ちを込めて大切な物を見せてもらった。その時の絵柄がこれだ」
先ほどまで描いていた絵を見せるとサカネ感嘆の声を漏らした。
「すっげえ、めちゃくちゃ上手だね」
そのまま何かを作れば売れるのではないかというくらい完成度の高いものだった。少し抽象的な描き方だが、着飾った強そうな男が描かれていて神聖なもののように見える。
「自分たちが崇める神だそうだ。強い男は神に仕える戦士って考えだからな。そんで、見せてもらった大切なものってのは剣と盾だ。盾の内側に絵づけされていて、自分たちを守ってもらう意味と常に神と共に歩むっていう意味なんだってよ。内側に描いてあればいつも自分側に絵が見えるだろ」
「戦士? 何それかっこいい、惚れそう」
「そこじゃねえわ。いいか、色黒男は間違いなく今回の黒幕に言う事を聞かされている。おそらく家族を人質にとられたのかもな、絵は基本的に部族の女が描くもんだからな」
「じゃ、あの男って今のオレ達と同じ立場なんだ」
「あの野郎がとっ捕まったのが時系列的に最初だとするぞ。小民族は独自の武器や罠も持ってる」
「わかった! あの男の一族が持っていた武器が画期的だったから、それ参考に新しい武器作って勢力ひっくり返して権力を手に入れようとしてる! それには腕のいい職人がいるんた!」
「さすがにここまで言えばわかったか」
「ふふ~」
褒められてサカネはうれしそうだ。父親との仲が悪いと言っていたので、褒められたことなどないのだろう。褒めすぎると調子に乗るかもしれないが、適度に褒めて伸びるタイプのようだ。
「もちろんこれだけで勢力を拡大するなんて現実的じゃない。それを後押しする奴がいるってことだ、少民族の武器に何か一つの大きな答えを導き出した頭のいい奴が」
「じゃあ俺の母ちゃんから教わったこの絵も何か意味があるってことか。俺たちが作った棺桶が、この国に流れ着いたのかもね。そこから俺たちを知ったのかも。それにしても、母ちゃん何か言ってたっけかなあ」
うーん、と悩み始めるサカネにルオは先程のサカネの作っていたものを返した。
「未完成の状態で読み解くのは無理だ。それよりも作りながら問いかけてみたらどうだ」
「問いかける? 誰に?」
「作品に問いかけるのは自分自身への問いかけだ。結局は自問自答なんだよ、自分自身を見つめ直して記憶を辿り、一体何が大切なのかを自分で見つける。自分の思うように作ってみな」