9 王子が裏にいる?
「先程の話に追加しますが人形師はよくも悪くも横つながりが広いんです。そんな人たちを脅したり誘拐したらあっという間に話が広がってしまいます。だから足踏みしていたんでしょう、人形師の誘拐を。しかしここにどこにも所属していない、人里離れた場所に住んでいて、そこそこに腕が良い人形師がいるわけで」
で、のときにはすでに相手は動いていた。持っていたサージそっくりの人形を捨ててエルに突っ込んでくる。その速さは今まで相手にしてきたチンピラとは違う。明らかに戦い慣れしている動きである。
始まっちゃった、とサカネが思った時に首根っこを掴まれて地面に押し付けられた。
「ぶげら!?」
一瞬敵に襲われたのかと思ったがちらりと見ればそれをやったのはルオだ。文句が出そうになったがルオの険しい表情に他にも敵がいるのだと察する。
「さすがに虎の子の人形たちを使うのは諦めたらしい。ただ人数が多い」
「おっさんが強いってわかっちゃったからね」
「まあそれは別にいいんだが。俺だって手足は二本ずつしか生えてないから、できることにも限度がある!」
そう叫ぶと一気に走り出した。目で見えただけでも三人、絶対に隠れている奴がいるはずだ。うおお、と雄叫びをあげて襲いかかってくる三人に正直呆れながら真正面から殴り飛ばした。
全く荒事に慣れていない、おそらく大人数でなければ喧嘩をしたことがないのだろう。一対一では話にならないくらい相手は弱かった。しかしそれだけではなくどこか動揺が走っているように見える。耳をすませば、なんだあいつはというようなことが聞こえた。
(あの黒い奴は仲間じゃないか。ってことは、今まで口封じに人形を使ってきた奴んとこか。もうこれではっきりした、サカネを誘拐しようとした奴と後始末をしてきた奴は仲間内での別の勢力だ)
あくまでチンピラを使い続けているのも他に手駒がないからと思っていたが、あえてそれを選択せざるを得ない状況に追い込まれているのだとしたら。
「うおああ、こっちくんなああ!」
サカネが物陰に隠れていた最後の一人のチンピラ向かって近くにあった倒木を投げつける。しかしそれは避けられてしまったので少し慌てたようだ、近くにあったものを掴むとそれを降りおろして男に向かっていく。手には、斧が握られていた。
「ぎゃああ!?」
「おいこら、ちょっと待て!」
さすがに斧を振り回しながら突っ走ってくる少女に男は怯えたらしく悲鳴をあげて逃げ出した。
「逃げんな!」
「逃げるだろうが、アホ!」
ルオの方に走ってきたので男の足を払うと、転びそうになった男の胸ぐらを掴んで地面に叩きつける。そして走ってきたサカネ……おそらく急に止まれないのだろう、あれ? という顔をして走ってきた彼女にも同じように足払いをした。
「ひぎゃ!?」
転んだのは良いのだが、斧は手からすぽーんと抜けチンピラの頭上を飛んで行き、近くの木にドガ! と刺さる。普通は飛んでいっただけでは刺さらない、相当な勢いでなければ。
「何振り回してんだお前は」
「手に馴染んだから、つい」
「柄は木だからか」
「いや、材料調達のために木を切り倒すの普通にやってたし」
薪割りをしていた、ではない。生えている木を切り倒す。その作業ができるというのがいかに体力のいる作業かそんなこと子供でもわかる。脱いだらすごい、会ったときに言っていたその言葉。
(確かに。筋肉すげえんだろうなこいつ)
物を投げる力がすごいのも、肩と腕の筋肉が年頃の女子よりもかなり発達しているからだ。ボロボロだが大きめの服を着ているのでわからなかった。
「とりあえず雇い主の名前ぐらいは言っておけ、じゃないとこいつお前の頭で薪割り始めるぞ」
わざとドスの効いた声でニヤニヤ笑いながらいうと、倒れていた男は小さく悲鳴をあげて「ハーシャだ!」と叫ぶ。どうせ雇った奴は偽名を使っているだろうが、今はどんな情報でも欲しいので念のためだ。
この程度の脅しに屈するあたり本当に子供に毛が生えたような連中だ。男達は逃げ出していくが放っておいても問題ないだろう。
「逃がしていいの?」
「裏の仕事をした奴らなんて行き場はねえよ。ばっくれてお家に帰るだろ、本当にただのチンピラだ。殺されるほどでもねえ、ほっとけ」
「斧投げれば間に合う……」
「やめろや。にしてもハーシャ、ねえ。もうちょい気の利いた偽名使えばいいものを」
「誰?」
「確か第二王子の名前だ。王子が馬鹿正直に本名を名乗るわけねえっての」
エルの方を見れば、男の猛攻が続いていた。あくまで素手で戦っているのはあまり怪我をさせず生け捕りにしたいからのようだ。エルは涼しい顔でそれを全てかわしている。
「あ、終りました?」
「終わったけどよ、お前それどうするんだ」
「そこなんですよね。彼は間違いなく何か知ってますけど、おそらくしゃべってくれないですしそもそも言葉通じますかねえ」
「目つぶって聞いてれば普通の会話なんだけど、状況が普通じゃない!」
サカネのツッコミにエルはあははと笑う。襲い掛かってきている男は最初こそ人形のように無表情だったが、あまりにも手こずっている現状に少々苛立ってきているようだ。
「お前どれだけ自分が強いって自信満々だったのか知らないが、本当に強い奴は自分が強いっての見た目で判断させないもんだ。威嚇する野生の動物じゃねえんだぞ」
「ウルサイ、ワカラナイ!」
余裕もないしそこまでこの国の言葉が堪能ではないらしい。そう判断し、ルオは一言叫ぶ。
「ボゥチュ、アクパ!」
「サグルァ!?」
一体何を叫んだのかわからない、異国の単語に敵の男が怒り狂う。それが油断となり、意識が完全にエルからルオに向かった瞬間。エルが男との距離を一気に詰め、男の鳩尾を殴りつける。
痛みと呼吸ができないことにより男はうずくまって動きが止まったものの、憎々しげな表情を浮かべながら即座に走り出した。
「復帰早すぎだろ」
「追います」
エルはそう言うとすぐに走りだしてそのままいなくなった。
「このまま行かせちゃっていいの? エルさんだって狙われてるのに捕まっちゃうんじゃ」
「エルの実力は確かだ。たぶん相手に気づかれないし、敵の巣を探ってくれるのはありがたい。何箇所か拠点を持っていて転々としてるだろうからな。うまくいけばそこに誘拐された仲間たちがいるかもしれない」
「そっか。ちょっと心配だけど付き合いの長いおっさんがそう言うなら任せるよ。それよりさっきなんて叫んだの?」
「あの肌の色は覚えがある、一時期世話になったことあるからな。テメエ弱すぎるって言ったんだよ」
「それにしてはずいぶん怒り狂ってるけど」
まるで家族を殺されたかのような怒り方だった。びっくりして飛び跳ねてしまったくらいだ。
「あの辺の部族は一人前の男に認められるために成人の儀式がある。それをやってる途中で死ぬやつは多い、生き抜いたものだけが神に仕える戦士っていう考え方だ。だから最大級に屈辱なんだよ、弱いっていう言葉は」