7 軍事国家
どおりであれだけの動きをして何の音もしないわけだ。普通の人形は関節の部分でキリキリと音がすることがある。時計を応用して歯車を使っているので、たまに油をさしてやらないと動きが悪くなる。
続けてルオは人形を覆っている部分を無理矢理引っぺがした。それがまた甲殻類を解体しているように見えてサカネは恐る恐るといった様子で見ている。中を見てみればかなり精巧に作られた内容ではあるように見える。
「こっからは人形師であるお前さんの意見を聞きたいな。この人形を見て何かわかる事はあるか」
エルに問い掛ければ彼はふむ、と言って様々な方向から中身を見つめる。ただし触ったり部品を外すような事はしない。
「時計と動くおもちゃの原理を利用して半永久的に動き続けるもののようです。おそらく中心部に人形にとって一番大切な仕掛けが入っているはずです。目的のものだけを狙い続けるという動きをするなら必ずあります」
持ち主に命令されてまるで意思があるかのように動く人形は既に流通している。魔法のようだと一般の人は喜んでいるが、これにはちゃんとカラクリがある。ただしそれを知っているのは人形師だけであり、彼らはより高みを目指しているためその技術を他人に話す事は絶対にない。
分解してもその部分は箱になっていて、その箱は絶対に壊れることはない。切れ目も木目もないただの小さな箱に、上薬のようなもので塗り固められていて木槌で叩いても壊れず燃えることもない。わかっているのはその一番大切な部分が高級品として扱われているという事だけだ。
「そんな大層なものを何個も作って俺たちに向かわせてるのか。金があるっていうより……そうだ、ここらで人形が盗まれる事件は最近増えてないか?」
「さすが目のつけどころが違いますね。おっしゃる通りここ最近人形窃盗事件が多発しています。材料の調達に使われてしまっているのでしょう」
まさか人間の誘拐だけではなく人形まで盗んでいるとは。いちいち買っていたら金がいくらあっても足りないので手っ取り早く調達する手段をとったようだ。
「いよいよ頭がいかれてんな。人形に関する犯罪は殺人罪と同じくらい罪が重い。バレたり捕まったらただじゃおかないと思うが」
「そんなに罪が重いんだ、人形に関する犯罪って」
「見せしめさ、大事な資金源に手出したらタダじゃおかねえってな。戦争が終わって十年以上経つ、今この国は人形で資金調達してる。技術が上がって国が潤うのは良いことだが、そもそも何でこんなに金儲けに走ってるかわかるか」
なんだか難しい話になってきたなと思ったが、サカネは思いついたことを率直に言った。
「王族が守銭奴!」
「お前それ、人前で言ったら即刻捕まって下手すりゃその場で処刑だからな」
呆れたように言えばサカネは慌てて口を両手で押さえる。幸いエルの家は町から離れていて周囲は森に囲まれているので聞こえる事は無い。サカネが住んでいたところは十数軒の家が集まっているだけの小さな場所だったので、王族や貴族などの関わりはなかった。そのあたりの教養がないのだ。
サカネの答えがツボに入ったらしく、エルはおかしそうにクスクスと笑っている。
「あながち間違いでもないですよ。資金がないと何もできませんからね。お金が集まったら民衆に還元なんてしません。集まった金は全て国営金、つまり軍資金に使われるんです」
「え、戦うためのお金に使われるってこと?」
「ここは一般的に商業国家と呼ばれていますが、もともとは軍事国家ですよ。戦争しては一休みして、戦争しては一休みしてを繰り返して大きくなった国です。戦争をすると戦っているときはどんどん貧乏になりますが勝てば相手から莫大な金や食べ物、技術、あらゆるものを奪うことができます。貧しい経験を経ての富は娯楽以上の快感ですから」
だからこそ金を生み出すものは国から気に入られてそれなりの地位や制度が用意される。他の国へ流通できる工芸品などは特に重宝されるのだ。職人が多く集まり切磋琢磨し、質の高い工芸品が作られていく。そういったものをまとめて国外に輸出するのでそれも利益となる。
「金だけあっても他の国に狙われてしまいます。金があって軍事力もあって、そして優秀な指導者が絶対に必要です。ここは王族が国の頂点にいますが、第一子が必ず国王になるわけではありません。優秀な者が誰なのか競い合います」
「そうなんだ、珍しいね。でも絶対に長男長女がつくわけじゃないのはいいことなんじゃない? 甘やかされてバカになったやつが国王になったら国が滅んじゃうもん」
「実力主義なのは軍事国家ならではですね。庶民には話が降りて来ませんが血で血を洗う権力争いなども起こっているでしょう」