6 襲撃者の正体はアレにそっくり
そう言うと再び一直線にこちらに向かってきたものをエルは蹴り上げる。ドゴォ! とかなり凄い音がしたが、エルは痛がる様子はない。ソレは斜め上のほうに飛んでいき、すかさずルオが大型のナイフを投げつけた。鈍い音がしてそのままこちらに向かってくる事はなくなった。
「なんだ、防衛手段は無いのか。まだそこまでの完成度じゃねえんだな」
「あれだけの速度を保つなら金属の類は使われていないでしょうね、おそらく木です」
二人はよほど荒事に慣れているらしく余裕の表情だがサカネはたまったものではない。二人はサカネを守るように戦ってくれているといっても、その場に突っ立っているわけにもいかない。何とか目でそれを捉えようとしてみるがやはり速すぎて何が飛び回っているのかわからない。
「全然見えない! どんな形してるの、黒い塊にしか見えないんだけど!」
「見た目は完全に虫だな、足が増えたら蜘蛛だし、触覚がついたら完全にゴキ――」
「おぎゃあああ死ねえええ!」
今までの慌てた様子はどこやら。ルオの方に飛んできた人形を、持ってきていた木の棒で思いっきり殴りつける。
「お前普段どんな手段で虫殺してんだよ!」
ルオのツッコミを聞いているのかいないのか。サカネは殴りつけた後思いっきり蹴飛ばした。
「いだだだ!?」
「そりゃ痛えよ、木だぞ! アホ!」
足を押さえてぴょんぴょんその場に跳ねるサカネは放っておいて、ルオとエルは人形を見る。サカネに二連撃もらった人形もただでは済まなかったらしくわずかに動いてはいるがもう壊れる寸前のようだ。すかさずルオが足で踏みつけて即座にナイフで人形の足のような部分を切り落とす。足がなくなった人形はひっくり返ってもぞもぞ身動きするだけだ。
肩で息をしているサカネは地面に落ちていた握り拳三個分位の石を拾いあげるとゆらゆらと近づいてきた。
「とどめ」
「生き物じゃねえからいらねえよ、それよりこいつをバラして中がどうなってるかちょっと調べたいことがあるからこれ以上壊すんじゃねえ」
「あ、それなら私が捕まえました」
エルが穏やかに笑いながら人形をがっちりと掴んでいる。大きさは大体人の顔と同じくらい、四本の足がついておりバタバタと暴れている。エルは胴体部分を掴んでいた。巨大な虫を捕まえているように見えてさすがにルオも「うわあ」と声を上げる。
「とどめ!」
「いらねえっつってんだろ!」
べし! と脳天にチョップを入れると痛さのあまりその場にうずくまる。
「こいつを調べなきゃいけないんだから壊すなっつってんだろうが。そんなに虫が嫌いか」
「いったあ…… いちいと叩かないでよ、馬鹿になる。虫は別に平気なんだけど、ある特定の一つの生き物だけは絶対にだめ」
「ああ、ゴ――」
「その名前を言っちゃだめ! 言ったら出てくるからあいつら!」
「アホか」
「ほんとだってば! 絶対言霊って存在する!」
「なんだよコトダマって!? どこの方言だ!」
ギャイギャイ騒いだが、エルが二人の目の前に襲い掛かって来たものを見せた。サカネは二、三歩下がったが、ルオは改めてそれを観察する。
「デカい割にだいぶ完成度が高いな」
「そうですね。子供用おもちゃとは比べ物にならない」
エルは片手でそれをつかみながらもう片方の手で軽くたたいたり足部分を引っ張り硬さなどを確かめる。
「材料は木ですが表面に何か塗っていますね。おそらく家具などで使う仕上げ材でしょう。塗り重ねることでカビや虫除けとして使い強度も上がります」
ルオはナイフを取り出すと足の付け根のあたりに突き刺そうとするが、サカネがぎょっとした様子で慌てて止めた。
「何か吹き出したらどうすんの!?」
「吹き出すわけねえだろ生き物じゃねえんだから。さっきも出なかっただろ」
そう言いながらナイフを刺し抉るようにぐりっと半回転させた時だった。そこから一気に液体が吹き出してきてサカネの顔にかかる。ちなみにルオはちゃっかり避けていた。
「ひいいい!? やっぱり血が出たじゃん! おうああ! 呪われても知らないから!」
「うるせえな! てめえも職人だったらそれが何なのかよく観察してみろ! 材料が木だって言ってるのに普通の液体物を入れるわけねえだろうが!」
そう言われて恐る恐る自分の顔についた液体を指で拭い、親指と人差し指で擦ってみる。そして匂いを嗅いですぐにわかった。
「油? と、少し樹液の匂いがする」
「潤滑油でしょうね、人形にはよく使います。油そのものを使ってしまうと他の材料が傷んでしまうので、いろいろな緩衝液……要するにいい感じに馴染むための別の液体を混ぜるんですよ。今回の場合は樹液みたいですね。材料の木の樹液だと思います」