4 人形師エル
チラリとサカネを見ると改めて町を行き交う人形たちを見ているようだ。人間と同じような仕事をしている人形はまだ良いが、わざわざ建物の一部に組み込んで扉を自動で開閉していたり、残す必要があるのかというようなものにわざわざ人の形を残している。
この国はそれが普通となりつつある。この人形はこんなに素晴らしいものだと良い広告になるからだ。高い建物を建てるには屈強な構造と強い柱が必要となる。そうなると今後の手入れには人の技術が上がらなければいけない。高い所の作業、狭く複雑な作りとなった所の部品の交換。それは命の危険が伴う作業でもあるので人形にやらせるのが一般的だ。
「これだけの数の人形がいるんだったら、人形師はもうウッハウハに儲かるね」
「そりゃそうだ、だから腕の良い人形師はみんな首都に住んでる。待遇も最高だ、今この国の金持ちは一位は王族、二は貴族、三位が人形師だからな」
自分も人形師になりたいという若者たちも集まってきている。職人を目指す者たちが溢れ人口の増加にどう対応してるかと言えば、人形師の学校を勧めてさんざん技術を学ばせて高い金を払わせて、天才と呼ばれる者以外は皆落ちこぼれになる。
そうやって生きがいをなくした者たちに国を守るために働こうと甘い言葉を囁きかけて兵士にするのである。この国はもともと軍事国家だ、騎士団は貴族がなるものでその他大勢の兵士は身分がない者がなるものだ。そして税を払わせることであらたな財源確保もできる。
(この国は悪知恵が働いているからここまで発展できた。弱い者から搾取する仕組みが絶妙なんだな。ある意味国を作っていくのには適しているんだろうが)
やりすぎれば反乱が起きるものだが。一部に不幸な者がいても一部に甘い汁をすする者がいれば勝手に維持しようとしてくれる。幸と不幸の絶妙な調整をしてくれるのだ。
「ついた。さて、いるかな」
扉を叩いたり声をかけることなくそのまま扉を開けて入ると勝手に目の前の椅子に座ってくつろぎ始める。
「仲いいの?」
「お友達ってわけじゃないが。あいつも職人だ、ここにいなければ工房にいる。工房にいるときは邪魔したくないからここで勝手に待つ、それが当たり前だ」
ここの住人だけでなく職人の町でもそうなのだろう。サカネがいた村は職人がそこまで多くなかったので、みんな用事があったら容赦なく工房に入り込んできてイライラしていたことが多い。
しばらく待つかと思ったが意外にもすぐに足音が奥から聞こえてきた。そして戸が開くと一人の男が姿を現す。背が高く整った顔立ちだ、異性に対して岩のように食指が動かないサカネでも思わず見惚れるくらいにはかっこいいと思う。
「おや、珍しい客なうえに珍しい人を連れてますね。やっと結婚する気になりましたか」
「わかって言ってるだろうからつっこまねえぞ」
「つれないですね、これでも最近冗談を真剣に学んでいるんですよ」
そこまで会話をするとルオはサカネの方を振り向いた。
「ここらじゃ一番有名な人形師、エルだ。んでこっちのチビがサカネ」
「よろしくお願いします」
にこやかにエルに挨拶をされてサカネも慌てて頭を下げる。正直人形師だから儲かっているのをいいことに態度がでかいやつなのかと思っていたが、住んでいるところは自然が多く町からはほんの少し離れている。エルの雰囲気も柔らかく劇場の役者のようだ。背が高く優しい男性に慣れていないので変に緊張してしまう。
「あなたが来る用件は何となく予想がつきますが。サカネさんの詳しい事情も含めて改めてお願いします」
「相変わらず耳が早いな、助かる」
ルオはエルに今まで起きてきたことを簡単に説明する。ルオが世話になっている老人の事は彼も知っているらしく、いなくなったことを聞いてわずかに驚いた様子だ。
「体のことを考えればあまり悠長にしていられませんね」
「俺が知りたいのはこの辺でも職人が行方不明になってるかどうかと、今の話を聞いてお前の考えを聞きたい」
「一つ目の答えですけど人形の町であるこちらでは一人も行方不明になったという話を聞いていません。だから職人がいなくなるという話はこちらでは話題に上がっていないです」
「人形師がたくさん住んでるなら、絶対腕の良い人形師っているはずなのに誰も行方不明になってないんだ?」
思わずサカネは首をかしげた。いなくなった者たちの共通点はわからないが、人形師だけ行方不明になっていないというのもなんだかおかしな話だ。