2 人形が働く時代
「普通はすげえって大喜びするんだけどな、そういう感想は初めてだ。もしかして奴隷商人を見たことがあるのか」
「俺がいた村は旅人や問屋がよく行き来してたんだけど。奴隷をたくさん入れた荷台がよく通ってた……」
そこまでいうと突然サカネは立ち止まった。
「ちょっと待って。そういえばあの時、サージが気になること言ってた気がする」
奴隷商人たちは村の近くを通るだけで村に立ち寄る事はなかった。しかし二人の工房の窓からはよく見えたのだ。馬車などという立派なものではなく、荷物を入れるようなボロボロの荷台だ。乗っているのは痩せ細った女子供、時折男もいた。男は過酷な労働環境で働かされて、女子供はまた別の場所に売り飛ばされるのだろう。
カラコロと大きな音を立てて台車を引いていくので、また通っているなと思いながら作業を続けていた。チラリと窓から見れば荷台には六人ほど人が乗っているのが見える。手を止めてしまったサカネが気になったのか、サージも手を止めて外を見る。
「サカネ、荷台引いてる奴見た?」
「みてないけど?」
「そう」
この時は気にしていなかった、サージもサカネもすぐに作業に戻ったからだ。だが、今こうして振り返ってみると明らかに変な言い方だった。
「荷台を引いてる『奴』って言ってた。普通は馬とかだよね?」
「普通はな。人間が引いてたように見えたから驚いたってところだな」
「じゃあやっぱり?」
「ああ。荷台を引っ張ってたのはおそらく人形だ。離れていたから人間に見えたんだろう。そういう使われ方をするのは普通だ。お前の弟は人間がやるには無理があると考えて人形の可能性にたどり着いたんだろうな」
サージも人形の噂は知っていたはずだ、すごい産業だと田舎にも話が届いていた。人間みたいな人形、そんなのいるわけないと会話をしたような気がする。サカネとてすべての会話を覚えているわけではないが。
「すごい人形を見ちゃったから、勉強の為にこの国に来たとか?」
「……もう一回聞くが。お前、この町の人形みてどう思ったんだよ? すばらしい、なんて素敵なんだ、技術革新って凄いんだな、自分もこんなものが作れるようになりたい!……とか思ったのか」
真剣な顔でそう聞けば、サカネは目を見開いてやがて首を振った。
「思わなかった。怖いって思った。そっか、だったらサージは人形を見にこの国に行こうなんて思わない。絶対に警戒してたはずだ」
「つーかよぉ、ずっと気になってたんだが。どうしてお前はそんな頑なに弟がこの国に来たと思うんだ」
確かにここは職人が集まるが他の場所に行ったとは考えなかったのだろうか。服がボロボロな事を考えればここに来るまでに相当な苦労と時間をかけてきたようだ、確かな確信がなければ命がけでそんなことはできない。普通は何か便りが来るまで家で待つだろう、彼女の歳ならなおさら。
「サージは新しい技術を受け入れるのは頑固だからやろうとしなかったけど。でも勉強とか研究が好きだったんだ、ちょっと矛盾してるけどね」
聞けば棺桶を作るとき接着剤や釘は一切使わないらしい。釘を使うと土の中で腐食して木が劣化し、棺が壊れてしまう可能性がある。都心部でどんな場所に埋められていたのかは知らないが、サカネたちが住んでいたところは腐葉土も多く死体はかなり速い速度で骨になっていったらしい。
「もし木が腐りやすい土だったら棺はあっという間に壊れる。そしたら作った奴のせいになるじゃん、不良品だって。だからしっかり組み込む作り方を考えてた。親父は釘使って作ってたけどな。効率重視しないと数作れないし」
「そりゃそうだろうな。ラカッツィアに来るとまでは言わねえが、普通は都市部に引っ越さねえか? そっちのが道具も材料も手に入りやすいだろ、流通がしっかりしてる」
「なんかごちゃごちゃ理屈こねて都会を嫌ってたっていうか。見下してたかな」
父親はあくまで自分のいる村で作り続けることを選んだ。よくも悪くも昔気質の職人、新しい場所を求めたり自分が作り出したもの以外の新しい技術を取り入れるのを拒んだ。
「話を聞いてるとますます不思議なんだが。お前さんたちの村は土葬だろ。棺桶作りは一体誰が最初に考えた」
「親父じゃない?」
「村から出るのを嫌がって新しいことを始めるのが嫌いだった頑固親父が、どうやって都会の埋葬事情なんて詳しく知るんだよ。もともと別の物作ってたんだろ? それがいきなり棺桶作るか。流行ってるから作ったんじゃなく、作ったら売れたっつってただろ」
「あ、そういえば」