3 作品として未熟
「意外、聞いてくる人いないんだ」
「ここの職人はそういう考え方だ。本人が何を作った、なんて講釈垂れた瞬間に嫌われるからな」
「そうなの?」
「作ったやつが何をこだわったかなんて興味ねぇわ、何が素晴らしいかは買う奴が決める。有名な話があるんだが、首都の大聖堂に神とそれに従える動物の絵がある。都心部の奴らは長年ずっと牛だって言ってたんだよな。だが動物に詳しい旅人がそれを見て一言いったんだそうだ、どっからどう見てもそれは山羊だってな」
体の大きさや特徴から言っても牛にしか見えないだろうと、教会の人間を含めその言葉を全員笑ったと言う。しかし確かに描かれ方は忠実な描写ではなくかなり手心が加えられていた。教会の大切な絵なのだからはっきりさせようと庶民から意見が続出したため書物等で調べたところ、神の絵でも何でもなく「山羊飼いの男」という絵であることがわかった。
「その後は揉めまくった。教会としては赤っ恥だし、神の絵じゃねえなら飾る価値もないってな。だがその絵が好きだって言う住民が数多くいたから今そのまま飾られることになった」
「見る人によって違うってことか。確かに俺の絵もそうだ。これが何かって聞かれても俺にもわかんないし」
「やっぱそうか」
「苦手なんだよ、模写。挑戦した事は何度かあったんだけど全然うまく描けなくて。頭の中に浮かんだ通りに描きまくってる方がウケがいいんだよね。俺が気に入らなくても素晴らしいって言って買っていく奴もいる、だから棺桶が売れるようになったんだ」
二人で話していると、女性が一人近寄ってきた。
「旦那からあんたの相談相手になってくれって言われてるんだけど。面白いもの見せてもらったわ。それもらっていい?」
「ありがとう、まだ乾いてないから二 、三日は日陰に置いておいて」
「私の家はあそこ、困ったことがあったらおいで」
そう言うと女性は作品を受け取ると仕事に戻っていった。二人は先ほどまでの出来事を情報交換し、一度ルオが住んでいる工房に戻ることにした。
「この辺取り仕切ってるオッチャンが協力してくれるって。じいさんいなくなって焦ってた」
「だろうな、ガキの頃食い物恵んでもらってから何かと世話焼いてもらったそうだ」
「優しい人なんだね、じいさん」
「戦争で息子が死んだらしい。兵士になるのを反対したんだが、食っていくには戦うしかないっつってな。戦争孤児もそうだが困ってる奴を放っておけないんだろうな」
サカネもそのおじいさんとやらに会ってみたいと思う。それと同時に無事だろうかと心配にもなった。サカネの祖父も職人として厳しくも普段は優しい人だった。祖父も病で亡くなった。貧乏だったので医者にかかる金がなかったのと、村には医者がいなかったのだ。
「ところでおっさんから見て俺の作品ってどう見えた?」
「お前がブスっくれるの承知で言うが。なんか足りねえな、装飾美としても工芸品としても中途半端だ」
そう言うと特に返事は無い。やっぱりムクれたか、と思って振り返れば予想に反してサカネは神妙な面持ちだった。
「どうした」
「はっきり言ってくれてありがとう。本当はもうずっと自分で悩んでいたことなんだ。みんなは素晴らしいって褒めてくるから言えなかったけど」
サカネは今にも泣きそうな、それでいて笑い出しそうな複雑な顔だった。
「俺、自分の絵が好きだって思ったことが一度もないんだ」
ルオはサカネに近づくと、むにーっと、頬を摘み上げる。
「いひゃいいひゃい!!」
「なんかお前がしんみりすると腹立つな」
ばしん! と手を払いのけて涙目になりながらサカネは自分の頬を撫でる。
「こういう時ってさ! 優しい言葉とか言うもんじゃないの!?」
「俺にそんなもん期待するんじゃねえよ、それやって欲しいならクソの役にも立たねぇ優男探してこい」
「自慢じゃないけど男運はない!」
「確かに全然自慢じゃねえな。別に自分の絵が好きじゃなくても売れるものが売れる。生活できてるんだからいいじゃねえか、それさえできない奴が居るんだから。って、お前も考えてるから今まで絵を描いてきたんだろ」
「……まぁ、うん」
「職人として聞かせてもらおうか。お前、いつか自分が満足いく絵を描きたくて精進してるのか?」
ルオの目つきは鋭い。サカネが何と答えるかわかっているからだ。それが見透かされているとわかり、改めてルオは職人として。いや、人として今まで関わって来た者達とは明らかに違う人なのだとわかる。頭がきれる、というだけではない。自分の頭で考え、自分で決断できる。
――俺……アタシが、なりたい大人の姿そのものだ。
「してない、かな」