1 再びの襲撃
何かおかしな事は本当になかったのか。いつもと違うところは。走りながら必死に考える。だんだんと工房に近づいてきたが、まるで喧嘩をしているような男たちの声が聞こえる。目を凝らしてよく見れば、知り合いの職人たちと知らない男たちが殴り合いの喧嘩をしていた。
「サカネを捕まえにきた奴らか」
そして捕まえようとしてみんなにボコボコにされているのだろう。他所から見れば職人は家にこもってひたすら売り物を作っているという印象が強いかもしれないが、サカネに説明したように喧嘩が強い。詐欺にあうのは日常茶飯事、問屋や仲買人と喧嘩するのは当たり前だ。まして皆貧困層の出や国外から旅をして居付いた者が多く、腕っぷしは強くなければ生き残れない。チンピラどもは職人たちが予想以上に強くてあっさりと負けてしまったようだ。
(ってことはここらの出身じゃねえな、都心部のアマチャンどもか。中心部が絡んでるってわかるだけでもありがてえ。さて、来るかな)
瞬時に周囲に視線を向けると、案の定何かが動いた。
「しゃがめ!」
ルオの叫びに職人たちは全員しゃがみ込む。ボコボコにされた男たちは最初から地面に転がっているのでしゃがむも何もない。そして飛び出してきた黒い影に向かってナイフ投げようとした時だった。
「くらええええええ!」
サカネは叫ぶとともに自分が持ってきていた大きい方の鞄を影に向かって思いっきり投げつけた。とても少女が投げたと思えない凄まじい速さで飛んでいくも、影を掠るだけだ。
その影は掠った影響でわずかに軌道が逸れたのかそのままどこかへと消えていってしまった。
「また逃げられたか、まあいいか」
そう言いながらルオはサカネの鞄を持ち上げる。思っていた以上にかなり重く、しかも布でできた鞄には妙に角張ったデコボコがあるので嫌な予感がして鞄を開けた。するとそこに入っていたのは大きな丸太と、大小様々な大きさの木だった。
「おいクソガキ、なんだこれ」
「えっと、武器?」
「投げるの前提で持ってきてんのかよ! 重いし邪魔だしいいことねえだろ!」
「俺木材じゃないと戦えないんだよ! 刃物なんて使ったことないし、それに旅の途中でイイ感じの木材拾ってたらこんな量になっただけ!」
「どこから突っ込めばいいんだ俺は! あと攻撃する時いちいち叫ぶな、相手に教えてやる必要ねえわ!」
「あ、そっか!」
周りの職人たちは笑いながらもチンピラたちを縛り上げる。役人を呼んでくるぞ、と一人が走り出した。役人が来てしまっては聞きたいことも聞けない。ルオは男の一人、おそらくこの中ではリーダー格と思わしき男の脇腹を蹴飛ばして仰向けにする。
「お前らが誰なのか興味ねぇから聞かれたことだけ答えな。ガキを狙った理由は?」
「げほっ、しゃべるわけ、ねぇだろ、ボケが!」
「あっそ。これから来る役人とは顔なじみだから、しゃべったらひどい目に合わせないでくれって言うつもりだったがやめるわ」
「は?」
「お前都会から来たお坊ちゃんだろ。あっちの役人はどんだけやる気ねえ平和ボケした連中なのか知らんが、こっちの役人は軽犯罪者を殴る蹴る、が娯楽だ。適当にありもしない罪擦り付けて半年位牢屋にぶち込んでおくから残念だがここでお別れだな」
そう言うとルオはあっさりとチンピラから離れる。男たちは若干焦ったようにちょっと待てと声をかけてくるが、話を聞いてやろうという態度をしない。
「話を聞ける絶好の機会なんじゃないの?」
こそこそと話しかけるサカネにルオはいや、と首を振った。
「誰が言うか、って反応してる時点で何も知らねえな。知ってたらまずとぼけるさ。なんのことだ、ってな。チンピラ使ってる時点でこいつらは使い捨てだ。依頼主は本名なんて名乗っちゃいないさ」
そう言いながらも疑問はいくつかある。敵の正体がわからないのだから当然だが、まずわからないのはこれだ。
(すばしっこいやつ使ってるなら、何で最初からそいつに攫わせないんだ)
先ほどサカネが荷物をブチ当ててあっさり逃げていったモノ。最初からそいつがやれば目撃者もなくあっさりとサカネを誘拐できるというのに。
(やらねえってことそれができない理由があるってことだな。それに今回はなんとなく姿が見えた、ありゃあおそらく――)
「ああもう、全然わかんない! こういう小難しいこと大嫌い!」
ダン、と一度大きく地面を踏みつける。その様子があまりにも。
「気が立った牛か」